AI・デジタル活用STORY:株式会社伊田重機 柳澤有希子氏 紙に眠る57年の知恵を、次世代へ。社員主導で始まったデジタル変革

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。

【記事サマリー】
奈良県奈良市で、建設機械や建設用車両の修理・販売・整備・保守点検などを手がける株式会社伊田重機。創業以来の豊富な知識と経験を強みにする一方、顧客情報や修理履歴の多くは紙で保管され、業務の進め方もベテラン社員の記憶に依存していました。協働プロとともにkintoneを活用した情報の一元化に着手し、現在は紙資料をPDF化し、生成AIも用いてデータへ移す方法を検証しています。本格運用はこれからですが、すでに大きな変化も生まれています。若い事務員2名が、自らAIやkintoneを学び、システムの構築を主導するようになったのです。社長が一人で抱えていた課題が社員の共通課題となり、現場から会社を変える動きへ。創業57年の知恵を次世代へつなぐ「デジタル事業承継」が始まっています。

この取り組みは、株式会社協働日本のAI・デジタル活用伴走支援「デジコーチ」による支援事例です。
デジコーチとは

今回は、奈良県奈良市を拠点に、建設機械や建設用車両に関する幅広いサービスを展開する株式会社伊田重機 代表取締役の柳澤有希子さんにお話を伺いました。

同社は1969年(昭和44年)に創業。建設機械の修理を起点に、リース・レンタル、中古建設機械の販売、オペレーター付きでの現場対応、ユニック車などの架装部分の修理・点検へと事業を広げ、地域の建設現場を支えてきました。一方、顧客情報や修理履歴は大量の紙で保管され、業務もベテラン社員の記憶に依存。情報共有の不足が、ミスや顧客トラブルにつながることもありました。

2代目として会社を継いだ柳澤さんは、この状況に強い危機感を抱きながらも、当初は一人で悩み続けていたといいます。奈良県の「デジタル×経営実践」プログラムを通じて協働日本と出会い、協働プロの横町暢洋さんらと取り組みを進める中で、会社にどのような変化が生まれたのでしょうか。

ベテランの頭の中と紙に眠る情報を、どのように会社全体の資産へ変えていくのか。そして、デジタルとは縁遠かった社員たちが、なぜ自ら変革を担うようになったのか。率直に語っていただきました。

(取材・文=郡司弘明)

建設機械のことなら、何でも応える。修理から広がった57年

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、伊田重機さんの沿革と現在の事業について教えてください。

柳澤有希子氏(以下、柳澤):
よろしくお願いします。当社は昭和44年に、父が創業しました。当時は高度経済成長期の真っただ中で、建設機械が普及し始めた頃だったのだと思います。父はとにかく機械が好きで、建設機械の修理を始めたことが会社の出発点です。

現在は修理を基盤に、リース・レンタル、中古建設機械の販売、オペレーター付きで建設機械を現場へ出す仕事なども行っています。ユニック車やごみ収集車といった働く車の「架装部分」の修理や点検も得意です。「建設機械のことならお任せください」という言葉を看板にも掲げるほど、さまざまなご相談に対応しています。

建設機械は10年、20年前のものでも、動けば仕事になります。かなり前に販売した機械が、修理のために再び入ってくることも珍しくありません。昔からいる担当者の記憶は大きな強みですが、その人にしか分からないままでは、会社としてお客様に向き合い続けることが難しい。古い履歴も簡単には捨てられない業種だからこそ、会社の情報として残す必要がありました。

ーーありがとうございます。続いて、協働日本を最初に知ったきっかけを教えてください。

柳澤:

以前、奈良中央信用金庫の経営研究会で、協働日本代表の村松さんの講演を聞いたことがありました。お話を聞いて、「こういう方々に相談できたらいいだろうな」と感じたことを覚えています。

その後、奈良県の「デジタル×経営実践」プログラムを知りました。参加企業には当社と同じような中小企業も多いと聞き、「悩んでいるのは、うちだけではない」「うちでもデジタル化、DXに取り組んでいいんだ」と思えました。

ちょうど、ベテラン社員の知識をどう引き継ぐか、一人で悩み続けていた時期でもありました。私にとって、本当に必要なタイミングでいただいた機会でした。

ーー奈良県の事業を通じて、協働日本の協働プロたちとの具体的な協働が始まったのですね。

柳澤:

はい。最初は私一人が焦り、「何とかしなければ」と思っていました。ご紹介いただいた協働プロの横町さんたちとの取り組みを通じ、課題を整理し、当社に合う方法を一緒に考えてもらうところから始まりました。

単にシステムを紹介してもらうのではなく、今の当社がどのような状態で、何に困っているのかを聞いてもらえたことが大きかったと思います。

「この人に聞かないと分からない」。ベテランの記憶に頼る会社

ーー協働日本との取り組みを決めた当時、社内にはどのような課題があったのでしょうか。

柳澤:
父の代から働く社員が今も会社を支えてくれています。経験が豊富な一方、業務の進め方やお客様の情報の多くは、その方たちの頭の中にしかありませんでした。「何十年か前に対応したお客様だから、資料を調べてほしい」と言われると、事務スタッフは仕事を止め、大量の紙資料から探します。複数人で探し、数時間かかることもありました。

営業と整備の間でも、十分に情報を共有できていませんでした。問い合わせをいただいても、担当者がいなければすぐに答えられない。行き違いからミスやロスが生まれ、お客様にご迷惑をかけてしまうこともありました。実際にお客様を怒らせてしまい、営業担当が頭を下げるような出来事もありました。そうなると、社内の空気も悪くなってしまいます。

ーー2代目として、その状況に強い危機感を持たれていたのですね。

柳澤:
この先も伊田重機を続けるなら、ベテラン社員の頭の中にあるものを見えるようにしなければいけない。長く働いてきた方々の自負も、若い社員が新しいことを取り入れたいという思いも大切にしながら、どう知識を受け継ぐのか。答えが見えず、当時は一人で悶々としていました。

協働日本のプログラムを知ったのは、まさにそのタイミングでした。私にとっては、本当に必要なときに出会えた取り組みでした。

デジタル化は、創業57年の知恵をつなぐ「事業承継」

ーー今回の取り組みでは、どのような未来を目標に掲げたのでしょうか。

柳澤:
目指したのは、社員が同じクオリティーで仕事ができる職場です。誰が問い合わせを受けても同じ情報を確認し、速やかに対応できるようにする。「この人に頼んでよかった」だけではなく、「伊田重機に頼んでよかった」と言っていただける会社へ変えていきたいと思っています。

ですから、当社にとってのデジタル化は、単なる効率化ではありません。ベテラン社員が長年培ってきた知識やノウハウをデータとして残し、若い世代へ引き継いでいくための取り組みです。創業57年の重みを未来へつなぐ、事業承継の一つだと捉えています。

ーーその実現に向け、まずは顧客情報や修理履歴をkintoneへ集約することにしたのですね。

柳澤:
はい。いくつかのシステムを検討し、横町さんにも相談しました。業界向けの専門的なシステムには、何百万円という導入費用に加え、月々の費用がかかるものもあります。機能が多くても、当社がすべてを使いこなせるとは限りません。

その点、kintoneは当社が今やりたいことに合っていて、費用面でも取り組みを始めやすく、自社に合わせてカスタマイズできます。営業やベテラン社員が持つ情報を棚卸しし、顧客情報を一元化する。そのうえで、業務を効率化できるように情報を整理し、社員にもデジタル活用の考え方を広げていく。この順番で進めています。

請求書、機械の仕入れ・販売など、担当者ごとのExcelや頭の中にあった情報も、一つの流れとして確認できる仕組みをつくっている段階です。

高さ50センチの紙資料。生成AIを使っても「読み取れば終わり」ではない

ーー膨大な過去の情報は、具体的にどのようにデータへ移しているのでしょうか。

柳澤:
実際の構築は、伴走してくれている協働プロの横町さんたちと事務スタッフが中心です。私は今では横で話を聞くくらいで、スタッフが自ら質問し、使いやすい形へカスタマイズしてくれています。当社には、お客様や機械ごとに膨大な紙資料があり、日々の仕事と並行して整理する必要があります。

ーー横町さんによると、Excelのデータは形式を整えてkintoneへ取り込み、紙の情報はPDF化して生成AIで読み取る。さらに会社名を手がかりに公開情報を補い、精度を高める方法を検証しているそうですね。

柳澤:
そうですね。中でも難しいのは手書きの資料です。PDFにしてAIに読み取らせても精度が下がるため、内容を確かめ、足りない情報を補う必要があります。

資料をファイルごと積み上げると、高さが50センチほどになると聞いています。それだけの紙をPDFにするだけでも、事務スタッフにとって決して軽い負担ではありません。現時点では、どこまでデータ化できるのか、どの方法なら現実的に進められるのかを検証しているところです。

時間も工夫も必要です。ただ、横町さんが「できないことはない。面倒な部分こそ引き受けて、一緒に形にしていくことに意義がある」と向き合ってくれていることは、とても心強いですね。

社長一人の「どうしよう」が、社員の「やってみたい」へ

ーー本格運用はこれからですが、すでに組織には大きな変化が生まれているそうですね。

柳澤:
はい。中心になっているのは、若い事務員2名です。最初は私自身、「会社を巻き込むなんて、うちでは無理だろう」「誰も味方になってくれないのでは」と思っていました。

それが、横町さんが一度会社へ来てくれたことで変わりました。「会社は本当に変わろうとしている」「自分たちの事務作業も大きく変わるかもしれない」と、スタッフが実感できたのだと思います。それから、2人の姿勢が一気に前向きになりました。

今では打ち合わせで意見を積極的に伝え、チャットでも横町さんへ質問しています。自分たちでkintoneを触り、一部の仕組みをつくり始め、私がほとんど入らなくてもプロジェクトが進むようになりました。

ーー用意されたシステムを使うのではなく、自分たちで使いやすい形をつくっているのですね。

柳澤:
そうなんです。今回は、出来上がったひな型に仕事を当てはめるのではなく、スタッフが「ここはこうしたい」「色を変えてほしい」と細かなことまで伝え、今の仕事に合う形を一緒につくってもらっています。

最初から「それは無理です」「できません」と言われていたら、スタッフもそれ以上は要望を出さなかったと思います。少しずつでも、自分たちが望む形へ近づいていると分かるから、「どうせなら、ちゃんと使いやすいものをつくろう」という意識が高くなっているのではないでしょうか。

別の営業所で長く働く事務スタッフも、若い2人から教わりながら取り組みに加わり始めました。社員同士で教え合いながら進められていることも、うれしい変化です。

ーー奈良県の事業終了後も、協働日本との契約を継続されています。継続を決めた理由を教えてください。

柳澤:

奈良県の事業が終わった時点では、kintoneはまだ構築の途中で、紙の情報をデータへ移す作業もこれからでした。仕組みをつくるだけではなく、実際に使える状態にして、社内へ定着させるところまで進めなければ意味がありません。

もう一つ大きかったのが、事務スタッフの変化です。最初は私一人が悩んでいましたが、今ではスタッフから「あれもしたい」「これもしたい」と意見が出るようになりました。自分たちでkintoneを触り、仕事を変えようとしてくれています。

せっかく生まれた変化を、県事業の期間が終わったからといって止めたくありませんでした。ここから実際の成果につなげ、整備や営業の現場にも広げていくために、自費でも伴走を続けることを決めました。

答えを押しつけず、小さな要望から一緒に形にする

ーー伴走を担当する、協働日本の横町暢洋さんには、どのような印象を持っていますか。

柳澤:
横町さんは豊富な経験や知識を持ちながら、決して上から目線で話しません。「なるほど」と、まずはこちらの話や無理な要望も受け止めてくれます。機能の説明からではなく、私たちが何に困っているのかを聞くところから始めてくれるんです。

「ここの色を変えてほしい」という小さな要望にも対応し、専門的な説明についていけなくなりそうなときは、「それは今すぐ理解しなくても大丈夫」と整理してくれる。私たちのペースに合わせてもらえることが、とてもありがたいです。

ーー発表会で横町さんは、今回の伴走を「どうしよう」を「できるかも」へ変える取り組みだったと振り返っていました。

柳澤:
まさにそうだと思います。最初は私一人が焦り、どうしたらよいか分からずにいました。それが今は、スタッフから「あれもしたい」「これもしたい」と意見が出るようになっています。

課題がなくなったわけではありませんし、システムもまだ完成していません。それでも、社内に一緒に進める仲間がいると分かった。「何とかしなければいけないけれど、どうしよう」という状態から、「自分たちにもできるかもしれない」へ進めたことは、大きな変化だと思います。

2〜3時間の検索を20〜30分へ。生まれた時間を、人のために使う

ーーkintoneが本格的に運用されると、業務はどのように変わる見通しでしょうか。

柳澤:
これまでは、過去のお客様や機械について確認するために、事務スタッフが紙のファイルを一つずつ探していました。毎日の業務の中で、感覚的には合計2〜3時間ほどかかっていた作業が、kintoneで検索できるようになれば、20〜30分ほどまで短縮できるのではないかと見込んでいます。内容によって数時間かかっていた一件の検索も、数分で終えられる可能性があります。

担当者が不在でも修理履歴を確認できれば、若い営業や整備スタッフも過去の状態を見ながら対応できます。ただ、現時点ではまだ構築と検証の段階です。実際に使える状態にし、どれだけ時間を短縮できるのかを確かめていく必要があります。

ーー効率化によって生まれた時間を、どのように使っていきたいですか。

柳澤:
デジタルですべてを効率化し、人と関わらなくてよい会社にしたいわけではありません。むしろ、紙を探す時間が減った分、よりお客様との関わりを丁寧にしたり、顧客価値を高める取り組みに活かしていきたいと思います。

便利になるほど、人と話し合う機会が減ることもあります。情報を探す作業はデジタルで短くし、その分、お客様や社員と向き合う。そこまでできて、初めてこの取り組みに意味が生まれるのだと思います。

「うちのような中小企業が」から、「うちでもできる」へ

ーー外部のプロ人材と取り組むのは、今回が初めてだったそうですね。

柳澤:
はい、初めてです。以前は、「うちのような中小企業が、プロにデジタルの相談をするなんておこがましい」という気持ちがありました。セミナーで知識を得ても、私一人が会社へ帰って何ができるのだろう、とも思っていました。

今回、同じような中小企業が多く参加していたことで、「悩んでいるのは、うちだけではない」「うちでも取り組んでよいのだ」と思えました。そして、事務スタッフが課題を自分ごととして動いてくれたからこそ、変化につながったのだと思います。

事務所から整備・営業の現場へ。変化の兆しを会社全体に広げる

ーー最後に、今後の展望を聞かせてください。

柳澤:
まずは、今つくっている仕組みを実際に使える状態にし、社内へ定着させることです。そして、事務スタッフから始まった変化を、次は整備や営業の現場へ広げていきたいと考えています。

若い整備スタッフにも過去の修理履歴や顧客情報を活用してもらい、ベテラン社員の知識を受け継いでほしい。一方的に教わるだけではなく、一人ひとりが自分たちの仕事をより良くする方法を考え、提案できる会社にしていきたいです。

いま進めているデジタル化をきっかけに、「受け身」から「主体的に動く」組織へ変わっていく。その変化を会社全体へ広げ、お客様から「伊田重機に頼んでよかった」と言っていただける会社を目指したいと思います。

ーーこれからの協働日本へ、メッセージをお願いします。

柳澤:
協働日本には、これからも中小企業を盛り上げてほしいと思っています。地域の中小企業が元気になれば、日本全体も強くなっていくはずです。

私たちのような会社でも、社員と一緒にデジタル活用へ踏み出し、会社を変えていける。そのことが、同じように悩んでいる企業へ少しでも伝わればうれしいです。今回の経験が、誰かの「うちでもできるかもしれない」につながればと思っています。

ーー本日は貴重なお話をありがとうございました。

柳澤:
ありがとうございました。


この記事の取り組みは、株式会社協働日本のAI・デジタル活用伴走支援「デジコーチ」です。

AI・デジタルに強い協働プロがコーチとして入り、社員の方が自分で使えるようになるまで伴走します。デジコーチは、日本全国の地域の中小企業様100社以上にご導入いただいています。製造業、食品、飲食、小売、工務店など、業種はさまざまです。
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柳澤 有希子/Yukiko Yanagisawa

株式会社伊田重機 代表取締役

大学では美術を専攻。服や着物が好きで、卒業後はアパレルメーカーに就職し、全国各地を飛び回る。
その後、株式会社伊田重機に入社。入社から27年を迎え、2019年に代表取締役に就任。
男性中心の建設機械業界で、自らの思いを伝え、社員一人ひとりの声にも耳を傾ける組織づくりを進めている。

協働日本事業については こちら

VOICE:協働日本 横町暢洋氏 – 二足の草鞋を本気で履いて生み出した変化と自信 –

AI・デジタル活用STORY:株式会社サンロード 鈴木友広氏 システム導入を、組織変革の起点に。「全員参加」のデジタル経営へ

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。

【記事サマリー】
奈良県橿原市で、食品工場向けの衛生キャップやフィルターを企画・開発・製造する株式会社サンロードが抱えていたのは、営業日報と顧客情報が分散し、展示会で得た700枚を超える名刺も手作業で入力しているという課題でした。協働プロとともに営業支援システムや名刺管理・メール配信の仕組みを整えたことで、顧客情報を横断的に確認し、潜在顧客への営業活動につなげられる環境を構築。新規売上も前年から10%を超えて伸びています。さらに、取り組みを担った鈴木友広さんは、2026年4月に新設されたDX推進室の室長に就任。変わったのは業務の進め方だけではありません。社員の中にも、デジタルを使って自ら仕事を変えていこうとする意識が芽生え、全社変革への土台が生まれ始めています。

