越境チャレンジSTORY:日本電気株式会社 田代秀浩氏 大企業の部長が金沢の老舗企業へ越境。経営者の右腕として磨いた「現場から変える力」

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。

本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。

【記事サマリー】
大企業の部長職として6つの事業領域を統括する田代秀浩さんが、協働日本の「越境チャレンジ」で飛び込んだのは、石川県金沢市で150年以上の歴史を持つ発酵食品メーカー、株式会社四十萬谷本舗。経営者の右腕として売上拡大に取り組むはずが、最初の3か月は得意なITによる課題解決に偏り、経営課題そのものに踏み込めずにいました。転機となったのは、メンターからの「御用聞きになっていないか」という指摘。経営者と本音で議論する姿勢へと切り替え、点在していた売上データを一元化し、前年比や商品別の動きを分析できる仕組みを構築しました。さらに、現場を歩き、自ら判断する経営者の姿に触れたことで、田代さん自身の働き方にも変化が生まれます。越境期間中から本業の会議に現場メンバーを加え、終了翌月には事業の見直しにも着手。「部長という役割」にとらわれていた自分を見つめ直し、「自分で会社を変える」という新たな挑戦へ。その約半年間の経験と変化を伺いました。

今回は、協働日本の「越境チャレンジ」に参加した、日本電気株式会社(NEC)の田代秀浩さんにお話を伺いました。

田代さんは、越境当時、NECソリューションイノベータ株式会社でディレクターを務め、イベント管理システムやウェルビーイング、感情推定技術など、6つの事業領域を統括していました。複数のチームリーダーとともに事業の方向性を考え、判断を下す立場にありながら、大企業ならではの意思決定のスピードや、現場との距離感に課題意識を持っていました。

そんな田代さんが越境先として飛び込んだのが、石川県金沢市の株式会社四十萬谷本舗です。1875年創業、金沢の伝統的な発酵食品であるかぶら寿しや漬物などを製造・販売する老舗企業。伝統の味を守りながら、新商品の開発やライブコマースなど、新たな販路づくりにも挑戦を続けています。

田代さんに求められたのは、同社の売上拡大に向け、経営者の右腕として課題を整理し、改善策をともに考えること。できるだけコストをかけず、既存の業務を大きく変えないという条件のもと、約半年間の協働が始まりました。

事業面での相談にメンターとして伴走したのは、協働日本CSOの藤村さん。さらに、キャリアコーチとの対話を通じて、田代さん自身の組織マネジメントや仕事への向き合い方も見つめ直していきました。

最初の3か月間、なぜ田代さんは「経営者の右腕」になれていなかったと振り返るのか。金沢の老舗企業での経験が、どのように本業での行動や意思決定を変えていったのか。率直に語っていただきました。

(取材・文=郡司弘明)

1,000人規模の組織から新たな挑戦へ。「経営者の意思決定の速さを体感したかった」

ーーまず、田代さんの普段のお仕事について教えてください。

田代:
私はディレクターという、一般的には部長職にあたる立場で、6つほどの事業領域を統括しています。

例えば、医療系の学会などで使われるイベント管理システムの提供や、働く人のウェルビーイングを支えるサービス、感情推定技術を活用した事業などですね。

イベント管理システムでは、参加申込や決済、当日の受付、入退場管理などを提供しています。感情推定の領域では、映像やスマートウォッチから得られる情報を使い、働く人の状態を把握して、生産性の向上や業務の改善につなげる取り組みなどを進めています。

それぞれ異なる市場の事業を束ねているので、私自身がすべての業務を直接担当するというよりも、各チームのリーダーと話をしながら、事業をどう進めるべきか、どこでどんな判断をするべきかを考えることが主な役割です。

ーー越境チャレンジには、どのようなきっかけで参加されたのでしょうか。

田代:
当時の役員から声をかけていただいたことがきっかけです。

私が所属していた組織は、役員一人が管掌する範囲だけでも1,000人ほどの規模があり、その中から一人が参加するという形でした。ありがたいことに私に声をかけていただいて、せっかくの機会なので、ぜひ挑戦してみたいと思いました。