この取り組みは、株式会社協働日本のAI・デジタル活用伴走支援「デジコーチ」による支援事例です。
デジコーチとは

今回は、食品工場向けの衛生キャップやフィルターを中心に、衛生対策製品の企画・開発・製造・販売を手がける株式会社サンロード DX推進室 室長の鈴木友広さんにお話を伺いました。

同社は奈良県橿原市に本社を構え、福島県いわき市、中国・青島市にも製造拠点を展開。食品への毛髪混入を防ぐ衛生キャップや、工場内へのほこり、虫、細菌、カビなどの侵入を抑えるフィルターを通じて、食品製造の現場を支えてきました。

2027年には50期を迎える同社が、次の成長に向けて掲げているのが、デジタルやAIを活用した業務と事業の変革です。その第一歩として取り組んだのが、営業情報の一元化と、展示会で生まれた顧客接点の活用でした。

しかし、システムを導入しただけで会社が変わるわけではありません。必要なのは、デジタルを使う人と、社内を動かしていく推進者の存在です。奈良県の「デジタル×経営実践」プログラムを通じて協働日本と出会い、総務部に所属しながらプロジェクトを担った鈴木さん。その後、社内に新設されたDX推進室の室長へ。協働を通じて、何が変わったのでしょうか。

営業支援システムや名刺管理の導入、その裏側で進んだ社員の意識変化、そして全社を巻き込むDXへの展望について、率直に語っていただきました。

(取材・文=郡司弘明)

食品工場の衛生環境を支える、ものづくり企業

ーー本日はよろしくお願いいたします!まずは、サンロードさんの沿革と現在の事業について教えてください。

鈴木友広氏(以下、鈴木):
はい、よろしくお願いします。

当社は1978年に創業し、食品工場などで使用される衛生用品の企画・開発・製造・販売を行っています。

主力製品は、食品工場で働く方が毛髪混入対策のために着用する衛生キャップと、工場内へのほこりや虫、細菌、カビなどの侵入を防ぐ衛生用フィルターです。この2つのカテゴリーが、売上の大半を占めています。奈良県橿原市に本社と工場があり、福島県いわき市にも国内工場を構えています。国内2拠点で働く従業員は約100名。海外では、中国の青島市にも製造拠点があります。

そのほか、一般のお客様向けのマスクや家庭用フィルターも展開しています。お客様が抱える衛生面の困りごとを的確に捉え、製品として形にしていくことが私たちの仕事です。

ーー食品工場の衛生環境を支える製品が、事業の中心なのですね。

鈴木:
そうですね。特に衛生キャップとフィルターが中心です。衛生キャップの中には、電荷を保持する特徴的な生地を使い、毛髪を吸着して落下を防ぐ製品もあります。フィルターについても、外気からのほこりや虫の侵入を防ぐものや、空調を通じて広がる細菌、カビなどを捕集するものを扱っています。

目立つ製品ではないかもしれませんが、食品工場のクリーンな環境を守るためには欠かせない製品です。

「中小企業だからこそ、取り組まなければ生き残れない」

ーー今回、協働日本と取り組むことになったきっかけを教えてください。

鈴木:
奈良県が実施していた「デジタル×経営実践」という支援事業がきっかけです。社長が事業のチラシを入手して持ち帰り、私に申し込むようにと声をかけていただいたところから始まりました。

社長は以前から、デジタルや生成AI、DXに力を入れていかなければならないという危機感を強く持っていました。大企業であれば、デジタルを専門に扱う部署があり、知見を持った人材もいると思います。一方で、中小企業では専門部署も人材も限られている。当社も生産現場を中心とした会社で、デジタルとはどちらかといえば縁遠い環境でした。

中小企業だからといって何もしなくてもよいとは、私も思えません。デジタルやAIを活用していかなければ、今後は生き残っていけない。その危機感が、経営側にも現場にもありました。

ーーそれまでも、デジタル化に向けた動きはあったのでしょうか。

鈴木:
セミナーに参加して情報を集めることはありました。ただ、具体的な実行まで進められていたわけではありませんでした。

生成AIを新商品開発に活用したい。社内に蓄積された情報やノウハウを整理したい。議事録作成のような日常業務も効率化したい。大きなものから小さなものまで、解決したい課題はいくつもありました。とはいえ、何から着手すればよいのか、どのような手段を選ぶべきなのかが分からない・・。そんな状況でした。

ーー課題は見えているものの、実行までの道筋を描けていなかったのですね。例えばシステム会社ではなく、協働日本のような伴走者を求めたのはなぜでしょうか。

鈴木:
システム会社に相談すると、どうしてもその会社が提供する商品を前提に話が進んでいきます。自分たちが必要なものを、十分に理解したうえで選ぶのであれば問題ありません。ただ、情報収集の段階では、提案された商品に引っ張られてしまうことがありますよね。

私たちが求めていたのは、特定の商品を売る立場ではなく、フラットな視点で課題を整理し、どのような手段が適切なのかを一緒に考えてくれる存在でした。

中小企業では、何を選べばよいのか、どの順番で取り組むべきなのかを判断する知識そのものが不足しています。ツール選定の前段階から相談できることに、協働日本との取り組みの価値を感じました。

ーー今回の協働プロジェクトには、どなたが参加されたのでしょうか。

鈴木:
昨年度のプロジェクトでは、協働プロの横町暢洋さんを中心に伴走していただき、一緒に先山毅さんにもサポートに入っていただきました。横町さんは、大企業でエンジニアやマネジメントを経験されている方です。私自身も前職がエンジニアだったため、考え方や話の進め方に共通する部分がありました。こちらの状況を理解していただきやすく、私にとっても話がかみ合いやすい方だったと思います。

奈良県の支援事業が終了した後も協働日本との取り組みを継続しており、今年度は横町暢洋さんと、新たに黄瀬真理さんに伴走していただいています。

ーー昨年度の横町さんたちとのプロジェクトでは、具体的にどのような課題から着手したのでしょうか。

鈴木:
一つ目は、営業日報と顧客情報の連携です。

営業日報と顧客情報をつなぎ、「探せるデータ」へ

ーー以前の営業日報は、どのように管理されていたのでしょうか。

鈴木:
以前から営業担当者は、Excelを使って日報を記入していました。ただ、日報は週ごとのファイルに分かれており、過去の情報を探すには、一つずつ開いて確認しなければなりません。

直近の出来事は把握できても、「1カ月前に、このお客様とどのような話をしていたか」を振り返るには時間がかかります。管理者にとっても、営業活動や商談の状況を横断的につかみにくい状態でした。

ーー日報は書かれているものの、蓄積された情報を十分に活用できていなかった、と。

鈴木:
その通りです。顧客情報や商談情報を別のデータベースへ入力してもらう方法もあります。しかし、それでは日報との二重入力になり、営業担当者の負担が増えてしまいます。管理者としては情報を整理してほしい。一方、現場に新しい入力作業を増やせば、拒絶反応が起きるかもしれない。そこが難しいところでした。

そこで、営業支援システムとしてkintoneを導入しました。一度情報を入力すれば、日報だけでなく、顧客情報や商談情報としても整理される仕組みです。

現在は、これまでバラバラだった顧客情報や接点情報を横断的に確認できるようになりました。必要な情報をすぐに検索でき、営業担当者同士の情報共有も以前よりスムーズになっています。

単に日報をデジタル化したのではありません。書き残していた情報を、次の営業活動に使えるデータへ変えていった形です。

ーー導入するシステム自体は、協働が始まる前から候補が決まっていたのでしょうか。

鈴木:
ある程度は決まっていました。導入をほぼ決めた段階と、横町さんとの伴走が始まった時期が重なったような形です。

そのため、横町さんには「何を導入するか」だけでなく、ベンダーとの話をどのように進めるのか、導入後にどう活用していくのか、社員にどう働きかければよいのかという部分を相談しました。システムを入れること自体は簡単にできます。ただ、使われなければ意味がありません。むしろ、導入後の方が大切ですよね。

700枚を超える名刺を「次の営業」につなげる

ーーもう一つの大きな課題が、展示会で得た顧客情報の活用だったと伺いました。

鈴木:
当社は年に2回ほど展示会へ出展しています。3日から4日間の展示会で、700枚を超える名刺をいただくこともあります。以前は、その名刺情報を営業担当者が一枚ずつExcelへ入力していました。その後、お礼のメールを個別に送っていたため、かなりの手間がかかります。連絡するまでに時間が空いてしまうこともありました。

そこで、名刺情報を取り込んで管理し、メール配信まで行える仕組みを導入しました。展示会後には、ご来場へのお礼や新製品の案内をまとめて配信しています。

ーー単なる名刺のデータ化ではなく、その後の営業活動までを仕組みにしたのですね。

鈴木:
そうですね。重要なのは、メールを一斉に送れるようになったことだけではありません。開封の有無や製品ページのクリックなど、お客様の反応も確認できるようになりました。

これまでは、お問い合わせがあった段階で初めて、お客様の関心が分かっていました。現在は、問い合わせに至る前の反応を捉え、関心を持っている可能性が高いお客様へ営業からアプローチできます。いわば、潜在顧客の可視化です。

名刺情報を登録するスピードは明らかに上がりました。営業担当者が個別に行っていたお礼や製品案内も仕組み化され、展示会で生まれた接点を継続的に育てる土台が整いつつあります。

ーー協働プロからは、具体的にどのようなアドバイスがあったのでしょうか。

鈴木:
ベンダーとの交渉や方向づけに加えて、社内の皆さんに使ってもらうための動機づけ、働きかけについてアドバイスをいただきました。メール配信についても、どのような内容を、どのくらいのタイミングや頻度で届ければよいのか。そうした運用面まで相談しています。

ツールの機能を知るだけでは、現場での使い方までは決まりません。自社の営業活動にどう組み込むかを一緒に考えていただけたことは大きかったですね。

新規売上は前年から10%超。事業の仕掛けとDXが重なった

ーー仕組みを整えたことで、事業面ではどのような手応えが生まれていますか。

鈴木:
もちろん、今回の施策だけによる成果とは言い切れませんが、ホームページや展示会を通じて接点を持ったお客様からの新規売上は、前年から10%を超えて伸びています。

メール配信を本格的に始めたのは今期に入ってからですので、それによってどれだけ顧客が増えたかという成果は、まだこれから確認していく段階です。ただ、展示会をきっかけに新しいお客様が増えている実感はあります。今後、半年、1年と続けていく中で、メールの開封率やクリック数、新規顧客の獲得件数なども見ていきたいと考えています。

ーー2026年6月には、「FOOMA JAPAN 2026」にも出展されています。展示会では、新しい商品にも力を入れたそうですね。

鈴木:
従来の衛生キャップやフィルターに加えて、食品工場の暑熱環境に対応するアイスベストを紹介しました。食品工場には、油を使う工程など、非常に温度が高くなる現場があります。そこで、体に接する側を冷却し、外側には熱が逃げにくい工夫を施した保冷剤入りのベストを出展しました。

熱中症対策への関心が高まっている時期でもあり、多くの方に注目していただけました。展示会後にも反響があり、注文につながっています。

ーー新商品を打ち出す動きと、展示会後の顧客フォローを改善する動きが、ちょうど重なったわけですね。

鈴木:
そうだと思います。毎回同じ製品を並べるだけでは、新しい注目は生まれません。事業側では新しい商品をつくり、営業側では展示会で得た接点を次につなげる。二つを組み合わせることで、より効果的な活動ができるようになります。

会社としての仕掛けとDXの取り組みが重なったことは、大きかったですね。

総務部からDX推進室へ。取り組みが生んだ新たな役割

ーー今回のプロジェクトを経て、2026年4月にはDX推進室が新設されました。鈴木さんが室長に就任された経緯を教えてください。

鈴木:
2026年3月までは総務部に所属し、人事、労務、経理などの業務を担当しながら、デジタル関連の取り組みも進めていました。

総務の仕事と並行していたため、デジタル化に十分な時間を使えていたわけではありません。片手間という言い方がよいかは分かりませんが、実際にはそのような状態でした。

一方で、社長の中では「もっと力を入れて進めなければならない」という思いが徐々に強くなっていきました。そして3月末、「DX推進室を立ち上げるので、デジタル、生成AI、DXに専念してほしい」と言われたのです。

ーーもともとDX推進室長になることを想定して、プロジェクトに参加していたわけではなかったのですよね。

鈴木:
はい、お恥ずかしながらまったく想定していませんでした。奈良県のプログラムへ参加したときは、総務部の立場で、まずは社内の課題をどうにかしたいという気持ちでした。

ただ、協働日本とのプロジェクトを通じて、実際にシステム導入や社内への働きかけを経験したことは、DX推進室の立ち上げにつながったのだと思います。社長も、その取り組みを見ていたのでしょう。会社として本格的に進めるなら、担当を明確にし、専任に近い形で動かす必要がある。そのような判断だったのだと思います。

ーーシステムが導入されたことに加え、社内にDXを進める役割そのものが生まれた。今回の協働を象徴する変化ですね。

鈴木:
そうですね。ただ、まだ立ち上がったばかりです。本当の意味では、これからだと思っています。

1.5人で始めたDX推進室。小さな成功を積み重ねる

ーー現在は、どのような体制でDXを推進していますか。

鈴木:
DX推進室には、営業や商品開発を担当してきた弊社の佐藤という社員が兼務で加わってくれています。私が1人、佐藤が0.5人。いわば1.5人の体制です。佐藤は、kintoneやメール配信の導入にも当初から関わっており、現在は運用や社内フォローを中心に進めてくれています。

もともとは商品開発を担当していましたが、今ではデジタル関連の仕事の割合がかなり増えています。私の右腕という立場ですね。

ーーDX推進室だけで課題を決めるのではなく、各部門からも意見を集めたそうですね。

鈴木:
はい。各部門のメンバーに、「デジタルを使って解決したいこと」を聞きました。

議事録作成の効率化といった身近な課題から、生成AIを活用した新商品開発まで、幅広い意見が出ています。課題の一覧化はすでに終えており、横町さんにも共有しました。これから優先順位を整理し、取り組むテーマを決めていきます。

ーーすべてを一度に進めるのではなく、優先順位をつけていくと。

鈴木:
そうです。大きな成果だけを目指しても、社員はなかなか変化を実感できません。まずは3カ月に一つ、小さくても目に見える成功事例をつくる。その成果を社内で共有し、次の取り組みにつなげていきたいと思っています。

できることを一つずつ増やし、社内に「デジタルを使えば仕事を変えられる」という実感を広げていく。そこが大切ではないでしょうか。

ツールを入れるのではなく、「使う理由」を共有する

ーー取り組みを始めた当初は、社員の皆さんがシステムを使ってくれるか、不安もあったそうですね。

鈴木:
はい、正直不安だらけでした。システムは、導入しただけではただの箱です。使う人が活用しなければ、何の意味もありません。

当社でも以前、販売システムや生産管理システムを入れ替えたことがありました。受注や売上処理など、業務上必要な機能は使います。ただ、蓄積されたデータを商品開発や顧客開拓に活用する意識までは、十分に広がりませんでした。

今回も、営業支援システムを入れること自体より、現場の皆さんに継続して使ってもらえるかどうかが大きな課題でした。

ーー実際に営業担当の方へ説明したときは、どのような反応でしたか。

鈴木:
それが、思っていたほどの拒絶反応はありませんでした。説明会を実施した際にも、「まずはチャレンジしてみよう」という雰囲気が感じられました。それは、少し安心したところです。

もちろん、全員が同じように活用できているわけではありません。担当者によって使い方にばらつきが出ないよう、今後もフォローが必要だとは感じています。

ただ、何人かの社員から「活用していこう」「自分たちの仕事を変えていこう」という前向きな反応が見られたことは、大きかったと思います。

ーー社員の意識が変わり始めた背景には、経営側からのメッセージもあったのでしょうか。

鈴木:
大前提、社長が繰り返し伝えてきたことが大きいと思います。

会社としては、社員の賃上げを進めていきたい。しかし、賃上げの原資を生み出すには、これまでと同じ仕事の進め方では難しい。業務を効率化して時間を生み出し、より付加価値の高い仕事へ振り向けなければならない、という話です。

朝礼や会議で繰り返し伝える中で、社員にも「会社が賃上げをするためには、自分たちも仕事の進め方を変えなければならない」という意識が少しずつ生まれてきました。

ーーDXを、単なる会社都合の効率化ではなく、自分たちの働き方や処遇にもつながる話として共有したのですね。

鈴木:
そうですね。付加価値の高い仕事をしていかなければ、会社の成長にも賃上げにもつながりません。そのためには、今までと違うやり方を取り入れる必要がある。

デジタル化が、経営側だけの掛け声ではなく、自分たちの働き方や会社の成長につながるテーマとして受け止められ始めた。それが、今回生まれた重要な変化だと思っています。

否定せず、一緒に進む。協働プロが支えた最初の一歩

ーー先ほど横町暢洋さんをご紹介いただきましたが、実際に伴走を受けて、どのような印象を持ちましたか。

鈴木:
横町さんは、大企業でエンジニアやマネジメントを経験されている方です。私も前職がエンジニアだったため、考え方や話の進め方に共通する部分があり、アドバイスを理解しやすかったですね。

システム会社との交渉の進め方、導入時に社員へどのように働きかけるか、メールをどの程度の頻度で配信すればよいか。技術面だけにとどまらず、運用やマネジメントの視点からも助言をいただきました。

ーー技術だけではなく、人や組織をどう動かすかという部分まで支援してもらえたのですね。

鈴木:
そこは大きかったと思います。印象に残っているのは、私たちの取り組みを肯定的に見てくださったことです。自分たちの取り組みが、他社と比べてどの程度進んでいるのか。私たち自身には分かりませんでした。

そうした中で横町さんは、良いところを見つけ、評価しながら次の一歩を示してくださいました。否定的なことを言う方ではありませんし、こちらの状況を受け止めたうえで話してくれます。豊富な知見を持ちながら、同じ目線で伴走してくれる、ありがたい存在でした。

県の支援終了後も、自費で協働を継続

ーー奈良県のプログラム終了後も、自費で協働日本との取り組みを継続されています。継続を決めた理由を教えてください。

鈴木:
昨年度の伴走期間は、実質的には3カ月程度の期間でした。限られた期間でも多くのアドバイスをいただきましたが、本当に成果につなげるには、もう少し長い時間が必要だと感じました。

システムは導入して終わりではありません。実際に使い、成果を確認し、改善を重ね、社内に定着させる。そこまで進めて、ようやく意味が生まれます。

そのため今年度は、自費で協働日本との取り組みを継続し、7月2日に新たなキックオフを行いました。今年度は、横町暢洋さんと黄瀬真理さんに伴走していただいています。

ーー短期のシステム導入支援から、継続的な経営変革の取り組みへ進んだわけですね。

鈴木:
そうですね。長期的には、生成AIを活用した商品開発や、社内ノウハウの継承にも取り組みたいと考えています。

ただし、大きな構想だけを掲げても、社内に定着するとは限りません。まずは3カ月ごとに一つ、小さくても具体的な成功事例をつくる。その成果を社内で共有し、次の取り組みへつなげていく方針です。

短期的な変化と、長期的な成果。その両方を積み重ねながら、デジタル経営を前へ進めていきたいと思っています。

中小企業にこそ、外部プロ人材の力が必要

ーー今回のように、外部のプロ人材とデジタル領域で取り組むのは初めてだったのでしょうか。

鈴木:
デジタルに関しては初めてでした。これまでは、システムを入れるとなれば、複数の会社から説明を受けて選定し、その会社と進める形が中心でした。勉強会や専門家から助言を受けた経験はありますが、フラットな立場から伴走してもらい、デジタル施策を一緒に考える経験はありませんでした。

今回、特定の商品を売る立場ではないプロ人材からアドバイスを受けられたことは、とても有意義だったと思います。

ーー今後、このようなプロ人材との協働は、中小企業の間でも広がっていくと思いますか。

鈴木:
これは、広がっていくと思います。

大企業であれば、専門部署や人材、知識、予算を社内に持っています。しかし、中小企業では、そのすべてが不足していることも珍しくありません。取り組むテーマや導入するシステムが明確に決まっていれば、専門の会社へ依頼できます。難しいのは、その手前です。

何をすべきなのか。どの方法が自社に合っているのか。どの順番で進めればよいのか。そうした判断を、中小企業だけで行うのは簡単ではありません。

中小企業が自社だけでは持てない知見を取り入れ、より適切な判断をしていく。そのために、プロ人材との協働は大きな力になるはずだと感じています。

デジタルを、開発・製造・販売の成長につなげていく

ーーここまでのお話を伺うと、サンロードさんのDXは、まさに始まったばかりなのですね。今後はどのような会社を目指していきたいですか。

鈴木:
当社はこれから、開発、製造、販売など、さまざまな領域でデジタルやAIを活用していきたいと考えています。目指しているのは、単なる業務効率化ではありません。効率化によって生まれた時間を、付加価値の高い仕事や、新しい商品・顧客の創出へ振り向けることです。

2027年度からは50期を迎えます。中期計画では、50期の販売目標として、48期比20%増を掲げています。この目標を実現するためにも、拡販活動に使える時間を増やし、顧客情報を活用しながら、新しい受注につなげていかなければなりません。

ーーそのためにも、一部の担当者だけでなく、全社で取り組むことが重要になりそうですね。

鈴木:
そう思います。一部の担当者だけで進めるのではなく、「やってみる」というチャレンジ精神を持ち、社員みんなで継続して取り組んでいきたいです。

情報を入力することが目的ではありません。システムを導入することも、デジタルという言葉を掲げることも、あくまで手段です。目的は、受注を増やし、会社を成長させ、働く皆さんへ還元していくこと。

その目的を見失わず、デジタルを有意義な手段として活用していきたいと思っています。

ーー最後に、協働日本へのメッセージをお願いします。

鈴木:
はい。中小企業には、社内だけでは解決できない課題が数多くあります。だからこそ、さまざまな専門性を持つ方々の力を借りながら、一つずつ前へ進んでいきたいと思っています。

協働日本には、伴走支援を受けた企業同士が継続してつながれる場もつくっていただけると伺っています。今回の出会いを一度きりにせず、これからも長く支援していただけることを期待しています。

ーー本日は貴重なお話をありがとうございました。

鈴木:
ありがとうございました。

 

この記事の取り組みは、株式会社協働日本のAI・デジタル活用伴走支援「デジコーチ」です。

AI・デジタルに強い協働プロがコーチとして入り、社員の方が自分で使えるようになるまで伴走します。デジコーチは、日本全国の地域の中小企業様100社以上にご導入いただいています。製造業、食品、飲食、小売、工務店など、業種はさまざまです。
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鈴木 友広/Tomohiro Suzuki

株式会社サンロード DX推進室 室長

1966年生まれ。
電機メーカーのエンジニアを経て、2015年に株式会社サンロードに入社。
製造部、総務部を経験し、2026年4月より新設のDX推進室室長。

協働日本事業については こちら

VOICE:協働日本 横町暢洋氏 – 二足の草鞋を本気で履いて生み出した変化と自信 –

AI・デジタル活用STORY:株式会社C’s 尾野貴昭氏 現場直結の受注アプリ開発で売上150%。名入れギフト工房が実践した、“小さくても強い会社”を支えるデジタル化

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。

【記事サマリー】
奈良県香芝市で名入れ・オリジナルガラス製品を手がける株式会社C’sが抱えていたのは、EC受注の増加に伴い、注文書処理が属人的かつ煩雑になっているという課題でした。名入れギフトならではの細かな注文情報を、事務担当が蛍光ペンや手書きメモで補いながら制作・出荷へつなぐ日々。協働プロとともに現場の業務フローを見直し、事務・制作・出荷それぞれが必要な情報を一目で確認できる帳票と発注管理アプリを整備したことで、事務処理時間は2時間から45分へ短縮されました。変わったのは作業時間だけではありません。空いた時間を顧客管理やEC改善、新たな商品開発に振り向けることで、“小さくても強い会社”を目指すための成長余地が広がり始めています。

この取り組みは、株式会社協働日本のAI・デジタル活用伴走支援「デジコーチ」による支援事例です。

デジコーチとは

今回は、名入れ・オリジナルガラス製品の制作・販売を手がける株式会社C’s 代表の尾野貴昭氏にお話を伺いました。

同社は、奈良県香芝市で「ガラス彫刻工房ONO」を運営し、記念日ギフトやウェディングギフト、送別・還暦祝いなど、人生の節目に寄り添う商品を届けてきました。近年では、プロ野球球団や人気アニメ・ゲーム作品との公式コラボグッズ、WBC公式グッズなども手がけ、少人数ながら全国に届くものづくりを続けています。

一方で、事業が広がるほどに、現場では名入れ商品ならではの複雑な受注業務が大きな負荷になっていました。商品名、色、彫刻する名前、メッセージ、記念日、包装、掛け紙、シール、配送情報。お客様ごとに異なる情報を正しく読み取り、制作・出荷へつなぐために、蛍光ペンや手書きメモに頼った運用が続いていたのです。

協働日本との取り組みで目指したのは、単にデジタルツールを入れることではありません。現場を見て、働く人の声を聞き、事務・制作・出荷それぞれに必要な情報を整理し、誰が見てもわかり、迷わず確認できる帳票と業務フローをつくることでした。

「AIだけでは、ここまで自社に合う仕組みにはならなかった」と尾野氏は語ります。その言葉には、現場に入り込み、対話を重ねながら、会社ごとの事情に合わせて一緒につくっていく“伴走”への実感が込められていました。

なぜ協働日本と取り組むことを決めたのか。現場にはどのような変化が生まれたのか。そして、これからどのような会社を目指していくのか。尾野氏に率直に語っていただきました。

(取材・文=郡司弘明)

名入れガラスギフトから公式コラボグッズまで。社員の「好き」を力に変える工房

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、株式会社C’sさんの沿革と現在の事業について教えてください。

尾野貴昭氏(以下、尾野):
よろしくお願いします。私たちは奈良県香芝市で、名入れやオリジナルのガラス製品を制作・販売している会社です。2012年7月に「ガラス彫刻工房ONO」として創業し、2017年3月に株式会社C’sを設立しました。

もともとは個人事業主として始めたのですが、転機になったのは阪神タイガースさんとのお仕事でした。阪神タイガースの承認グッズを扱うにあたって、個人事業主では取引が難しかったため、会社化することになりました。2017年5月から阪神タイガース承認グッズの販売を開始しています。

現在は、店舗、自社EC、楽天、Yahoo!、au PAYなどで販売しており、記念日やウェディング、送別、還暦祝いなどのギフト商品を中心に展開しています。加えて、プロ野球球団やアニメ、ゲーム作品とのコラボグッズ、WBC公式グッズ、豊臣兄弟の公式グッズなども制作してきました。

ーー公式グッズやコラボ商品も幅広く手がけていらっしゃいますね。

尾野:

そうですね。これまでに、ゲームやアニメなどの人気コンテンツとのコラボ商品の制作や、公式ライセンスグッズの企画・製造を数多く手がけてきました。信楽焼フリーカップや珪藻土コースターをはじめ、記念グッズなど幅広い商品を展開してきました。

こうした仕事は、私がすべて企画しているというより、社員からの発案で始まることも多いんです。私は、社員が「やりたい」と言ったことは、できるだけやらせてあげたいと思っています。

たとえば、ある作品が好きな社員が「こういうグッズをつくりたい」と提案してくる。その人は作品への知識も深いし、何よりモチベーションが高い。私は技術的に作れるかどうかを判断しますが、作品の中身やファンが喜ぶポイントは、好きな社員の方が詳しいんです。

ーー社員の「好き」や「詳しさ」が、商品企画の力になっているのですね。

尾野:
そう思います。発案した本人がやる気を持って進めるので、いい商品になりやすいんです。自分が好きなコンテンツを選んで、仕事を取ってきて、売上をつくる。成果が出れば評価にもつながる。そういう職場にしたいと思っています。

うちはパートさんも多く、スタッフは11名ほどです。子育て中の方も多く、午前中だけ働く方、午後から入る方、学校行事や家庭の事情で働き方が変わる方もいます。だからこそ、誰か一人にしかわからない仕事を減らし、引き継ぎしやすい仕組みにすることが大事だと感じていました。

“わかる人が見ればわかる注文書”に、成長の限界を感じていた

ーー今回、協働日本と一緒に取り組むことを決めたきっかけを教えてください。

尾野:
一番大きかったのは、事務の業務効率化に課題を感じていたことです。

私はもともと技術屋なので、制作現場には口を出せます。作り方や品質については、自分でも改善案を出せるんです。でも、事務作業になると、「効率が悪い」「見にくい」とは言えても、ではどうすればいいのかという具体的な答えが自分の中にありませんでした。

制作現場には自分の経験や勘で踏み込める。一方で、受注処理や帳票の整理、事務から制作・出荷への情報の渡し方となると、自分だけでは最適な形が見えていなかったんです。そこは、ずっと気になっていました。

ーー奈良県の事業がきっかけだったとも伺っています。

尾野:
はい。協働日本さんが受託した奈良県の事業について、様々な方からお声をかけていただいたことがきっかけです。実は、金融機関や商工団体などから複数お声がけをいただいていました。ただ、当時は忙しさもあり、最初の2件ほどはお断りしていたんです。

でも、締め切りの1週間ほど前に、もう一度声をかけてもらいました。そのときに、「これはやれということなのかな」と思いました。ちょうど、事務の業務効率化をどうにかしないといけないという思いがありましたし、タイミング的にも参加できそうな見通しが立った。そこで、応募することにしました。

ーー最初の相談では、どのような課題を伝えられたのでしょうか。

尾野:
かなり赤裸々に、「うちは今こういう現状で困っています」と話しました。実際に工房にも来てもらって、当時使っていた受注書を見てもらいました。

当時の注文書は、わかっている人が見ればわかる資料でした。でも、新人が入ると一から教えなければいけない。制作担当、出荷担当、事務担当が、それぞれ必要な情報を探しながら仕事をしている状態でした。

たとえば、制作担当が必要なのは「何色の商品に、何を彫るのか」という情報です。出荷担当が必要なのは「誰に、いつ、どの包装で送るのか」という情報です。でも、その情報が住所や配送情報、注文者情報、名入れ内容などと一緒に、細かい文字で一枚の注文書に詰め込まれていました。

だから、事務担当が蛍光ペンで線を引き、手書きメモを加えて、制作や出荷へ回していたんです。これでは、慣れている人はできても、新人や別の担当者にはわかりにくい。誰が見てもわかる資料にしたい、ということを伝えました。

ーーその時点で、協働日本との取り組みに手応えはありましたか。

尾野:
ありました。最初に話したときから、こちらの課題を理解する力が高いと感じました。

こちらが「こういうことで困っています」と話すと、その場で「それなら、こう整理できそうですね」「こういう形なら対応できるかもしれません」と、具体的な方向性を返してくれるんです。単に話を聞いて終わりではなく、目の前で一緒に解きほぐしてくれる感覚がありました。

だから、これは期待できるなと思いました。こちらが抱えている違和感を、すぐに構造化してくれる。しかも、評論ではなく、実際にどう直すかという視点で考えてくれる。そのスピードと解像度は、とても印象に残っています。

蛍光ペンと手書きメモに頼っていた受注処理を、誰でも使える帳票へ

ーー協働日本とのプロジェクトでは、具体的にどのような取り組みをされたのでしょうか。

尾野:
一番大きいのは、受注票の改善です。

これまでの仕組みでは、ECから出てくる注文書に文字がずらっと並んでいました。住所、配送情報、商品情報、名入れ内容、メッセージ、包装、シール、掛け紙など、すべての情報が一枚の中に入っている。

でも、制作担当が必要なのは「何色のコップに、何を彫るのか」という情報です。出荷担当が必要なのは「誰に、いつ、どの包装で送るのか」という情報です。事務担当が必要な情報もまた違います。

それを当時は、事務担当が蛍光ペンで重要なところにマーカーを引いたり、手書きメモを加えたりしていました。たとえば、同じコップでも色が違うので、「黒色のコップに、このデザインを彫る」といった情報を探さなければいけない。マーカーが引かれていなかったり、見落としたりすると、ミスにつながるわけです。

ーーまさに、現場の経験に支えられた運用だったのですね。

尾野:
そうですね。職人芸のようになっていました。でも、それでは新人が入ったときに大変ですし、パートさん同士の引き継ぎも難しくなります。

そこで、事務が見やすい注文書、制作が見やすい作業指示書、出荷が見やすい作業指示書をつくることにしました。ただし、紙の枚数は増やしたくなかった。現場で回していくものなので、A4一枚の中で、それぞれが「ここを見れば必要な情報がわかる」という状態にしたかったんです。

ーー既存のEC向けサービスでは対応できなかったのでしょうか。

尾野:
EC用のサービスは世の中にたくさんあります。でも、うちに合うものがなかなかありませんでした。

理由は、うちの商品がほぼすべてオーダーだからです。名入れ商品なので、商品を選ぶだけでは終わりません。名前、メッセージ、誕生日、記念日、場合によっては赤ちゃんの身長や体重、包装、掛け紙、シール、紙袋など、注文時に確認すべき項目がものすごく多いんです。

普通のECであれば、「買いますか、買いませんか」「色は何色ですか」くらいかもしれません。でも、うちは一つの商品に対して、何を彫るのか、どんな用途なのか、どのように包装するのかまで確認する必要があります。既存のシステムでは、その複雑さをうまく吸収できませんでした。

ーーそこで、独自アプリの開発に取り組んだのですね。

尾野:
はい。協働日本の協働プロである横町さん、渡辺さんと一緒に、PCで動かすアプリを作成してもらいました。CSVで出した注文情報をもとに、現場が見やすい形の帳票を生成する仕組みです。

もちろん、最初から完成形だったわけではありません。3、4回は修正してもらいました。注文内容によって改行がうまくいかなかったり、文字の大きさが同じで見にくかったり、タイトルをもっと明確にした方がよかったり。実際に使いながら細かく調整していきました。

制作現場では「色」が重要です。何色の商品に、何を彫るのか。それがパッと見てわからないといけません。だから、「色」「名入れ内容」「配送情報」など、項目の見出しや表示の仕方にもこだわりました。

現場を見たからこそ、発注管理アプリの解像度が上がった

ーー協働プロの皆さんが現場を視察したことも、プロジェクトに影響しましたか。

尾野:
大きかったと思います。横町さんには実際に現場へ来てもらい、日常のオペレーションを見てもらいました。

事務担当が注文書に線を引いて、それが制作に回り、最後に出荷へ回っていく。出荷担当はその紙を見ながら、どのシールを選ぶのか、どの掛け紙を使うのかを判断している。そうした実際の流れを見てもらいました。

うちには60代の出荷担当もいます。細かい字を読みながら、マーカーで引かれた情報を探すのは、それだけで大変です。現場でどのように紙を見ているのか、制作担当が水や砂を使いながら作業している中でどう指示書を見るのか。そこは、言葉だけでは伝わらなかったと思います。