それまでは越境チャレンジというプログラムを知らなかったのですが、内容を聞いて、純粋に面白そうだなと感じたんです。

普段の仕事ではなかなか経験できないことに挑戦できる。しかも、異なる環境に飛び込んで、経営者と一緒に仕事ができるというのは、とても貴重な機会だと思いました。

自分自身の視野を広げるきっかけにもなるんじゃないかという期待があって、ぜひ参加させてほしいと伝えました。

ーー特に、どのような経験に期待していましたか。

田代:
一番は、中小企業の経営者がどのくらいのスピード感で意思決定しているのかを知りたかったんです。

私が普段働いている大企業では、何かを決めようと思っても時間がかかります。組織が大きいので、どうしてもフットワークが重くなる部分があるんですよね。

それに対して、中小企業の社長は、どんなことを考えて、どれくらいのスピードで判断しているのか。経営者の右腕として一緒に動くことで、それを肌で感じてみたかったんです。

自分が今後さらに大きな役割を担うときにも、そういう意思決定の仕方を知っているのと知らないのとでは、動き方が違ってくると思いました。

金沢の伝統的な発酵文化を守りながら、新たな挑戦を続ける四十萬谷本舗

今回、田代さんが越境先として携わった株式会社四十萬谷本舗は、石川県金沢市に本社を構える、1875年(明治8年)創業の老舗食品メーカーです。

金沢の冬の味覚として親しまれる「かぶら寿し」をはじめ、漬物や発酵食品の製造・販売を手がけ、150年以上にわたって地域の食文化を受け継いできました。

現在は六代目の四十万谷正和さんが代表を務め、伝統の味を守りながら、新商品開発やライブコマースなど、新たな顧客層や販路の開拓にも積極的に取り組んでいます。

協働日本とは以前から複数のプロジェクトを通じて事業の発展に取り組んでおり、今回の越境チャレンジでは、田代さんを経営者の右腕として迎え、売上拡大に向けた経営課題の整理と、データを活用した経営判断の仕組みづくりに取り組みました。

創業150年の四十萬谷本舗へ。売上拡大に向け、まずは現場を知ることから

ーー越境先となった四十萬谷本舗では、どのような取り組みから始めたのでしょうか。

田代:
10月頃にプログラムが始まって、私はすぐに石川県へ行きました。

四十萬谷本舗さんは石川県内に複数の店舗を持っています。まずはそれぞれのお店を回って、どういう場所で、どんなお客様に、どういう形で商品を販売しているのかを、自分の目で見て理解したいと思ったんです。

その後は四十万谷社長と毎週のようにお話ししながら、今どんな課題を感じているのか、将来どんな会社にしていきたいのかを伺いました。

現状と目指したい姿の間に、どんなギャップがあるのか。そこを埋めるために何ができるか、一緒に考えていくところからスタートしました。

ーー当初は、どのような経営課題に向き合っていたのでしょうか。

田代:
大きなテーマは、売上を拡大していきたいということでした。

四十萬谷本舗さんは、それまでもライブコマースなど、いろいろな取り組みに挑戦されていました。ですから、すでにやっていることと同じような施策を提案しても仕方がないですよね。

今までの取り組みを踏まえて、さらに売上を伸ばすためには何ができるのか。事業のことだけでなく、社内の仕組みや業務の進め方も理解しながら、一緒に考えていました。

もう一つ、前提としてあったのが、できるだけコストをかけないということです。

新しいシステムを大きく導入したり、現場の仕事のやり方を一から変えたりするのではなく、今ある仕組みを活かして改善できることを探していました。

ーー初めて関わる業界ということで、難しさもあったのではないでしょうか。

田代:
そこはかなり難しかったです。

私は食品業界の仕事に関わったことがなかったので、まず四十萬谷本舗さんのことを理解するところに苦労しました。

かぶら寿しをはじめ、どういう商品を扱っているのか。どうやって商品をつくって、どのように販売しているのか。そもそも業界のことを知らないので、何から聞けばいいのかも分からないところがありました。

週に1回、基本的にはオンラインでミーティングをしていましたが、その時間だけでは足りません。実際には半年間で3〜4回ほど石川県へ行きましたし、ミーティング以外の時間にも市場のことを調べたり、施策を考えたりしていました。