ーー現場を見たことで、帳票の設計も変わったのでしょうか。

尾野:
変わったと思います。たとえば、制作担当は机に座ってじっくり読むわけではありません。動きながら、水を使いながら、砂で彫りながら紙を見るんです。そうなると、小さい文字で細かく書かれていても見落としてしまいます。

でも、お客様にとっては「見落としました」は言い訳になりません。だから、一目で何をすればいいかわかることが重要です。

横町さんが現場を見てくれたことで、「これはもっと文字を大きくした方がいい」「この順番で情報を出した方がいい」といった解像度が上がったと思います。単なる発注管理アプリではなく、うちの現場に合ったものになっていきました。

ーー現場の皆さんも、改善に向けて前向きに関わっていたのでしょうか。

尾野:
そうですね。もともと現場では、「これは見にくい」「この作業は大変だ」という実感がありました。だからこそ、改善に向けた熱量はありました。

ただ、日々の業務に追われていると、困っていることがあっても、それを仕組みに落とし込むところまではなかなか進みません。今回、横町さんや渡辺さんが入ってくれたことで、現場の困りごとを一つひとつ拾い上げて、「では、帳票上ではどう見せるか」「どの情報を強調するか」「誰がどのタイミングで確認するか」という話に変えていけたんです。

現場の声と、協働プロの整理する力がかみ合ったことが大きかったと思います。こちらとしても、ただ作ってもらうというより、一緒に直していく感覚がありました。

事務処理は2時間から45分へ。空いた時間が、売上をつくる仕事に変わっていく

ーー協働日本との取り組みを通じて、事業にはどのような変化が生まれましたか。

尾野:
一番はスピードです。事務処理のスピードが上がりましたし、色の間違いや出荷時のシール間違いも減りました。

以前は、事務担当が色を書き忘れたり、マーカーが引かれていなかったりすると、制作側や出荷側で見落としが起きる可能性がありました。今は、必要な情報が明確に表示されるので、確認しやすくなっています。

成果としてわかりやすいのは、事務処理時間です。以前は30件ほどの注文処理に約2時間かかっていましたが、導入後は45分ほどに短縮されました。毎日20〜30件の注文が入るので、この差は大きいです。週にすると5時間以上の削減になります。

ーー事務方以外にも効果はありましたか。

尾野:
あります。制作チームへの効果も大きいです。制作は私以外に3名いますが、たぶん一番メリットを感じているのは制作担当かもしれません。

以前は、マーカーが引かれた注文書の中から、何色の商品に何を彫るのかを探していました。今は、必要な情報が明確に書かれているので、確認が早くなっています。制作の効率も上がっていますし、ダブルチェックにかかる時間も減っていると思います。

出荷も同じです。シールや帯、掛け紙などの情報が明確に書かれているので、出荷作業も早くなっています。事務だけで1時間以上短縮できていますが、制作や出荷まで含めれば、1日あたり2〜3時間くらいの削減効果が出ている可能性もあると思います。

ーー空いた時間は、どのように活用されているのでしょうか。

尾野:
もともと、今回の相談では「業務改善をするか」「ECの売上を伸ばす相談をするか」で迷っていました。ただ、ECの売上を伸ばしても、バックヤードがうまく回らなければ意味がありません。だから、まずは業務改善を優先しました。

結果的に、業務が効率化されたことで、ECページの改善や顧客管理に時間を使えるようになってきました。以前は、注文を処理して発送したら、それで終わりになっていた部分もありました。でも本当は、これまで購入してくださったお客様のデータを活用して、リピーター施策やメルマガなどにも取り組めるはずです。

今は、空いた時間で顧客管理を徹底できるようになってきています。過去の注文書や完成品写真を探しやすくすることも、クレーム対応やリピート対応に役立ちます。

ーー売上面でも変化が出始めているのでしょうか。

尾野:
今年1月から5月まで、楽天の売上は前年をすべて上回っています。多い月では前年比150%くらいまで伸びました。5月は前年が約108万円だったのに対して、今年は約168万円まで伸びています。

これは、単に帳票を変えたから売上が上がったというより、業務時間が空いたことで、売上をつくる仕事に時間を使えるようになったことが大きいと思います。

うちでは、事務の中でも店長や主任には「売上をつくる仕事をしてください」と伝えています。その他の方には「売れたものの対応をしてください」と役割を分けています。業務改善によって時間が生まれると、売上づくりや新しい商品開発、新規開拓にも取り組めるようになるんです。

パートさんにも長く、喜んで働いてほしい。業務改善は“働きがい”にもつながる

ーー社員やパートの皆さんは、今回の変化をどのように受け止めていますか。

尾野:
見やすくなったことについては、みんな高評価だと思います。ミスが減れば、余計な残業も減ります。確認作業が減ることで、精神的な負担も軽くなります。

私は、パートさんにも喜んで働いてほしいし、長く働いてほしいと思っています。そのためには、頑張ったことがきちんと評価される仕組みも大事です。実際に一部のスタッフには歩合給もつけています。自分が頑張って売上が上がれば、自分の給料も増える。そうなれば、もっと前向きに働けると思うんです。

ーー「自分の好きなことを仕事にする」という考え方ともつながりますね。

尾野:
そうですね。自分が好きなコンテンツを選んで、仕事を取ってきて、売上をつくる。売れたら評価される。これは働く側にとっても、会社にとってもいい形だと思います。

今回の業務改善は、単に時間を短縮するだけではありません。空いた時間で、新しいことに挑戦できる。社員やパートさんが、自分のやりたい仕事を実現できる可能性が広がる。そこにも意味があると思っています。

「AIだけでは、ここまで自社に合うものにはならなかった」

ーー協働プロ、協働サポーターの印象について教えてください。

尾野:
横町さん、渡辺さんには本当にお世話になりました。お二人とも協働日本の協働プロとして関わってくださったのですが、印象としては、こちらの課題を理解し、解決に向けて具体化していく力が非常に高い方々だと感じました。

毎回、「そこまで考えてくれるのか」と思う場面がありました。こちらがうまく言葉にできていない困りごとに対しても、現場の状況を踏まえながら、「それなら、ここを変えるとよさそうですね」と形にしてくれる。まさに、痒いところに手が届くような関わり方でした。

ーーなるほど。尾野さんをはじめ現場の皆さんの課題に寄り添った提案を行うことができたのですね。

尾野:
はい。これまでには、銀行さんや商工会さんからの紹介で、専門家派遣を利用したことがありました。ECのアドバイザーや、会社全体のコンサルタントのような方に来てもらったこともあります。

もちろん、それぞれ学びはありました。ただ、今回の協働日本との取り組みは、より実務に直結していました。こちらの悩みを聞いて、現場を見て、実際に手を動かしながら解決策に落とし込んでくれる。そこが大きく違いました。

今までの専門家派遣で得られる答えは、今の時代ならAIでもある程度出せるかもしれません。でも、今回協働日本さんと取り組んだことは、自分たちがAIを使っても無理だったと思います。

AIだけで作れば、一般的に見やすい資料にはなるかもしれません。でも、うちの店のこと、現場の動き、制作担当が水や砂を使いながら紙を見ること、出荷担当がどの情報を探しているのか。そこまで深く理解した上で、今のようなフォーマットを出すことはできなかったはずです。

現場を見て、対話して、何度も修正してくれたから、うちに合うものになりました。そこが一番大きいと思います。

経営者はもっと頼っていい。問題が改善することを知らない人が多すぎる

ーーこうしたプロ人材との取り組みは、今後広がっていくと思われますか。

尾野:
広がっていくかどうかは、正直わかりません。ただ、それは協働日本さん側の問題ではなく、経営者側の問題だと思っています。

周りを見ていると、外部をうまく活かすことで問題が改善することを知らない経営者が多すぎると感じます。銀行さんと話していても、周りでいい話をあまり聞かないという声は多い。でも、そういう状況でも、こうした支援を活用しない人がたくさんいる。

今回協働してみて、費用対効果の高さに驚きました。実際、これだけ自社に合わせた仕組みをつくろうと思えば、普通に依頼したら数百万円、場合によってはもっとかかると思います。それくらいの価値がありました。

ーー身近な経営者にもおすすめしたいと思いますか。

尾野:
おすすめしたい人はたくさんいます。地元の経営者や後輩にも、「よかったで」と伝えたいです。

特に、自社に合った仕組みをつくりたい人には合うと思います。参加すれば、いろいろなものが解決する可能性がある。もちろん、経営者自身が課題を出して、向き合う必要はあります。でも、本気で変えたいと思っている会社には、すごくいいと思います。

ーー今回、他の経営者とリアルに集まる機会もあったそうですね。

尾野:
はい。それもよかったです。同じ経営者同士で集まると、お互いの悩みを共有できます。きれいな話だけではなく、悪いところも言えるし、「実はこんな実態だった」と話せる。そういう場があること自体も、価値がありました。

自分たちだけが苦労しているわけではないとわかることもありますし、他社の悩みを聞くことで、自社の課題も見えやすくなる。伴走支援そのものに加えて、経営者同士で率直に話せる場があったことも、今回参加してよかった点の一つです。

「奈良県で、ギフトと言えばガラス彫刻工房ONO」と言われる会社へ

ーー今後、今回の取り組みをどのように広げていきたいですか。

尾野:
まずは、楽天以外の他モールにも対応していく必要があります。今回の仕組みは楽天をベースに進めてきた部分があるので、Yahoo!やau PAYなど、他モールの管理も強化していきたいです。

また、新商品が出たときにはリストの更新も必要になります。現状では、新人が簡単に更新できる状態ではない部分もあるので、そこも改善していきたいです。

今回の取り組みで得られた成果をさらに広げるために、SKU別の管理強化や、制作部・出荷部との連携強化も進めていきます。現場の声を大切にしながら、誰でも使える仕組みづくりを追求していきたいです。

ーー会社としての目標についても教えてください。

尾野:
私たちは「小さくても強い会社」を目指しています。大きな会社になることだけが目標ではありません。少人数でも、強みを持って、いい商品をつくり、お客様に選ばれる会社でありたい。

まずは奈良県で、「ギフトと言えばガラス彫刻工房ONO」と言われる会社をつくりたいです。そのためにも、現場が無理なく回る仕組みを整え、売上を伸ばす仕事に時間を使える状態をつくっていきたいと思っています。

取り組み成果発表の様子

経営者が明るくなれば、日本も明るくなる

ーー最後に、協働日本へのメッセージをお願いします。

尾野:

経営者が頑張って、会社が元気になれば、経済が回ります。経営者が明るくなれば、日本も明るくなると思うんです。

もちろん、広がっていくためには、経営者にちゃんと刺さる伝え方も大事だと思います。今回のように、C’sくらいの規模の会社に対しても、ここまで徹底的に伴走してくれる。その価値がもっと伝われば、協働日本の取り組みはもっと広がっていくと思います。

ーー本日は貴重なお話をありがとうございました。

尾野:
ありがとうございました。

この記事の取り組みは、株式会社協働日本のAI・デジタル活用伴走支援「デジコーチ」です。

AI・デジタルに強い協働プロがコーチとして入り、社員の方が自分で使えるようになるまで伴走します。デジコーチは、日本全国の地域の中小企業様100社以上にご導入いただいています。製造業、食品、飲食、小売、工務店など、業種はさまざまです。

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尾野 貴昭/Takaaki Ono

株式会社C’s(ガラス彫刻工房ONO) 代表取締役

奈良県香芝市を拠点に、オーダーメイドのガラス彫刻や記念品制作を手掛ける「ガラス彫刻工房ONO」を運営。2012年に創業し、2017年に株式会社C’sを設立。サンドブラスト技法やUV印刷技術を活用したオリジナルギフトの企画・製造・販売を行っている。

大学卒業後は自動車業界に従事。その後、営業職を経験するなかで「ものづくり」への想いを再確認し、ガラス彫刻の世界へ転身。お客様の想いを形にする一点物の作品づくりを信条としている。

阪神タイガース承認グッズをはじめ、プロ野球チームやプロスポーツクラブの記念グッズ制作、企業向けオーダーメイド製品など幅広い実績を持つ。また、独自のガラス印刷技術で実用新案を取得し、東京ギフトショーへの出展などを通じて地域発ブランドの発信にも力を注いでいる。

経営理念は「お客様の想いを形に変え、感動を届けること」。地域イベントへの参加や社会貢献活動にも積極的に取り組み、奈良県香芝市の活性化にも尽力している。

協働日本事業については こちら

VOICE:協働日本 横町暢洋氏 – 二足の草鞋を本気で履いて生み出した変化と自信 –

人と組織STORY:オメガテクノ株式会社 栃平秀典氏 “事業”と“人”の両輪が進化。品質保証の「最後の砦」をさらに思考する組織へ

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。

【記事サマリー】
全国展開する品質保証業務代行会社・オメガテクノが抱えていたのは、経営視点や意思決定が属人的になりやすいという壁でした。協働プロとワンチームで伴走する中で、マネージャー層が自ら考え、提案し、組織を動かす主体へと変化。その成果の一例として、低空飛行だった営業所が全国16拠点のトップへ躍進するなどの変化が生まれます。変わったのは数字だけでなく、品質保証を“作業”ではなく“企業の信頼を支える仕事”として捉え直し、モビリティ産業変革を支える品質インフラ企業へ進化しようとする組織の視座でした。 

今回は、品質保証業務のアウトソーシングを手がけるオメガテクノ株式会社 代表取締役の栃平秀典氏にお話を伺いました。

製造業における品質保証は、単なる工程の一部ではありません。製品が市場に出る直前、あるいは納品後に発覚する不具合にどう向き合うかは、企業の信頼そのものに直結する重要なテーマです。オメガテクノは、そうした品質課題に対して、全国16拠点・対応率98%という高い現場対応力を強みに、製造業の「最後の砦」として存在感を高めてきました。

一方で、創業から成長を重ねる中で見えてきたのが、オーナー社長としての強い意思と引き換えに生まれやすい“視野の偏り”や、組織として深く考える力をどう育てていくかという課題でした。協働日本との取り組みを通じて生まれたのは、単なる業務改善ではなく、「考え方が変わることで、組織が変わり、数字が変わる」という本質的な変化でした。

品質保証業務を「選別」ではなく「信頼を守る仕事」と再定義し、現場力だけでなく思考力と組織力を磨いてきたオメガテクノ。なぜ協働日本と取り組むことを決め、何が変わり、これからどこを目指していくのか。その背景と実感を、率直に語っていただきました。

(取材・文=郡司弘明)

“選別業者”ではなく、“品質保証業務代行サービス”として業界に切り込んだ

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、オメガテクノさんの沿革と現在の事業について教えてください。

栃平秀典氏(以下、栃平):
よろしくお願いします。私は2014年に同業他社から独立して、オメガテクノを立ち上げました。もともとこの業界には長くいましたが、立ち上げのきっかけになったのは、CS、つまりカスタマーサティスファクションへのこだわりです。

この業界では一般的に「選別業者」と呼ばれることが多いのですが、私はその呼び方に少し違和感がありました。もちろん、検査や選別という機能は担っていますが、本質はそこだけではない。私たちが向き合っているのは、品質そのものに対するお客様の信頼だと思っていたんです。

そこで、自分たちの事業を「品質保証業務代行サービス」と定義しました。製造工程の途中で見つかる不具合ではなく、完成後、納品後に見つかる品質問題に対応する。いわば、最後の局面で品質を守る仕事です。そこに本質的な価値があると思って、この業界に自分なりのやり方で切り込んでみたいと考えたのが独立の出発点でした。

ーー現在は、どのような形で事業を展開されているのでしょうか。

栃平:
主力は品質保証業務の代行です。完成品として納品された後に見つかる不具合に対して、検査や選別、必要に応じた対応を行っています。現在は日本全国に16拠点を展開していて、対応率は98%です。ほぼすべてのお客様のご要望にお応えできている状態だと思っています。

私たちの特徴は、クイックなレスポンスと、マンパワーに対する対応力です。たとえば「この現場に、今すぐこれだけの人数が必要だ」と言われたときに、品質を落とさず、瞬間的に人を出すことができる。これが大きな強みになっています。

ーーその“瞬間的に人を出せる”というのは、この業界ではかなり大きな違いなのでしょうか。

栃平:
大きいと思います。人を出すだけならできる会社もあるかもしれませんが、品質を維持したまま、必要な人数を即座に供給するとなると、簡単ではありません。そこは完全に仕組みで実現している部分です。詳しくは企業秘密ですが、属人的な頑張りではなく、再現性を持った形でオペレーションできるようにしています。

売上の約80%は自動車関連ですが、それ以外にも重機、建機、鉄道、航空、宇宙、医療、食品など、幅広い分野からご依頼をいただいています。製造業の品質課題という意味では、対象はかなり広いですね。

品質は“コスト”ではなく“企業の信頼”。オメガテクノが守ろうとしているもの

ーー品質保証という仕事を、どのように捉えていらっしゃいますか。

栃平:
品質は、単なるコストではないと思っています。企業にとっての信頼そのものです。実際、不具合が市場に出てしまえば、その影響は製品だけに留まりません。ブランド、取引先との関係、将来的な受注、すべてに関わってきます。

だからこそ、私たちの仕事は「検査をすること」だけでは終わりません。お客様が守りたい信頼を、最前線で支えることに意味がある。その意味で、私たちは“最後の砦”だと思っています。

会社としても、費用対効果の追求や、顧客満足と社員満足の両立、人材育成、継続的な改善などを重視してきました。品質に向き合う会社である以上、自分たち自身も改善し続けなければいけない。そういう考え方は、創業時からずっと変わっていません。

世界とつながる品質保証。グローバルネットワークが生む新しい価値

ーーオメガテクノさんの特徴として、グローバルネットワークのお話も印象的でした。そのあたりも教えてください。

栃平:
今の製造業は、部品調達が完全にグローバル化しています。たとえば日本の自動車メーカーであっても、国内だけで部品をまかなっているわけではありません。イタリアやドイツ、中南米やアジアなど、世界中から部品が届いています。

そうした中で、日本国内で不具合が見つかった場合、責任の所在は海外の部品メーカーにあるとしても、現実にはすぐに対応できないケースが多いんです。日本のメーカーからすると、品質問題は今この瞬間に解決しなければいけない。でも、海外のメーカーはすぐには来られないし、現場もわからない。その間を埋める存在が必要になります。

そこで私たちのグローバルネットワークが活きてきます。現地や国内で必要な検査対応を行い、その結果を迅速にフィードバックする。逆に、日本の部品メーカーが海外に輸出した製品に不具合が起きた場合も、現地で検品対応を行い、日本側へ戻すことができます。

ーーそれは、今後の事業にとっても大きな可能性になりそうですね。

栃平:
はい。私はこの分野が今後かなり伸びると思っています。たとえば、日本のメーカーさんがタイやインドネシア、中国に部品を出しているケースでも、現地でトラブルが起きたとき、どこに頼めばいいのか、相場はいくらなのか、どうやって現地とやり取りすればいいのか、わからないことが多いんです。

そのときに、オメガテクノに連絡をいただければ、日本語で一括して対応できる。現地での手配も、品質確認も、フィードバックも含めて対応できる。これは大きな利便性だと思っています。

私たちはTRIGO社との連携も含めて、世界とつながる品質保証体制を構築してきました。業界全体で見ても、本格的なグローバルネットワークを持っている会社は多くありません。今までになかった価値をつくれる可能性があると思っています。

ーー近年は、TRIGO社との提携など、グローバルな品質保証体制に向けた大きな動きもあります。こうした取り組みは、どのように位置づけていますか。

栃平:
TRIGO社との提携は、オメガテクノにとって非常に大きな転機だと思っています。

これまで私たちは、品質問題が起きたときに迅速に対応する、いわば「最後の砦」としての役割を担ってきました。ただ、これからの品質保証は、それだけでは足りないと思っています。自動車産業はCASEや電動化によって大きく変わっていますし、サプライチェーンもさらに複雑になっています。

そうなると、不具合が起きてから対応するだけではなく、品質異常を未然に防ぐこと、データを活用して品質課題を捉えること、国内外の複数拠点で同じ基準の品質対応を実現することが重要になります。

TRIGO社のグローバルネットワークや品質管理の知見と、私たちが日本国内で培ってきた現場対応力を掛け合わせることで、品質保証のあり方そのものを進化させていきたいと考えています。

“独りよがりな経営”に限界を感じていた。協働日本と出会うまで

ーー今回、協働日本と一緒に取り組むことを決めたきっかけを教えてください。

栃平:
知人の紹介がきっかけでした。ただ、タイミングとして非常に良かったんです。ちょうど自社のビジネスモデルをさらに確立させていく前の段階で、新しいアイデアが欲しいと思っていた時期でした。

独立してから、私は自分のアイデアだけで経営してきました。それはそれで必要なことだったと思いますが、どうしても限界がある。オーナー社長というのは、思いが強い分、近視眼的にもなりやすいんです。私自身、振り返れば“独りよがりな経営”になっていた部分があったと思います。

何かアドバイスが欲しい、視野を広げたいという思いはずっとありました。でも、いわゆるコンサルタントや評論家的な関わり方には、あまり魅力を感じていませんでした。表面的に見て評価されるのではなく、こちらの話をちゃんと聞いた上で、一緒に考えてくれる人と出会いたかったんです。

その意味で、協働日本は全く違いました。異業種の人たちが、それぞれの専門性を持って関わってくれる。HR、営業企画、商品企画など、いろんな視点からアイデアをもらえる。しかも一方的ではなく、協働というスタンスで関わってくれる。その点に非常に価値を感じました。

ーー協働日本とは、かなり長く幅広いテーマで議論されてきたのですね。

栃平:
そうですね。協働日本さんとは4年以上に渡って取り組みを継続しておりますが、ずっと一つのテーマだけを相談してきたというより、その時々の会社の状況に合わせて、いろいろなテーマについて話をしてきました。

最初は、事業をどう磨き込んでいくか、ビジネスモデルをどう広げていくかという話が中心でした。そこから、組織をどうつくるか、人をどう育てるか、教育をどう位置づけるか、お客様に対してどのような価値を提供していくかといったテーマにも広がっていきました。

営業や顧客との向き合い方、マネージャー層の成長、現場オペレーション、さらにはグローバル展開や外部企業との提携をどう経営として捉えるか。そういったことまで含めて、かなり幅広く議論してきたと思います。

単発で何かを教えてもらうというより、会社の成長段階に合わせて、一緒に考えるテーマが変わってきた感覚があります。そこが協働日本さんの強みだと思いますね。

最初は厳しいと感じた。でも、回を追うごとに意味がわかった

ーー実際に協働プロの皆さんと関わってみて、印象はいかがでしたか。

栃平:
メインで関わっていただいているのは、藤村昌平さん、芹沢亜衣子さん、三宮大輝さんです。

藤村さんは、かなりはっきり物を言ってくださる方です。正直、初期の頃は厳しいフィードバックだと感じたこともありました。
ただ、回を追うごとに、おっしゃっていることの意味がわかってきたんです。よく話を聞いてくださっているからこそ、そこまで踏み込んで言える。表面的な評論ではなく、こちらを理解した上での指摘なので、とても納得感がありました。

芹沢さんはHRの専門家として、非常に客観的で冷静なコメントをくださいます。藤村さんのコメントを補強したり、噛み砕いて整理してくれたり、時にはエビデンスのような役割を果たしてくれる。人や組織の観点から非常に助けられています。

三宮さんは現場に強い方で、実例をもとに話してくださるのでわかりやすいですね。現場で何が起きるのか、設計したことがどう動くのかという視点でコメントいただけるので、こちらもイメージしやすいんです。

ーーチームとしての良さも感じられたのでしょうか。

栃平:
感じました。3人それぞれ役割が違っていて、非常にバランスがいいと思います。しかも、皆さんいい意味で忖度がないんです。私はそれがよかった。もし忖度をする方々だったら、ここまで一緒にやっていなかったと思います。

もちろん、人としての常識や配慮はあります。でも、ビジネスの話になると、ちゃんと切り込んでくれる。しかも、それが勝手な思い込みから来るものではなく、よく話を聞いた上での意見なんです。だからこちらにも入りやすい。コンサルタントや評論家とは全く違う、“一緒に考えてくれている”感覚がずっとありました。

ーー単なるアドバイスではなく、経営者の悩みにかなり深く寄り添う関わり方だったのでしょうか。

栃平:
そう思います。経営者は、最後は自分で決めなければいけません。ただ、その前段階で、頭の中にある悩みや違和感を言葉にする相手がいるかどうかは、すごく大きいと思っています。

協働日本さんとの時間は、正解を教えてもらう場というより、こちらが抱えている課題を一緒に掘り下げてもらう場でした。事業のこと、組織のこと、人材育成のこと、お客様への向き合い方、外部との提携をどう位置づけるか。そうした経営上の重いテーマについて、忖度なく意見をもらえる。

しかも、ただ厳しいだけではなく、こちらの話をよく聞いた上で切り込んでくれるんです。だから、こちらも受け止められる。経営者として一人で抱え込みがちなテーマを、対話を通じて整理できることは非常に大きかったですね。

ーー協働日本との取り組みの中で、「一緒に戦っている」と感じる瞬間はありましたか。

栃平:
ありますね。協働日本さんは、「こうした方がいい」と外から言うだけではなく、「本当にそこへ向かうのか」と深いところまで一緒に考えてくれる。時には厳しいことも言われますが、それだけ本気で向き合ってくれているんだと思います。

だからこちらも、本音で向き合える。 “伴走”というより、本当に一緒に会社の未来を考えてくれている感覚がありますね。

アイデア出しから人材育成へ。取り組みは“事業”と“人”の両輪に進化した

ーー協働日本とのプロジェクトは、現在どのようなテーマで進んでいるのでしょうか。

栃平:
最初は、ビジネスモデルを広げるためのアイデア出しが大きなテーマでした。自分一人の発想に閉じず、いろんな方向から新しい視点を入れていく。そのフェーズがまずありました。

ただ、今はそこから次の段階に入っています。現在は、人材育成にかなり比重を置いています。むしろ今は100%人材育成に振っていると言ってもいいかもしれません。

私と協働プロの皆さんで面談やミーティングを重ねてきたのですが、今は私の部下たちも巻き込んで、社員主体のチームミーティングを進めてもらっています。節目では私も入りますが、基本的には社員に主導権を渡している形です。

ーー人材育成が中心になっているとはいえ、事業とのつながりも強そうですね。

栃平:
そうですね。単純な人材育成ではありません。中心にあるのは、PDCAを回すことです。深く考え、仮説を立て、検証し、修正していく。その力を組織の中に根づかせることが、結果的に企画にも、営業にも、現場改善にもつながっていくんです。

なので、事業の成長と人の成長は完全に両輪です。人を育てることが、そのままビジネスを太くしていくことにつながっている感覚があります。このあたりの循環は、本当に見事だなと思っています。

“深く考える習慣”が根づき、仕事の質が変わってきた

ーー協働日本との取り組みを通じて、具体的にどのような変化が生まれましたか。

栃平:
一番大きいのは、“深く考える習慣”を与えてもらったことです。

日常業務の中では、どうしても見逃してしまうことがあります。忙しさの中で、表面的に判断してしまうこともある。でも、協働日本の皆さんは、その見逃しそうな部分をちゃんと拾って、そこを深く考えるよう促してくれるんです。

その結果、仕事の質がだいぶ変わってきました。表面的なところではなく、本質に近いところまで踏み込んで物事を考えるようになってきたと思います。

ーー従業員の方々にも、その変化は現れていますか。

栃平:
現れています。たとえば企画ごと一つとっても、以前なら短絡的に取り組んでいたかもしれないものが、今は一歩踏み込んで考えられるようになっています。まだ効果が数字として完全に出切っているわけではありませんが、本質を突いた取り組みになってきているので、成功確度は高くなっていると思っています。

“ひらめいたからやる”ではなく、“よく考え抜かれているからやる”に変わってきた。この違いは大きいですね。

考え方が変わると、数字が変わる。低迷していた営業所がトップへ

ーー成果についても教えてください。定量的にわかるものはありますか。

栃平:
わかりやすい例で言うと、当社のある営業所が、以前はかなり低空飛行だったんです。それが今は、16拠点の中でトップに躍り出ています。

もちろん、すべてが協働日本のおかげだけではないものの、考え方が変わることで、ごく短期間で数字があからさまに変わったのは事実です。そのきっかけを作ってくれた協働日本さんには感謝しています。

トップの考え方、人との接し方、マネージャーの動き方が変わると、組織の動き方が変わる。人がどう動くかが変わる。結果として売上や成果にもはっきり影響してくる。これは非常にわかりやすい成果だと思います。

ーーその背景には、どのような変化があったのでしょうか。

栃平:
ビジネススキームのあり方自体が変わってきたことも大きいですね。もともと絵に描いた餅のように見えていたスキームが、実際にオペレーションできる状態になってきています。それを可能にしたのは、やはりマネージャー層の成長だと思っています。

以前は、“こういうことをやりたい”という話が出てきても、どこか頼りなさがあったんです。でも今は違う。「やってもいいですか」ではなく、「これをやりたい」と言ってくる。しかも、その企画がしっかり作り込まれているんです。

このあたりは、各マネージャーが自信を持って取り組めるようになってきた証拠だと思います。提案の質も上がっていますし、社員の熱量も上がってきています。

Education Firstの考え方と、協働による人材開発がつながっていった

ーーオメガテクノさんとしても、教育を重視されてきた印象があります。

栃平:
そうですね。私たちは「Education First」という考え方を非常に大切にしています。パーパスとして掲げているものでもありますし、会社の運営そのものに深く関わっています。

瞬間的に人を出せるとか、対応率98%とか、そういった強みも、結局は人が育っているからこそ実現できるものです。教育を後回しにして、目先の案件だけ追っていては、今の体制はつくれなかったと思います。

そういう意味では、協働日本との取り組みは、外から何かを与えてもらうというより、もともと自分たちが大事にしてきた教育や成長という軸を、より深く、より実践的な形にしてもらっている感覚があります。

品質トラブル対応会社から、モビリティ産業変革の品質インフラ企業へ

ーー近年は、ミカタプロジェクトのモビリティイノベーションフォーラムで優秀賞を受賞されるなど、新たな挑戦も評価されています。

栃平:
ミカタプロジェクトでの受賞は、私たちにとって非常に励みになる出来事でした。

ただ、これは一つの賞をいただいたということ以上に、オメガテクノがこれからどこへ向かうのかを示す機会になったと思っています。私たちは、単なる検査代行会社で終わるつもりはありません。

品質保証を軸に、自動車産業やモビリティ産業の変革を支える存在になっていきたい。DXやAIの活用、グローバル対応、未然防止型の品質管理など、これから取り組むべきテーマはたくさんあります。

品質トラブルが起きたときに対応する会社から、品質課題を先回りして捉え、産業全体を支える品質インフラ企業へ。そういう方向に進化していきたいと考えています。

そのためには、現場力だけではなく、組織として考える力、人を育てる力、外部と連携する力が必要です。協働日本さんとの取り組みは、そうした変化に向けた土台づくりにもつながっていると思います。

協働という形だからこそ、中小企業にも必要な支援になる

ーーこうした複業人材との取り組みは、今後さらに広がっていくと思われますか。

栃平:
広がっていくと思いますし、広がっていくべきだと思います。特に中小企業は、単独で立ち向かうのがどんどん難しくなっています。倒産件数も増えていますし、事業承継の問題もあります。単純なM&Aだけではなく、複合的に力を合わせて、いろんな強みを組み合わせていくことが必要になっていると感じます。

そういう中で、協働日本のように、各領域のプロ人材と一緒に考え、動いていく仕組みは、非常に有効だと思います。単純に金儲けをするための関係ではなく、志を持って真剣に事業に向き合っている会社にこそ合うんじゃないでしょうか。

私は、そういうところにはおすすめしたいと思います。

ーー最後に、協働日本へのメッセージをお願いします。

栃平:
社会問題の解決という観点と、それぞれの企業が持っている強みを最大限活かすという観点、その両方において非常に有効な手段だと思っています。

真剣に次のビジネスに臨もうとしているオーナーさんや、スタートアップの社長さん、変わりたいと思っている中小企業には、まだまだ必要とされていくんじゃないでしょうか。私たち自身もその価値を実感していますし、これからも必要とされる取り組みだと思っています。

ーー本日は貴重なお話をありがとうございました。

栃平:
ありがとうございました。


栃平 秀典/Hidenori Tochihira

オメガテクノ株式会社 代表取締役

1969年、大阪府生まれ。大学卒業後、自動車販売業にて営業として実績を積み、マネージャーとして店舗運営に携わる。その後、同業界最大手にて営業所長、営業戦略部長、支店長を歴任し、事業成長と組織運営の両面で実績を築く。
品質保証業務代行サービスの本質的価値に着目し、2014年にオメガテクノ株式会社を創業。
検査・選別にとどまらず、顧客課題に踏み込む経営改善支援へと事業を進化させるとともに、自社の経営改革を通じて持続的成長基盤を確立した。
現在はTRIGO社との連携により、グローバルな品質ソリューションの実現に挑んでいる。
「挑戦・教育・成長」を軸に、人と組織の可能性を最大化し、製造業の競争力向上に貢献することを使命としている。

協働日本事業については こちら

VOICE:藤村昌平×若山幹晴 – 特別対談(前編)『「境界」が溶けた世界で、勝ち抜いていくために必要なこと』 –

海外マーケティングSTORY:株式会社海連 永井漸氏 – “海外に売りたい”から、“4市場で勝つ”へ。鹿児島のさつまいもを世界に届ける海外戦略とは –

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。

今回は、鹿児島県阿久根市でさつまいもの生産・加工・販売を手がける株式会社海連 専務取締役の永井漸氏にお話を伺いました。

鹿児島県阿久根市のさつまいも加工会社・株式会社海連が抱えていたのは、“海外に売りたい”という想いはありながらも、輸出戦略がアメリカ中心の一本足打法にとどまり、市場選定や優先順位が定まらないという壁でした。

協働プロとワンチームで伴走する中で、永井氏自身の意思決定の軸が明確になり、仮説検証を重ねながら主体的に次の一手を描けるようになりました。その結果、欧州・中東・アジア・米国の4市場を見据えた展開方針が定まり、2027年中に輸出量50〜70トンを目指す新たな成長戦略が立ち上がっています。

変わったのは数字の見通しだけでなく、“感覚で売る”から“戦略で勝つ”へと、海外展開そのものの捉え方でした。

株式会社海連は、海産物の保管倉庫をルーツに持ちながら、時代の変化に応じて事業を転換し、現在はさつまいもを軸に地域資源を活かした事業展開を進めている企業です。

“海外に売りたい”という想いを、どうすれば具体的な戦略へ変えられるのか。仮説検証を重ねながら見えてきた市場のリアル、地域内外のつながりから生まれた新たな可能性、そして今後の展望について、率直に語っていただきました。

(取材・文=郡司弘明)

海産物倉庫から、さつまいもの加工会社へ。変化を重ねてきた海連の歩み

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、株式会社海連さんの沿革と現在の事業について教えてください。

永井漸氏(以下、永井):
よろしくお願いします。海連は1999年創業で、今はさつまいもを加工している会社です。ただ、もともとは今のような会社ではなく、海産物を保管する倉庫業から始まっています。