最初は週に2〜3時間くらいの活動だと聞いていたのですが、実際には週10時間くらい使っていたと思います。

ただ、私はそれを苦だとは思いませんでした。社長と一緒に経営課題に向き合うという、なかなか得られない経験をさせてもらっているわけですから。

むしろ、そのくらい真剣に取り組まないと、受け入れてくださっている経営者の方に失礼だと思います。

「最初の3か月は右腕になれていなかった」。得意なITが、かえって壁になった

ーー経営者の右腕として活動する中で、最も難しかったことは何でしょうか。

田代:
実は、最初の3か月間は、経営者の右腕になれていなかったと思っています。

今振り返ると、自分の役割を履き違えていたんですよね。

私はこれまでITの仕事をしてきましたから、何か課題を聞くと、どうしても「それならITでこう解決できますよ」という考え方になってしまうんです。

四十万谷社長から課題を聞いて、それを解決するための仕組みを考える。ITのコーディネーターやアーキテクトのような立場で、目の前の課題を解決することに時間を使っていました。

でも、それは普段の仕事の延長でしかなかったんです。

経営者が課題だと思っていることに対して、「そうですよね、こうやって解決しましょうか」と応える。そこから先に、なかなか踏み込めていませんでした。

ーーそのことに気づいたきっかけは、何だったのでしょうか。

田代:
メンターの藤村さんとの会話ですね。

「御用聞きになっていないか?」

そんな指摘をいただいたんです。

それを聞いて、確かにそのとおりだなと思いました。結局、自分が得意なことをやっているだけだったんですよね。

経営者の右腕というのは、言われた課題を解決することではなくて、経営課題そのものを捉えるところから一緒に考える役割なんだと。

今の会社にとって何が重要なのか。本当に取り組むべき課題は何なのか。それを自分でも考えて、こちらから提案していかなければいけない。

年末頃にそのことに気づいて、年明けからは四十万谷社長との話し方を変えました。

それまでは聞かれたことに応えるような会話が多かったのですが、「こういう課題があるのではないですか」「こういう取り組みをするべきではないですか」と、自分の考えを本音でぶつけるようにしました。

四十万谷社長からも、1月頃に「何か変わったね。どうしたの?」と言われたんです。

そのときに、藤村さんからの指摘があったことをお話ししました。

正直、最初の3か月を少し無駄にしてしまったなという思いもあります。でも、あの指摘がなかったら、最後まで自分の得意な範囲で仕事をして終わっていたかもしれません。

ーー藤村さんからは、かなり厳しいフィードバックを受けたそうですね。

田代:
そうですね。でも、私はすごくありがたかったです。

社会人になって17〜18年ほど経っていますが、最近は上司から厳しいことを言われる機会って、あまりないんです。

自分が何かやりたいと言っても、「いいんじゃない」と言ってもらえることが多い。もちろん、それはありがたいことでもあるんですが、そこから先に踏み込んで指摘してもらう機会は減っていました。

藤村さんは、そこをかなりストレートに言ってくださるんです。

「それは全然だめでしょう」「こういう視点が抜けているんじゃないですか」と。

入社して2〜3年目くらいの頃は、先輩や上司から指導を受けることもありましたが、年次を重ねると、そういう経験は少なくなります。

だからこそ新鮮でしたし、心に響きました。

藤村さんは、ご自身の経験に加えて、他社の事例なども交えながら、私が思いつかなかった考え方を示してくれました。自分の中にはなかった引き出しを、たくさん見せていただいたと思います。

売上データを一元化。経営者の「肌感覚」を数字で確かめられる仕組みに

ーー実際の取り組みでは、どのような成果が生まれたのでしょうか。

田代:
正直に言うと、私自身はまだ十分に満足できる成果ではないと思っています。

ただ、一つ形にできたのが、売上データを整理して分析できる仕組みをつくったことです。

四十萬谷本舗さんでは、ECサイトや各店舗など、それぞれの場所で売上データを管理していました。複数のソフトを使っていたので、会社全体の数字をまとめて確認することが難しかったんです。

もちろん、データ自体はあるんですよ。でも、それを経営判断に使える形に整理する土台が十分に整っていませんでした。

そこで、各所に分かれていた売上データを一か所に集められるよう、Excelのマクロを使った仕組みをつくりました。

これによって、今の売上がどうなっているのか、前年と比べてどう変化しているのか、どの商品が伸びていて、どの商品が落ち込んでいるのかといったことを確認できるようになりました。

例えば、「この時期に売上が下がっているのはなぜだろう」「セット商品の売上が落ちているのではないか」といったことも、数字から考えられるようになったんです。

売上がすぐに伸びるような施策ではありませんが、今後の経営判断に使える土台を整えられたことは、一つの成果だったと思っています。

ーーその仕組みができたことで、四十万谷社長にとってはどのような変化があったのでしょうか。

田代:
四十万谷社長は、とにかく現場のことをよく分かっていらっしゃる方なんです。

今、何が売れているのか。どんなお客様が来ているのか。店舗で何が起きているのか。そういうことを、現場に足を運んで肌感覚で把握されています。

一方で、その肌感覚が実際の数字と合っているかを確認するには、いろいろなデータを見なければならなかったんですね。

今回つくった仕組みがあれば、経営者が現場で感じていることを、数字でも確認できるようになります。

「この商品が売れている気がする」という感覚に対して、実際に前年と比べてどうなのか、ほかの商品と比べてどうなのかを確認できる。

経営者が持っている現場の感覚と、データから読み取れる実態を組み合わせられるようになったことに、意味があったのかなと思います。

会議室ではなく、いつも現場にいる社長。その背中から学んだ経営の姿勢

ーー四十万谷社長と一緒に仕事をする中で、特に印象に残っていることは何ですか。

田代:
現場との距離の近さですね。

最初に石川県へ行ったときから、四十万谷社長が従業員の方々と直接話をしている場面を、何度も見かけました。

店舗に行けば、従業員の方と話をしながら売場を見ている。駅ビルに入っている店舗では、自分のお店だけでなく、ほかのお店にどんなお客様が来ているのかまで観察されていました。

数字だけでは分からないことを、自分の目で見て、肌で感じようとしているんです。

実際、半年間で3〜4回ほど現地に伺ったのですが、四十万谷社長とお話しする場所は、ほとんどいつも現場でした。

どこかの会議室でじっくり打ち合わせをするというより、店舗だったり、現場の休憩スペースだったり。「今ここにいるから、ここで話しましょう」という感じです。

私は経営者というと、もっとデスクワークをしているイメージがありました。でも、四十万谷社長が机に向かって仕事をしている姿は、ほとんど見なかったですね。

それだけ現場に出て、そこで起きていることを直接把握している。

経営者としての現場との距離の取り方は、すごく勉強になりました。

ーー参加前に期待していた、意思決定のスピードについてはいかがでしたか。

田代:
そこも印象的でした。

四十万谷社長は、新しい施策を試して、うまくいかなければやめる。その判断がすごく速いんです。

やってみて、違うと思ったら切り替える。また別の方法を試す。

私が提案したことに対しても、内容を理解していただくと、すぐに判断して次の動きにつなげてくださいました。

大企業にいると、何か一つを決めるのにもいろいろな手順がありますから、その違いは大きかったですね。

単に動くのが速いということではなく、現場を知った上で、実行するか、続けるか、やめるかを判断する。そのスピード感こそ、私が参加前に知りたいと思っていたものでした。

「部長だから現場に入らない」。自分でつくっていた役割の殻に気づいた

ーー四十万谷社長の姿を見て、ご自身の仕事への向き合い方にも変化はありましたか。

田代:
すごくありました。

実は私、もともと現場が好きなんです。

でも、ディレクターという部長職になると、現場で何が起きているかは、課長やチームリーダーからの報告で把握することが多くなります。

私自身も、現場のメンバーに直接指示を出すことは、できるだけ避けていました。

間にいる管理職の役割を飛び越えてしまうと、その人たちの仕事を奪うことになるんじゃないかと思っていたんです。

だから、現場にはあまり入らず、報告を受けて判断する。そういう仕事の仕方になっていました。

でも、四十万谷社長の姿を見て、必ずしもそうではないんだなと感じました。

社長自身が現場に入って、従業員の方と話をして、それでも現場の責任者の方々とうまく関係をつくっている。

自分も、もっと現場を知っていいんじゃないかと思うようになったんです。

ーーその気づきには、コーチングでの対話も関係していたのでしょうか。

田代:
そうですね。コーチングでの気づきも大きかったと思います。

私は30人ほどの組織を見ているのですが、年上の部下もたくさんいます。そういう方々とどうコミュニケーションを取ればいいのか、どうすればモチベーションを持って仕事に取り組んでもらえるのか、といったことも相談していました。