当時は魚を保管する倉庫として動いていたのですが、保管していた魚が獲れなくなってしまい、倉庫が空いてしまったんです。どうしようかと悩んでいた時期に、ちょうど芋焼酎ブームが来て、焼酎用さつまいもを冷凍保管するニーズが出てきました。そこから、魚ではなくさつまいもを扱うようになったのが最初の転機でした。

その後、今後は輸入芋よりも国産のさつまいもの需要が高まるだろうと考え、保管だけではなく加工まで自社でできるようにしていきました。そうして規模を広げていく中で、次に見えてきたのが雇用の課題です。

焼酎用のさつまいもは、どうしても生芋の収穫時期である9月から11月に仕事が集中します。それまではその時期だけ多くの方に来ていただいて、12月以降はほとんど人がいない、という形でも回っていました。ただ、地方では今後ますます人材確保が難しくなる。そう考えたときに、年間を通して働ける仕事をつくる必要がありました。

そこで、紅はるかのように熟成することでより美味しくなる品種を活かし、焼き芋やペーストなどの加工品づくりを進めるようになりました。さらに夏場の仕事として、阿久根市でそうめん流しの店舗を引き継ぎ、7月・8月は飲食事業も行っています。工場だけ、飲食だけではなく、年間を通していろいろな形で仕事をつくっているのが、海連の特徴だと思います。

ーーそうめん流しの店舗でも、海連さんらしさは出ているのでしょうか。

永井:
はい。紅はるかを使った素揚げや、さつまいもを使ったスイーツなど、自社の加工品を食べていただけるようにしています。隣接する売店では、工場で加工したペーストを使ったモンブランソフトのような商品も出しています。単に商品をつくるだけでなく、どう食べてもらうかまで含めて事業にしている感覚ですね。

“海外に売りたい”という想いはあった。だが、戦略は見えていなかった

ーー今回、協働日本と一緒に取り組むことを決めたきっかけを教えてください。

永井:
きっかけは、地元の下園薩男商店の下園さんです。

私が家業に戻り、いわゆる“アトツギ”としてこれからの経営をどう担っていくかを考え始めた頃、会社の今後について相談させていただく機会があって、その中で協働日本さんを紹介していただきました。

鹿児島県と連携した伴走支援の取り組みをされていると聞いて、すごく興味を持ちました。下園さんご自身が、自分の会社だけではなく、地域全体が良くなることを考えている方なんです。そんな下園さんが紹介してくださるものなら間違いないだろう、という信頼も大きかったですね。

自社にとってプラスになるのはもちろんですが、うまくいけば自分たちもまた別の事業者に広げる側に回れるかもしれない。そういう意味でも、やってみたいと思いました。

ーー今回の協働プロジェクトでは、どのようなテーマで取り組まれたのでしょうか。

永井:
テーマはシンプルで、「さつまいも製品をもっと海外に広げたい」ということでした。実際、アメリカには輸出できていました。ただ、実質的にはアメリカ一本足打法で、そこから先の拡大がなかなか見えていなかったんです。

自分の中では、イスラム圏にもさつまいもは刺さるんじゃないか、アジアにも可能性があるんじゃないか、という感覚はありました。でも、それはあくまで感覚でしかなかった。どの市場に、どの商品を、どの順番で持っていくのか。そこがまったく整理できていませんでした。

しかも、社内で海外展開を実質的に見ているのはほぼ私一人です。相談相手も少ない中で、自分だけで考えていても突破口が見えなかった。だからこそ、外部の視点が必要だと思っていました。

感覚ではなく、仮説と検証で進める。判断基準を得た伴走支援

ーー伴走した協働プロの皆さんとは、どのようにプロジェクトを進めていったのでしょうか。

永井:
伴走いただいたのは、向縄さん、般若さん、阿世知さんの3名です。伴走いただいたのは、海外ビジネスを実務レベルで推進してきたプロフェッショナルで、単なる助言ではなく“実行につながる視点”を提供してくださいました。

最初にまず「海連がどうしたいのか」をかなり丁寧に聞いてくださいました。

その上で、私が持っていたぼんやりしたイメージを、そのまま進めるのではなく、「それは本当に市場として成立するのか」「価格帯はどうか」「誰にどう届けるのか」と、一つひとつ具体化していく形でした。

私一人だと、どうしても“売れそう”という感覚で考えてしまうんです。でも、3人とのミーティングでは、その感覚をちゃんとリサーチや仮説に落とし込んで、次回までの宿題にして、また検証していく。そのプロセス自体がとても学びになりました。

自分の中にあった知識や人脈も、単独ではつながっていなかったものが多かったんです。それを「こう使えるのでは」と整理してもらえたことで、プロジェクトの進め方そのものが見えるようになりました。報告会の場でもお話ししたのですが、いろいろなアイデアを受け取る中で、自分の中に「判断する基準」が見えてきたことは、とても大きかったです。

インドネシアで仮説が崩れたことが、戦略転換の起点になった

ーー取り組みの中で、特に印象に残っている出来事はありますか。

永井:
一番大きかったのは、インドネシアに関する仮説が崩れたことです。もともと私は、ムスリム市場に行くならインドネシアが起点になると思っていました。実際、友人のインドネシア人にもオンラインで話を聞きましたし、かなり期待していました。

ただ、その話を受けて、向縄さんが実際にインドネシアに行き、現地で情報を確かめてくださったんです。そこで見えてきたのが、現地には、現地の人の好みに合う、安くて甘くて美味しいさつまいもがすでに多く流通しているということでした。

つまり、日本のさつまいもをそのまま持ち込んで今からその市場で戦うのは、いわばレッドオーシャンに飛び込むようなものだったんです。そこで一度、当初考えていた形でのインドネシア輸出は見直そう、という判断ができました。

これは、自分にとってすごく大きかったですね。今までも仮説と検証が大事だとは分かっていたつもりでしたが、実際にそのサイクルを回し、判断を変えるところまでやる経験はあまりなかった。伴走を通じて、その積み重ねが経営の判断軸を太くしていくのだと実感しました。

今までの自分たちは、「これは売れるだろう」と思ったものを展示会や商談に持っていき、たまたま刺さるかどうかに頼っていた部分もありました。今回の経験を通して、国内外を問わず、まず仮説を立て、確かめ、修正することの重要性を改めて学びました。

抹茶との掛け合わせが、欧州・アジア・地域連携へと広がっていった

ーーそこから、どのように次の打ち手が見えてきたのでしょうか。

永井:
インドネシアの議論をしている中で、現地では抹茶がかなり広がっているという話が出てきました。そこから「抹茶×さつまいも」という仮説が浮上したんです。

実は過去に、アメリカ・ロサンゼルスのレストランで、うちのさつまいもペーストを使った抹茶ティラミスをつくっていただいたことがありました。それをミーティングの中でぽろっと話したら、「それはもっと早く言ってください」と(笑)。そこから一気に、抹茶との掛け合わせを真剣に考えるようになりました。

さらに、鹿児島の輸出商社の方やお茶関係の方々に話を聞く中で、抹茶の販路と一緒にさつまいもパウダーを提案できる可能性も見えてきました。乾燥パウダーなら物流面でも扱いやすいですし、抹茶の緑と紫芋の色の対比も魅力になる。商品そのものだけでなく、見せ方まで含めて勝負できると感じています。

面白かったのは、そこから国内の連携にもつながったことです。協働プロの後押しで、お茶屋さんに話を聞きに行ったことがきっかけで、池田選茶堂さんのカフェメニューに、海連のさつまいもを使ったトッピング商品が採用されました。国外販路の議論から始まったのに、地域内の新しいコラボまで生まれた。これは自分一人では絶対に起きなかったことだと思います。

一本足打法から、4市場同時展開へ。フランスへの受注確定で見えてきた勝ち筋

ーー今回の取り組みを通じて、具体的にはどのような成果が生まれたと感じていますか。

永井:
現時点で、売上として大きく出ているものはまだこれからです。ただ、最も大きな成果は、輸出戦略が明確になったことだと思っています。

今は、欧州・中東・インドネシア・米国の4市場で、それぞれ役割の違う戦略を描いています。欧州はブランド価値を高める拠点。特に紫芋パウダーのような素材系商材で、抹茶ルートとの親和性も活かしながら展開していきたいと考えています。ロンドンでは加工原料としての可能性も見えてきました。

中東は、ハラール市場の成長を見据えた展開です。まずはドバイなどを足がかりにして、周辺地域へ広げていきたい。インドネシアは当初より優先順位は下がりましたが、素材単体ではなく、抹茶と組み合わせた“ジャパニーズカフェメニュー”としてなら可能性があると見ています。

そしてアメリカは、やはり一番売上を伸ばしやすい市場です。すでにレストラン向けやチェーン向けの販路があるので、まずはそこを太く強くしていく。加えて、欧州など他地域での実績がアメリカでの提案にも効いてくる。4市場が相互に補完し合う形が見えてきました。

目標としては、2027年中にさつまいも関連だけで年商1億円を目指しています。輸出量でいうと、現在の10〜15トンから50〜70トンへ。かなり高い目標ではありますが、以前のように“海外に売りたい”という状態ではなく、どう積み上げるかの地図が見えたのは大きいです。

その手ごたえは、すでに少しずつ具体的な反応としても現れ始めています。たとえば、FOODEX JAPAN 2026では、鹿児島県ブースへの出展を通じて多くの来場者との接点が生まれ、フランス向けに紫芋パウダーの受注が確定するなど、戦略で描いた欧州市場への展開が、実際の商流として立ち上がり始めています。

まだ大きな売上として語る段階ではありませんが、欧州向けの新たな可能性を感じられたことは大きな一歩でした。描いてきた戦略が、机上の構想にとどまらず、確かな反応として返ってきた瞬間だったと思います。

主体的に動いてもいい。そう思える空気が社内に生まれ始めた

ーー事業戦略だけでなく、組織の面での変化はありましたか。

永井:
会社全体が大きく変わった、とまではまだ言えません。でも少なくとも、私自身には大きな変化がありましたし、それが社内にも少しずつ波及し始めている感覚はあります。

今回の伴走支援を通じて、自分から主体的に動いてもいいんだ、チャレンジしてもいいんだ、という感覚が強くなりました。毎週のミーティングが本当に楽しみで、ワクワクしながら次の打ち手を考えていました。そういう姿を見せられたこと自体が、今後従業員を巻き込んでいく上でも意味があると思っています。

また、今回の取り組みを通じて、外部の知見を取り入れながら進めることへの社内理解も少しずつ生まれてきました。トップダウンだけではなく、現場から新しい提案や挑戦が出てきてもいい。そう思える環境づくりの第一歩になったと感じています。地方企業ではどうしても社内だけで考えが固まりがちですが、外の視点が入ることで、失敗を恐れずに挑戦する空気が生まれる。その土台づくりになったと思います。

“プロに任せる”価値を知っているからこそ、外部プロ人材の力を実感した

ーー協働プロの皆さんの印象についても教えてください。

永井:
3人とも本当にキャラクターが違っていて、すごくいいチームでした。向縄さんはとにかく前向きで、言葉がいつもポジティブなんです。だからこちらもワクワクしながら進められる。阿世知さんは議論をうまく整理して、まとめてくださる存在。般若さんは冷静に全体を見て、「ここはもっと詰めた方がいいですね」と俯瞰したアドバイスをくださる。そのバランスがとても良かったです。

私は家業に戻る前、産業用ロボットメーカーやゲームメーカーで働いていたのですが、その中で“プロに任せることの価値”をかなり実感してきました。自分が数時間かけてもできないことを、その道のプロは数分で解決してしまう。だったら、任せるべき領域は任せた方がいい。その感覚がもともとあったので、今回の伴走の価値もすごく腹落ちしました。

地方企業こそ、外の知見とつながることで前に進める

ーーこうした外部のプロ人材との取り組みは、今後さらに広がっていくと思われますか。

永井:
広がっていってほしいですし、広がるべきだと思っています。特に地方には、「変わりたい」と思っていても、社内にそのための人材や知見が足りない会社が本当に多いと思うんです。

自分一人でやらなきゃいけないと思っている経営者や後継者は多いですし、実際、私自身もそうでした。でも、少し背中を押してもらうだけで、一気に見える景色が変わることがある。そういう会社にとって、協働日本のように各領域のプロ人材とつながれる存在はすごく大きいと思います。

今後は海外戦略だけでなく、人事や制度設計など、また別のテーマでも相談したいことがあります。

協働日本にはそれぞれの分野を知るプロが揃っているので、テーマが変わってもまた一緒に動けるという安心感があります。

今回つながった皆さんとも、さらなる共創ができたら嬉しいですね。

ーー最後に、協働日本へのメッセージをお願いします。

永井:
協働日本さんと関わった企業は、いい方向に変わっていくと思っています。今回、自分たちもそれを実感しました。この取り組みを通じて、もっと多くの会社が前向きな変化を経験して、幸せになっていってほしいです。

そしていつか、海連がお願いしたくても「今は手一杯です」と言われるくらい、たくさんの企業が協働日本さんと一緒に動いている状態になったら、それだけ地域で挑戦する会社が増えているということだと思います。そんな未来を、すごく楽しみにしています。

ーー本日は貴重なお話をありがとうございました。

永井:
ありがとうございました。


永井さんも登壇した、【鹿児島県】令和7年度「新産業創出ネットワーク事業」最終報告会の様子は、以下の動画でもご確認いただけます。


永井 漸 / Zen Nagai

株式会社海連 専務取締役

高校時代に中国・北京、大学時代に英国・ロンドンへ留学。大学卒業後は京都市にて産業用ロボットメーカー、ゲームメーカーでの勤務を経て、2018年に家業である株式会社海連に入社。産業用ロボットメーカーでは海外営業として東アジア(中国)および東南アジア(インドネシア、フィリピン)を担当し、ゲームメーカーでは開発部門にてITコンサルティング領域のライセンス管理業務に従事。現在は専務取締役として、事業承継を見据えた経営への参画に加え、地域資源を活かした事業展開を通じて地方創生に取り組んでいる。

協働日本事業については こちら

VOICE:協働日本 向縄一太氏 – 「浪漫」と「算盤」で地域を変える –

マーケティングSTORY:米田食堂 米田正和氏 – 地獄蒸しから生まれる“次の名物”──別府・鉄輪で三代続く食堂が描く団子汁食堂の未来 –

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。

今回は、別府・鉄輪で三代続く大衆食堂「米田食堂」の三代目・米田正和氏、そして協働プロとして伴走する相川知輝氏にお話を伺いました。

米田食堂は、1955年創業。別府の名所「地獄めぐり」の動線上に店を構え、大分の郷土料理・団子汁を看板に、長年地域と観光客に親しまれてきた食堂です。

同店では、米田氏が掲げた「店を目的地化する」という構想のもと、温泉の噴気を活かした“地獄蒸し”の新商品開発と、団子汁を“選ばれる名物”へ進化させる取り組みに協働日本が伴走しています。

プロジェクトを通じて、売上130%を生んだ新商品「極楽 鬼カステラ」が誕生。さらに、現場で継続的に回せるオペレーションを見据えた“次の挑戦”も動き出しています。
協働日本との取り組みで得られた変化、試行錯誤のプロセス、そして地域へ広がり始めた“協働”の輪について、率直に語っていただきました。

【本事例のまとめ】

大分県別府・鉄輪で1955年創業の三代続く大衆食堂・米田食堂は、団子汁と地獄蒸しを看板に、地域の観光客にとっても目的地となる店づくりを目指して協働プロチームの伴走を開始しました。

三代続いてきた自分たちの店の強みや独自性をうまく言葉にできていなかったところ、協働日本の伴走支援を通じて地獄蒸しの噴気を活かした新商品「極楽 鬼カステラ」が誕生し、繁忙期の売上を130%に押し上げました。

「まずやってみて、反応を見て、改善する」という姿勢が身につき、感覚でやってきた経営に自分なりの判断軸が生まれていきました。

(取材・文=郡司弘明)

地獄めぐりの途中にある、三代続く大衆食堂

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、米田食堂さんの沿革と、現在の事業について教えてください。

米田正和氏(以下、米田):こちらこそ、よろしくお願いします。

1955年に別府市・鉄輪で初代の米田トリヱが大衆食堂「米田屋」を開店したのが始まりです。温泉地ならではの立地を活かし、だんご汁や地獄蒸し料理を中心に、長年、地元の方と観光客の方の両方に支えられて営業してきました。

祖母から父、そして自分が三代目になります。もともとはいろいろな食事を出す大衆食堂でしたが、今は大分県の名物である「団子汁」を一番の売りにしています。これまでの歴史を大切にしながらも、次の時代に向けた新しい挑戦にも取り組んでいます。

ーー団子汁が看板メニューになっているのですね。加えて、米田食堂さんならではの特徴として“地獄蒸し”もあると伺いました。

米田:店先に「地獄釜」があって、温泉の噴気(蒸気)を使って食材を蒸すことができます。

今は卵やお芋、とうもろこしを蒸して、それを店先で販売しています。

ーー立地も含めて、地域での位置づけはどのようなものなのでしょうか。

米田:うちは観光地のど真ん中で、「別府の地獄めぐり」のコース上にある食堂です。

昔は湯治に来た方や地元の方が多かったですが、今はどちらかというと観光客の方がメインになっています。

ただの郷土料理にしない。団子汁を“選ばれる名物”へ進化させる挑戦

ーー協働日本との取り組みを始められたきっかけを教えてください。

米田:別府市役所の産業政策課の方から案内があり、別府市の外郭団体「B-biz LINK」さんと、「協働日本」さんが共催していた事業支援説明会に参加したのがきっかけです。