そうした対話の中で気づかされたのが、自分は「部長」という役割を演じていたんじゃないか、ということです。

本当は現場に入って、自分で見て、考えて、動くことが好きなのに、部長になったからにはそうしてはいけないと思っていた。

「これは課長の仕事だから」「自分が入るべきではないから」と、自分で役割を区切っていたんですね。

でも、それは自分自身がつくっていた殻でもあったんだと思います。

コーチとの対話を通じて、奥の方にしまっていた「現場が好きだ」という気持ちを、もう一度見つけてもらったような感覚がありました。

四十万谷社長からは、現場で判断する経営者の姿を見せてもらった。そしてコーチングでは、そんな働き方を本当は自分もしたかったんだと気づかされた。

この二つが重なったことが、自分の行動を変えるきっかけになったと思います。

越境先では、自分の役職や部下との関係を気にせず、思ったように動くことができました。それが本当に楽しかったんですよね。

現場メンバーを会議に招く。報告だけでは見えなかった事業の実態

ーー本業に戻って、実際に変えたことはありますか。

田代:
まず、会議のやり方を変えました。

それまでは、各事業のチームリーダーと私が話をする形が中心だったんです。

でも、そのチームリーダーの下には、実際に現場で動いているメンバーがいます。3人、4人とメンバーがいる中で、私はリーダーからの報告だけを聞いて判断していました。

それを変えて、現場のメンバーにも同じ会議に出てもらうようにしたんです。

もちろん、チームリーダーを飛び越えて現場に直接指示をすることには、以前は抵抗がありました。でも、リーダーも同席している場で、みんなで話をするならいいんじゃないかと考えるようになりました。