気軽に参加した説明会だったのですが、協働日本代表の村松さんのお話を聞いて、とても関心が高まりそのままあれよあれよという間に、面談へと進みました。

そこから支援を受けさせてもらえることになり、今回のご縁に繋がりました。

ーー最初に協働日本の話を聞いた時の印象はいかがでしたか。

米田:まず、とても熱い人たちが集まっている会社なんだなあという印象でしたね。これまでこういったお話を聞いてきた、いわゆるコンサルタントの方々とは全然違って。自分の想いを正直に、やってみたいことを気軽に相談でき、ざっくばらんに話せそうな雰囲気がありました。

経営や商品開発を、自分たちだけで考えていると、どうしても視野が狭くなってしまうと感じていました。お店の強みはあるはずなのに、それをうまく言葉や形にできていない、そんなもどかしさがあったんです。

協働日本さんのお話を聞き、「一緒に考え、伴走してくれる」という姿勢に共感し、思い切って取り組むことを決めました。

ーープロジェクトの出発点として、米田さんが協働日本に伝えた“やりたいこと”は何だったのでしょうか。

米田:「店を目的地化したい」ということです。

今は“ただの団子汁”を売っている。それを“ただじゃない団子汁”にどう昇華させるか。

自分の店を別府、そして「地獄めぐり」に来る人たちの目的地にしたいというのが最初に伝えたことです。

ーー地域内にも団子汁を出すお店が複数ある中で、狙うポジションは明確だったのですね。

米田:そうですね。地域で一番を取って、そこから「大分県の団子汁といえば」というところまで行きたいと思っています。

決まった型がないから、前に進めた。“地獄蒸し”の新展開

ーー協働プロジェクトに参画している協働プロについて教えてください。

米田:相川さん、他数名の協働プロの方々を中心にご支援いただいています。

それぞれ違った視点を持っていて、毎回の打ち合わせで新しい気づきをいただいています。

ーー今回、協働プロ相川さんがインタビュー記事に同席していただいています。相川さんは現地の状況を踏まえて、どこから着手したのでしょうか。

相川知輝氏(以下、相川):鬼山地獄のすぐそばで、人通りはすでに多い場所です。だから最初は、そこで“買ってもらえる”“話題になる”ものをつくる。

SNSでシェアされる状態ができたら、「あれを食べに行こう」に変えていける、と考えました。

ーー人通りの多さを活かし、そこから目的地化へつなぐ設計ですね。

相川:そうです。しかも米田食堂さんは、店先に自販機があって、その後ろに地獄蒸しの設備がある。そこでも売れば、まず手に取ってもらえる確度が高い。卵やとうもろこしはすでに売れている。ただ、100円・200円の世界観に寄ってしまうのがもったいない。価値があるものにすれば、高くても買ってもらえるはずだと。

ーー具体的にはどんな取り組みを進めていますか。

米田:主に、新商品の開発と、観光客へのアプローチ方法の見直しに取り組んでいます。

具体的には、お客様目線の商品づくり、ネーミングやパッケージの検討、看板やPOPなどの販促改善などです。「鉄輪らしさ」「米田食堂らしさ」を改めて整理し、どうすれば伝わるのかを一緒に考えてきました。

ゴール実現に向けたアイデア出しと、“現実化”するための伴走支援の両輪

ーー協働日本の伴走の“進め方”は、米田さんにとってどのような体験でしたか。

米田:決まったフォームがあるわけじゃなくて、打ち合わせをしながらブレストして、どんどん意見が出てくる。会議も硬くならずに、普通の雑談から始まったりして、会議が毎回楽しみでした。

また、一番大きな変化は、「考え方」です。これまでは感覚的にやっていたことを、言語化し、整理しながら進めるようになりました。

「まずやってみて、反応を見て、改善する」という姿勢が身についたと感じていますし、スピード感をもってプロジェクトを進められています。

ーー相川さんから見て、このプロジェクトが前に進む速度が出た要因はどこにありますか。

相川:一つは、米田さんがすぐ試してくれるところです。本当にこれ実現できるっけ?というものが、1〜2週間後にはテストされていて、形をどんどん変えられた。だから比較的早く新商品ができました。

もう一つは役割分担です。協働側は「売れる・見た目・話題化」の設計を考える。ただ、味をどう担保するかは、僕らは触れない。そこは料理人である米田さんに任せられる。だから速い。

ーー根本の方向性は米田さんの想いベースで、それを“できる形”へ一緒に落としていくのが『協働』、という整理ですね。

相川:そうです。ゴールの方向性は米田さんが持っている。そこに向けて、アイデアを出して、現実化していく、という伴走です。

売上130%を生んだ「極楽 鬼カステラ」

ーー取り組みの成果の中で、象徴的なものを教えてください。

米田:創業以来初となる新商品の開発が実現したことです。名付けて、「極楽鬼カステラ」。鉄輪らしさやお店の個性を前面に出したもので、観光客の方に手に取っていただきやすい商品になりました。

相川:地獄蒸しの新商品としてつくったもので、鬼の髪型のような見た目にした「極楽 鬼カステラ」です。地獄蒸しの文脈と、写真を撮りたくなる見た目を掛け合わせました。

米田:中が地獄蒸しでつくったカステラです。

ーー実際の成果として、数字で語れる変化はありましたか。

米田:もともと地獄蒸しで売っていたのは卵や芋、とうもろこしで、“蒸して売る”だけでした。そこに新商品が加わったことで、販売していた期間は、平均で20%くらいは上がっています。

相川:繁忙期に絞れば売上130%増になっていますよね。

「売れる」だけでは終わらせない。老舗だからこそ直面した“続ける”という現実

ーー新商品がヒットした一方で、継続に向けた課題も見えてきたと伺いました。

米田:そうですね。正直に言うと、「売れたからすべて成功!」ではなかったな、というのが率直な感覚です。

極楽 鬼カステラは、見た目のインパクトもあって、観光客の方が写真を撮ってくれたり、SNSに上げてくれたりと、想像以上の反応がありました。実際、売上としても手応えはありましたし、「これはいける」と思った瞬間もありました。

ただ一方で、現場のオペレーションが・・想定以上に大変でした。

ーー具体的には、どのあたりが負担になっていたのでしょうか。

米田:仕込みから提供までに手間がかかるので、どうしても人手が必要になるんです。アルバイトが入れる休日なら回せるけれど、平日は難しい。忙しい時期ほど、現場が回らなくなるというジレンマがありました。

老舗の個人店なので、人員に余裕があるわけではありません。売上が上がっても、現場が疲弊してしまっては意味がない。続けられなければ、名物として根付かせることはできない。そこに、はっきりとした課題を感じました。

ーーその気づき自体が、次の挑戦につながっているのですね。

相川:まさにそうですね。今回のプロジェクトでは、「売れるかどうか」だけでなく、「続けられるか」「現場で回せるか」を、次のテーマとして明確にできたことが大きいと思っています。

最初のチャレンジで成功体験と同時に“反省点”が言語化できた。

これは、単発のヒットで終わらせず、次につなげるうえで非常に重要なプロセスだと考えています。

老舗×観光地だからこそ必要だった「視点の外注」

ーー協働日本が伴走することで、米田さんご自身の視点にも変化はありましたか。

米田:かなりありましたね。自分一人で考えていると、どうしても「料理人として」「店主として」の目線に偏ってしまう。味や品質をどうするか、という発想から抜け出しにくいんです。

でも、協働日本の皆さんと話していると、「お客さんからどう見えるか」「なぜそれを選ぶのか」といった、少し離れた視点で問いを投げてもらえる。自分の中にはなかった角度なので、毎回ハッとさせられました。

ーー相川さんから見て、外部人材が入る価値はどこにあると感じますか。

相川:地域に根付いて長く商売をされている方ほど、自分たちの強みを“当たり前”として捉えてしまいがちです。地獄蒸しも、団子汁も、別府では日常に近い存在。でも、外から見るとそれ自体が強いコンテンツになる。

だからこそ、「これは価値がある」「もっと伝えていい」と、第三者が言語化する意味があると思っています。視点を外注する、という感覚に近いかもしれません。

「目的地化」は、商品だけで完結しない

ーー改めて、「店を目的地化する」という構想について、今はどのように捉えていますか。

米田:商品をつくれば終わり、ではないなと感じています。極端な話、ヒット商品が一つあっても、それだけで“目的地”にはならない。

店に来たときの体験や、ここでしか味わえない空気感、別府・鉄輪という土地とのつながりも含めて、「また来たい」「誰かに勧めたい」と思ってもらえるかどうか。その積み重ねが大事なんだと思います。

だから今は、次の商品開発と並行して、「どう見せるか」「どう体験してもらうか」という部分も、改めて考えています。

ーー協働日本としても、今後はその領域まで踏み込んでいくのでしょうか。

相川:はい。商品開発はあくまで一つの入口です。そこからどう回遊させるか、どうファンになってもらうか。

最終的には、「米田食堂に行くこと」自体が目的になる状態を一緒につくっていきたいと思っています。

“持ち歩きできる郷土料理”という次の挑戦

ーーその学びを踏まえ、次の展開はどのように考えていますか。

相川:次は、オペレーションの負荷を下げた上で、地獄蒸しを使った第二弾を準備しています。ここでしか買えない“映える商品”は出したい。でも手軽に回せないと意味がない。そこで「郷土料理+持ち歩きできるフード」というコンセプトで進めています。見た目にもこだわり、手に取ってもらう仕組みまで考えています。

米田:注文を受けてからのオペレーションが少なくて済む形ですね。事前に作って温めておくだけ、のように無理なく店舗を回せる設計も重要だと感じています。

地域に広がり始めた“協働”の輪

ーー協働日本の支援は、別府の地域にも広がり始めていると伺いました。変化をどう感じていますか。

米田:心強いです。地域全体で盛り上がれば、もっとできることが増える気がしています。個人事業者が多い地域なので、支援を受けることでスキルが底上げされていくと、地域でできることがどんどん広がっていくと思います。

相川:地獄蒸しスタンプラリー、みたいな展開も面白いですよね。

「小回りが利く支援」が、地域の挑戦を前に進める

ーー都市人材や、複業人材との取り組み自体には以前から興味はありましたか?

米田:正直に言うと、興味はありましたが、どう関わればいいのか分からず不安もありました。

今回の取り組みを通じて、「遠い存在」だと思っていた都市人材の方々が、とても身近な存在だと感じるようになりました。

ーー取り組みを振り返ってみていかがでしょうか。

米田:協働日本さんは、専門的な知識や経験を持ちながらも、決して上から意見を押し付けるのではなく、「よね田としてどうしたいか」「無理なく続けられるか」を常に考えてくれました。単なる支援者ではなく、「同じチームの一員」として取り組むことができたと思っています。

また、ピンポイントで支援してくれる人が参画してくれるところがいいと思います。普通のアドバイザーやコンサルとは全然違う。規模が小さくても、やりたいことや夢がある会社には、こういう“小回りが利く支援”の方が合うと思います。そういう人が増えていけば、地域としてももっと前に進めるんじゃないかと感じています。

今後、ますます広がっていくと思いますし、特に、次の一手を考えている事業者さんや、現状を変えたいけれど一人では難しいと感じている方には、ぜひおすすめしたいです。

ーー最後に、協働日本へのメッセージをお願いします。

米田:協働日本さんは、地域と人をつなぐ、とても大切な存在だと思います。これからも多くの地域事業者に寄り添い、それぞれの強みを引き出していくのではないでしょうか。

私たちも、その一事例として、これからの歩みをしっかり形にしていきたいと思います。今後のご活躍を心から応援しています。

ーー本日は貴重なお話をありがとうございました!

米田:ありがとうございました!

相川:ありがとうございました!

米田 正和 / Masakazu Yoneda

米田食堂 三代目店主

相川 知輝 / Tomoki Aikawa

協働日本 協働プロ

(株)ひまじん 代表取締役・プランナー

大手広告代理店に勤務時代に、クルマメーカーの日本初Twitterキャンペーンを仕掛ける等、デジタル・イベントを軸としたマーケティング&プロモーションを多く手掛ける(受賞歴複数あり)。
独立後は、大手企業だけでなく、中堅印刷会社における新規事業創出、中堅建設会社の売上向上支援・PR支援(NHK等露出)、ミシュラン店のPR・新商品作り支援、組織コンサルティング会社のマーケティング支援(その後、マザーズ上場)等を行う。

食領域に関心が高く、日本全国の創業100年越えの老舗飲食店を4000店舗以上訪問(日本一の訪問数)。フードアナリスト協会認定アナリスト、東京カレンダー公認インフルエンサー、フジテレビ食番組企画・プロデュース、ラジオ大阪お取り寄せコーナー担当、朝日新聞社での老舗連載等を手掛ける。食関係のXフォロワーは4万人を超える。

協働日本事業については こちら

VOICE:協働日本 相川 知輝氏 – 日本のユニークな「食」の魅力を後世に伝えていきたい –


人と組織STORY:石川メッキ工業株式会社 鴻野健太郎氏 – 現場が経営を考える会社へ。全体最適でつくる「みんなが幸せな会社」とは –

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。

今回は、石川メッキ工業株式会社 専務取締役の鴻野健太郎氏にお話を伺いました。
石川メッキ工業株式会社は、石川県を拠点に、長年培ってきた確かな技術力で地域のものづくりを支えてきた製造企業です。

同社では、鴻野氏が掲げた「経営者仲間をつくる」という目標のもと、幹部候補人材の育成プロジェクトに協働日本が伴走支援を行いました。

プロジェクトを経て、参加したメンバーは会社の存在意義や課題解決に対する意識を主体的に持つようになり、現在ではフラットな関係性で相談や議論ができる組織へと変化しています。

協働日本との取り組みを通じて得られた変化、組織としての意識の変容、そして今後の展望について、率直に語っていただきました。

【本事例のまとめ】

現場を支えるプロはいる、しかし経営を担う人材が育っていない。石川県を拠点にめっき加工を手がける石川メッキ工業株式会社は、幹部候補育成という課題に向き合うべく、協働日本の伴走支援をスタートしました。

協働プロチームの伴走を通じて、「会社の存在意義とは何か」という根源的な問いから向き合い直したことで、製造現場のプロたちが会社を自分ごととして考え始めました。

(取材・文=郡司弘明・山根好子)

2年の交流を経てスタートした「伴走支援」

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、協働日本との出会いについて教えてください。

鴻野健太郎氏(以下、鴻野): こちらこそ、よろしくお願いします。

きっかけは、同じ金沢で老舗の発酵食品会社を経営されている四十萬谷本舗の四十万谷正和さんから「面白い人たちがいるよ」とご紹介いただいたことでした。その流れで、石川県が主催する協働日本のセミナーに参加しました。

そこで代表の村松さんと出会い、2〜3か月に一度のペースで定期的に「壁打ち」をしていただくようになりました。対話を重ねるなかで、いつか本格的な伴走支援をお願いしたいという思いはあったのですが、協働日本にはマーケティングやDXなど、さまざまな分野のプロが在籍されているため、逆に「今の自社の課題に対して、何からお願いすべきか」と悩んでいた時期もありました。

そんな交流が2年ほど続いた頃、石川県の事業として3か月間の伴走支援に挑戦できる機会があると知り、「これは絶好のチャンスだ」と応募しました。

今年の春から、ようやく本格的な協働プロジェクトがスタートしました。

ーーなるほど。では、迷われていた中で、最終的にどのようなテーマを選定されたのでしょうか。

鴻野:「経営者仲間をつくる」という目標を掲げ、メンバーと共に経営を学び合う場づくりをテーマに伴走していただくことにしました。私自身もプロジェクトの一員として参加し、同じ目線で考え、議論することで、上下関係ではなく“経営仲間”としての関係性を築くことを大切にしました。

というのも、私自身がこれまで管理職研修などで体系的に経営視点を学んだ経験がなく、当時の管理職は私より10歳以上年上のベテランばかりでした。正直なところ、「自分が教えられることは何もない」と感じていたんです。

幹部候補を育成すると同時に、自分自身が抱えていたその課題感もクリアしたい。そう考えたとき、「誰から学ぶか」を考えると、協働日本の協働プロの皆さんにぜひお願いしたいと思い、このテーマを選びました。

自分の目標と会社の目標が重なり、生まれた主体性と新たな視点

ーー実際の協働プロジェクトでは、どのような取り組みから始まったのでしょうか。

鴻野: 弊社からは4名がプロジェクトに参加し、協働プロとしては藤村昌平さん(協働日本CSO)と有田一真さんに入っていただきました。

最初は全員参加のワークショップ形式でスタートし、途中から個別セッションを組み合わせる形で進めていきました。

ワークショップでは、「会社とは何か」「その存在意義とは何か」といった根源的な問いから取り組みました。
私は社長である父の背中を見て育ったこともあり、仕事とは「誰かのために働くこと」、どれだけ汗をかき、働くかが重要だという価値観を持っていました。

一方で、メンバーにとって仕事は、「家族を幸せにするためのもの」、いわゆる“ライスワーク”として捉えられており、これまで会社の存在意義について深く考える機会はほとんどなかったと思います。

「石川メッキ工業は、どんな人たちの集まりなのか」「どうすれば組織として存続していけるのか」といった多角的な問いを通じて、それぞれが改めて会社や仕事の意義に向き合ってくれたと感じています。

ーー参加された皆さんにとって、これまでにない思考の機会だったのですね。

鴻野:そうですね。普段は製造現場のプロフェッショナルとして働いているメンバーばかりなので、Web会議自体に慣れていませんでしたし、大企業の第一線で活躍してきた外部人材と協働することも初めてでした。最初は戸惑いや緊張感も大きかったと思います。

それでも、事前のワークショップや勉強会、個別セッションを通じて、会社と自分自身の目標を重ね合わせ、「会社としてどう動くべきか」「それが自分たちの賃金や家族の幸福にどうつながるのか」を主体的に考えるようになっていきました。