実際にやってみると、これまで見えていなかったことが、いろいろ分かってきたんです。

ーー具体的には、どのような違いがありましたか。

田代:
例えば、チームリーダーとしては、その事業を続けたいという思いがありますよね。

だから、報告するときにも、どうしても前向きな情報が中心になることがあります。

でも、実際に現場で働いているメンバーに聞いてみると、「現場ではこういう問題があります」「実際にはそんなにうまくいっていません」という話が出てくるんです。

間に人が入ることで、情報が薄まっていたり、少し違う形で伝わっていたりすることがあるんだと分かりました。

現場のメンバーから直接話を聞くことで、それまでよりも多くの情報をもとに判断できるようになりました。

もちろん、話を聞く人が増えるので、会議の時間も長くなります。正直、面倒くさいこともありますよ(笑)。

でも、やっぱり必要なことだったんだと思います。

四十万谷社長が現場に足を運んで、自分の目で確かめていたのと同じように、私も現場を知った上で判断することが大事なんだと、あらためて感じています。

越境終了の翌月、事業の見直しを決断。「続ける」だけが経営判断ではない

ーー現場の声を直接聞くようになったことで、事業の意思決定にも変化はありましたか。

田代:
ありました。大きかったのは、担当している事業の見直しです。

私が見ている6つほどの事業のうち、もともと自分が担当していたのはイベント関連の事業でした。

それ以外の事業は、組織再編などのタイミングで引き継いだものが多かったんです。

中には、以前から「もうこの事業はやめるべきなんじゃないか」と思っていたものもありました。

でも、それぞれの事業には担当している人がいます。みんな頑張って取り組んでいますし、なかなか「やめよう」とは言えなかったんですよね。

結果として、何となく継続してしまっているところがありました。

ただ、四十万谷社長の意思決定を間近で見て、うまくいかないことを続けるだけではいけないんだと感じました。

越境チャレンジは3月に終わったのですが、翌4月には、ある事業について「もうやめよう」と提案しました。

ーーその判断に至るまでには、どのような変化があったのでしょうか。

田代:
以前だったら、チームリーダーから上がってくる報告をもとに判断していたと思います。

でも、越境中に会議のやり方を変えて、現場のメンバーとも直接話をするようになりました。

そこで何か月かかけて、現場で何が起きているのか、その事業が今どういう状況なのかを、自分なりに理解することができたんです。

そうすると、「この状況だったら、もう方向転換するしかないよね」と判断できるようになりました。

それまでは、事業をやめることに対して、どこかでためらいがあったんだと思います。

でも、現場を知って、いろいろな情報を聞いて、自分で考えることで、判断できるようになった。

現場に関わる時間は増えましたし、簡単なことばかりではありません。でも、そうしたプロセスを踏むことで、以前よりも納得感を持って事業の方向性を決められるようになったと思います。

「現状に不満がある人にこそ、越境してほしい」。変化を待つ側から、起こす側へ

ーー約半年間の越境チャレンジを振り返って、どのような方に参加してほしいと思いますか。

田代:
私は、現状に不満を持っている人にこそ、参加してほしいと思います。

もっとこういうふうにしたい、ああいうふうにしたいと思っていても、実際にはなかなか変えられないことってありますよね。

何か新しいことを始めようとしても時間がかかったり、提案してもなかなか動かなかったり。

やるべきことがあると分かっているのに、組織の中で先送りになってしまう。そういう状況にもんもんとしている人は、ぜひ経験してみてほしいです。

私自身も、会社に対して変えたいと思っていることがたくさんありました。

でも、普段の組織の中にいると、どうしても「会社がこうだから」「今の仕組みでは難しいから」と考えてしまうんです。

越境して、別の会社の経営者と一緒に仕事をすると、それまで当たり前だと思っていたことが、必ずしも当たり前ではないと気づけます。

自分で考えて、判断して、実行する。うまくいかなければ、また変える。

そういう経験をすることで、「会社が変わらない」と思っていた人も、「自分で変えていこう」という意識になれるんじゃないかと思います。

ーー最後に、田代さんご自身が今後挑戦していきたいことを教えてください。

田代:
これからは、社内の仕組みそのものを変える仕事に挑戦したいと思っています。

私は今の会社に対して、もっとこうした方がいいのに、と思うことがたくさんあります。

これまでは、自分の担当している事業の中で、できることを変えていくという立場でした。でも、今はもっと会社全体の仕組みを変えるところに関わりたいと考えています。

私自身、ディレクターという部長職の中では、まだ比較的若い方だと思います。

だからこそ、現場との距離も近いですし、現場で働いている人たちの声も聞きやすい。その立場だからこそできることがあるんじゃないかと思っています。

今後は、全社の業務プロセスなど、会社の仕組みを変えていく仕事に挑戦したいです。

今回の越境で、四十万谷社長が現場に入り、そこで起きていることを自分の目で見て判断する姿を学びました。

一方で、コーチングを通じて、自分自身が本当は現場に入って仕事をすることが好きだったんだと、あらためて気づくこともできました。

これまでは、部長だからこうしなければならない、という考え方にとらわれていたのかもしれません。

でも、自分の役割を自分で狭める必要はないんですよね。

これからは、現場の声をしっかり聞きながら、自分自身が変える側として動いていきたいと思っています。

ーー田代さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。

田代:
ありがとうございました。


田代 秀浩/Hidehiro Tashiro

日本電気株式会社(NEC) ディレクター
※越境チャレンジ参加当時:NECソリューションイノベータ株式会社

2008年に入社。フィーチャーフォン・スマートフォン向けアプリケーション開発を経て、Webアプリケーション開発に従事。2013年には官庁向け大規模基幹システムのプロジェクトリーダーを経験。2016年に新規事業創出部門へ異動し、5つの商材の企画から提供、運用までを担当。2020年にはNECの大型イベントのDX化にITアーキテクトとして参画。2021年からは、DX化の経験を活かし、顧客向けのITコンサルティングや共創事業を推進している。

越境チャレンジについては こちら

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