特に、全体プログラムから藤村さん・有田さんとの1対2の個別セッションに移行してからは、メンバー一人ひとりの意識変化がより顕著になったと感じています。

例えば、あるメンバーは「現場の肉体的負担をどう減らすか」というテーマで議論を重ねました。
設備投資をすべきか、そのためにはどう社内で説明・承認を得るのか。もし投資が難しければ、取引先と納期調整や交渉を行うことで負担を軽減できないか。

課題解決に向けた思考プロセスそのものや、現場視点と経営視点の違いを、一つひとつ実感しながら学んでいったように思います。

個々の課題や想いに丁寧に向き合ってもらえたことで、自分自身の目標と会社の目標が重なり、主体性が生まれていったのだと思います。 

カーボンニュートラル福井コンソーシアム「共に進める脱炭素経営~サプライチェーン全体で進める重要性と必要性」での鴻野氏登壇の様子
引用元:https://cnoffukui.com/news/added-value/


フラットな関係性で相談し合える「経営仲間」へ


ーー伴走支援を通じた具体的な変化や成果について教えてください。

鴻野: 一番大きな変化は、やはりメンバーの考え方です。

 以前は不満や不安を口にするだけで終わってしまうこともありましたが、今では「なぜそれが起きているのか」を本質的に掘り下げ、「どうすれば解決できるか」を多角的に考えるようになりました。

セッションを通じて、問いを立て、考え、言語化し、アウトプットするという思考の癖が身についたことが大きいと思います。

また、藤村さんや有田さんは事業開発・人材開発のプロである一方、製造業は専門外です。そのため、製造業特有の常識や課題を、こちらから噛み砕いて説明する必要がありました。

共通言語を持たない外部人材に理解してもらうために、論理的に説明し続けた結果、メンバーの「伝える力」も大きく向上しました。

その過程で、現場視点と経営視点の両面から物事を捉えられるようになり、不満や不安に直面しても前向きに受け止められるようになったと感じています。

ーー主体的かつ前向きに課題に向き合える組織になったのですね。

鴻野: はい。メンバーが私の目線を先読みして行動してくれるようになり、社内コミュニケーションの質は大きく向上しました。

 相談内容も、単なる許可申請ではなく、「会社の将来を踏まえた選択肢」や「どう思うか」と意見を求めるものが増えています。

個別案件の振り返りから人間関係の悩みまで内容はさまざまですが、どの相談にも会社としてのゴールや目的が据えられており、メリット・デメリットを踏まえた建設的な会話ができるようになりました。

結果として、社内課題への対応を安心してメンバーに任せられるようになり、私は営業活動や経営者同士の交流など、社外活動により多くの時間を割けるようになりました。


「みんなで幸せになる」ための全体最適という考え方

ーーその変化は、鴻野さんご自身の動き方にも影響しましたか。

鴻野:はい。私は以前から「みんなで幸せになろう」という目標を掲げてきました。

 中小企業が生き残るためには、従業員の幸福が不可欠だと考えています。安心して働き、安全に業務にあたり、気持ちよく家に帰る――そうした“全体最適としての幸福”が、事業の存続を支えると思っています。

正直、綺麗事に聞こえる部分もあったと思いますし、「そんなことは実現できない」と感じていたメンバーもいたかもしれません。それでも、会社の存在意義を同じ目線で考えるようになった今では、「綺麗事も目的の一つとして持っていていい」と感じてもらえたのではないでしょうか。

一人で突き進むより、皆で取り組んだ方が世界は広がる。

 フラットな関係性で議論し、間違いは間違いとして指摘し合える。そんな雰囲気をつくってきたことが浸透し、真の「経営仲間」として共感してくれるようになったことが、何よりの成果だと感じています。


忖度のない対話が、思考を磨き続ける。協働が生み出す「知識と経験のサイクル」

ーー伴走したプロ人材との取り組みを通じて、感じたことを教えてください。

鴻野: お二人は、物理的な距離があってもオンラインツールを巧みに使い、的確な宿題を通じて私たちの価値観をアップデートしてくれる、真のプロフェッショナルでした。

 助言はスピーディーかつ具体的でありながら、こちらに考えさせる余白も残されていて、月2回という頻度でも非常に密度の濃い時間だったと思います。

藤村さん、有田さんが大企業での経験や実体験を通じて共有してくださった具体例も印象的でした。大企業であっても、本質的な課題は中小企業と通じる部分が多いという気づきは、大きな刺激となりました。

外部人材が入ることで、新たな視点を得られ、自然と丁寧な言語化が求められる。これは、組織が成長するうえで非常に大きな価値だと感じています。

ーー最後に、協働日本へのメッセージをお願いします。

鴻野氏: 今後は、企業や業種の枠を超えた合同プロジェクトや、協働日本を利用している経営者同士が交流できる場を、ぜひ増やしてほしいですね。

 同じ石川県内でも、山岸製作所さんのように協働日本とともに成長している企業があります。そうした企業同士が学び合い、協業できる場が生まれたら、とても面白いと思います。

協働日本の支援を受けた企業が、次は別の企業の課題解決に関わっていく――そんな知識と経験の「良いサイクル」が生まれることにも期待しています。

 悩みを抱える後継者や、未来を真剣に考える経営者たちを、これからもぜひ支えてほしいです。私たちも、その一助となれるよう共に歩んでいきたいと思います。

ーー本日は貴重なお話をありがとうございました!

鴻野氏: ありがとうございました!

鴻野 健太郎 / Kentaro Kono

石川メッキ工業株式会社 専務取締役

石川県金沢市金石町出身。北海道大学工学系修士課程修了。
薬品メーカーでの営業技術職を経験後、祖父が創業した石川メッキ工業に2016年に入社。
製造実務・生産管理・品質管理・技術営業・人材採用のほか、デジタル化による
会社変革や、県内高校や県内外大学との産学連携事業に取り組んでいる。
さらに、めっき業界を含めたモノづくり業界の活性化のために、社外においても精力的に活動している。

協働日本事業については こちら

VOICE:協働日本CSO 藤村昌平氏 –「事業づくり」と「人づくり」の両輪–

STORY:株式会社山岸製作所 山岸晋作氏 – 協働日本は中小企業にとっての「最強の人事部」。変化に勝ち抜く地域企業の組織戦略とは –


新規事業STORY:地域資源の再編集モデル「GLOW UP」誕生秘話――話題の鹿児島「食×人×地域」コラボレーションイベントの裏側

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。

実際に協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、その推進のリアルについて、インタビューを通じてお話を伺っていきます。

今回は、協働日本の主催するイベント「かごしまチャレンジャーサミット」のスピンオフ企画として生まれたプロジェクト「GLOW UP」について、企画のプロデュースや伴走支援を担当した協働プロの四元亮平氏をお招きしてお話を伺いました。

「GLOW UP」は、若潮酒造株式会社、株式会社サカナカケル(出水田食堂)、株式会社下園薩男商店、有限会社 鹿児島ラーメン、株式会社オコソコなど、鹿児島を代表する食品事業者の経営者がフラットに集い、焼酎「GLOW」と地元の食材を掛け合わせた新しい食体験を提供する立ち呑みイベントとして発足しました。
食・人・地域が循環する、新しい地域活性のモデルケースとして県内外でも注目されています。

今回のインタビューでは、協働日本との取り組みで得た変化、参加メンバーの意識の変化、今後の展望について、率直に語っていただきました。

【本事例のまとめ】

地域の食の事業者が集まる機会はあっても、掛け合わせて新しいものを生み出すきっかけがなかった。鹿児島県の食品事業者5社が、鹿児島県が主催する「かごしまチャレンジャーサミット」をきっかけにつながり、焼酎「GLOW」と地元の食材を掛け合わせた立ち呑みイベント「GLOW UP」が誕生しました。

協働プロチームの伴走のもとで、異なる強みを持つ事業者が互いの魅力を引き出し合う共創の場を実現。地域資源を掛け合わせるという発想から、単独では生み出せなかった新しい地域活性のモデルが生まれました。

(取材・文=郡司弘明、山根好子)


きっかけは地域の経営者ネットワーキングイベント――“必然的な偶然”で生まれたチーム

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、改めてインタビューをお引き受けいただいた四元さんの自己紹介をお願いできますか?

四元亮平氏(以下、四元):よろしくお願いします。私は現在、PLAY Inc.の代表として、小売業界を中心にブランディングやマーケティング戦略の支援を行っています。「心が豊かになる買い物体験の創出」をビジョンに、小売業界で店舗開発からセールス、DXまでのワンストップ支援に取り組んでいます。

あわせて、協働日本のプロフェッショナル人材「協働プロ」の一員として、各地の中小企業や地域事業者のみなさんと、複数の協働プロジェクトに参画してきました。

ーーーーありがとうございます!協働日本は、地域の事業者と多様な専門人材をつなぎ、新しい挑戦を伴走支援していくプラットフォームですが、その中でも四元さんは、現場に入り込んで事業づくりや場づくりを一緒に進めてくださっているお一人です。
鹿児島県で四元さんが伴走されたイベント「GLOW UP」の取り組みが、いま県内でも注目されていると伺いました。取り組みの内容について詳しく教えていただけますでしょうか?

四元:GLOW UPは、鹿児島の“お酒と食”をもっと自由に、もっと楽しく味わってほしいという想いから生まれた、立ち呑みスタンド企画です。
協働日本のネットワークで繋がった県内の5つの事業者──下園薩男商店さん、鹿児島ラーメン みよし家さん、若潮酒造さん、だしとお茶の店 潮やさん、そして出水田食堂さんの共創企画です。
若潮酒造さんの焼酎「GLOW」を起点とし、それぞれの“こだわり”がひとつの空間に集まり、お酒と料理、会話と笑顔が溶け合う、特別な時間が生まれました。

おかげさまで、県内外の事業者様にも注目いただいているコラボレーションイベントですが、その立ち上がりの経緯もとてもユニークでした。

ーー企画発足のきっかけについてぜひ教えてください。

四元:きっかけは「かごしまチャレンジャーサミット」でした。「かごしまチャレンジャーサミット」は、鹿児島県主催、協働日本が企画・運営に協力しているイベントで、協働プロによるオープニングゲストトークや、鹿児島県内のチャレンジャー企業によるピッチ、県内外の参加者が織り混ざりイノベーションを目指すグループワークを行うなど、インプットとコミュニケーションの場になっています。

「業種業界を超え、参加者同士がゆるやかに繋がり、応援しあう」ことを目的としていることもあり、懇親会では参加者同士、それぞれの事業の話や次の挑戦について語り合う時間になりました。

実は、「GLOW UP」の企画も、そのときの会話をきっかけに生まれたものなんです。

※かごしまチャレンジャーサミット
鹿児島県が主導する「新産業創出ネットワーク事業」の一環として、2024年度に発足した「かごしまチャレンジャーサミット(通称:かごチャレ)」。公益財団法人かごしま産業支援センターと株式会社協働日本が企画運営を担い、県内外の参加者が互いの挑戦を知り応援し合うことで、事業創出のうねりを生み出すことを目指す取り組みです。


四元:
私も協働プロとして登壇し、「売れる店舗の作り方」について講演をさせていただいたこともあり、懇親会の場で、若潮酒造の上村さん、株式会社サカナカケルの出水田さん、株式会社下園薩男商店の下田さんと、それぞれのお店の話など雑談を重ねていました。

皆さん魅力的な経営者の方ばかりだったので、せっかくこういった場があるなら活かしたい、という思いが募り、最初は「皆さんのお店の店舗診断しましょうか?」という話をしたのが始まりです。

ーー飲食を中心とされた事業者の方ばかりですし、四元さんの店舗開発の支援はぴったりですね。

四元:はい。私ができることとして「より良い店にするために、皆さんの店舗の現状を見て診断・アドバイスしましょうか」という気軽な会話でしたが、話を聞いた鹿児島ラーメンの西さんも、「みよし家もぜひ見てほしい!」と話に乗ってきてくださって。

この話を協働日本の村松さんに相談したら、「面白いからぜひ同行したい。かごチャレのスピンオフにしよう!」と盛り上がり、一気に実現に向けて動き出しました。


ーーまさに「かごチャレ」というプラットフォームが生んだ、”必然的な偶然”ですね。少しずつ仲間が増えていった形だったのですね。

四元:その通りです。「店舗診断」の参加者が増えたことで、1泊2日の行程になったので、株式会社オコソコさんの宿泊施設「ふたつや」に泊めていただきました。

皆で食事をしながら、それぞれの店舗やプロダクト、サービスについての話で盛り上がりました。私自身も鹿児島に来て皆さんのお店を回る中で、その食の魅力、価値の高さに改めて気づかされました。

実は、イベントタイトルにもなった若潮酒造さんの焼酎ブランド「GLOW」とは不思議なご縁がありました。以前、大阪で「GLOW」を薦められて飲んだことがありました。今まで好んで焼酎を飲むことはなかったのですが、「GLOW」の、焼酎の固定概念を変えるような美味しさに驚いたのを覚えています。そして、かごしまチャレンジャーサミットの際に、皆さんとご飯にいった先のお店で「GLOW」と再会したんです。

普段、ファッション業界の事業支援をおこなっている私の視点から見ても、この「GLOW」は名前やパッケージが非常にキャッチーでアイコニックな商材だと感じていました。

熱意ある経営者の皆さんと共に「ふたつや」で語り合っている時に、ふと、そんな「GLOW」を中心に皆さんが提供する地元の食材を合わせ、さらに出水田食堂さんの場所を使えば、「いい空間に、いい人が集まり交流が生まれ、ファンから発信されていく」というイメージが湧いたんです。

お話をしてみたところ、皆さんとても乗り気で「ぜひやろう!」とその場で開催日程が決まったのが「GLOW UP」企画の最初の一歩でした。


経営者が直接企画・運営するイベント

ーー四元さんがコンセプトを提案された後は、どのようにプロジェクトが推進されていったのでしょうか。

四元:最初のコンセプトは、まず「GLOW」を中心にして、それに合うオリジナルの料理を出しましょうと決めました。

メニュー面に関しては、食材のプロである皆さんが主体となり、どんどんアイディアを出し合って進めていきました。私は、その皆さんのアイディアを聞きながら、イベントのキャッチコピーである「五感が踊る立ち呑みスタンド」などの言語化をお手伝いしました。

1つ提案させてもらったものとしては「かごチャレ」の熱量を、別のかたちで表現したいと考え、「立ち呑み」という業態にしようというアイディアです。立ち呑みならフランクに人との交流が生まれやすく、好きなときに来て好きなときに帰れる。このスタイルが、参加者同士のコミュニケーションを促進する座組みになると考えました。

コンセプトを「食べて飲む楽しさだけでなく、人と会ったり、人の五感を刺激する場所」と定めることで、単なる飲食イベントではない、「GLOW UP」ならではの価値が明確になっていきました。

年齢差はあれど、集まった経営者の方々はお互いにリスペクトし合っていて、皆さんフラットなんです。ディスカッションはとてもスムーズで面白く、前向きにどんどん進んでいったのが印象的でしたね。

ーー経営者自らが企画・運営を行うというのは、非常に珍しい座組みですね。

四元:そうなんです。皆さん本当に魅力的な方ばかりで、面白いアイディアがたくさん生まれました。ただ、初回はメニュー開発などに意識が集中しすぎたことで、集客がやや遅れてしまうなど、プロダクトに議論が寄ってしまう一面もありました。

「GLOW UP」のイベントは予約制にしたのですが、時間帯によって埋まる部と埋まらない部が出てきて、思ったより甘くないな、と。

そこで、イベントの告知を1回で終わらせずに何度もアナウンスすることや、個人的に声掛けをするなど、マーケティングや集客についての動き方も考え、実行してもらいました。皆さまお忙しい中にもかかわらず、個別でのご案内や告知にご協力いただいたことで、取り組みの輪が大きく広がっていきました。
その結果、開催するたびに満席となり、これまでに延べ210名の方にご参加いただくことができました。


地域の事業者同士がお互いを深く知り、強みを掛け合い、顧客の体験価値を上げていく、新たな地域価値の高め方

ーー「GLOW UP」という取り組みを通じて、四元さんが感じたことや成果、参加企業の皆様の変化などについて教えてください。

四元:3回目の「GLOW UP」の打ち上げのとき、誰かがポロッとこぼした言葉が印象的でした。皆さん業界内での繋がりはあったものの、実はこれまでそこまで親しくしているわけではなかった、と。プロジェクトの進み方やコミュニケーションがとてもスムーズだったので、元々深い繋がりがあったものだとばかりに思っていたんです。

実際には「GLOW UP」を通して、事業者同士がお互いのことを深く知り、各社の持つ強みや技術といった、お互い社名やプロダクトを知っていても掴みきれていなかった「いいところ」を深く認識し合うことができたのです。これは、「ありそうでなかった」形の地域資源の再編集の場として、非常に大きな意味を持つと感じました。

また、成果という意味では、イベント参加者がお店を出た後の「体験」設計について助言させていただき、途中からイベント中に物販を導入したんです。

ーー「体験」の設計について具体的に教えていただけますか?

四元:はい。物販の目的は、単に売上の底上げだけではありません。ものがあることで、お客さんは家に帰ってからもイベントの体験を思い出し、再びその体験を再現できます。

さらに重要なのは、「受けた体験価値を誰かに渡せる」という点です。人に喜んでもらうという無条件の嬉しさを感じてもらうことで、体験価値をより高める設計になるということを提案させていただきました。

実際に物販では約20万円の売上にもつながりましたが 、それ以上に、お客さんが商品を持って帰ることで、ネットで事業者のことを調べたり、アクセスしやすくなったりと、「美味しかった」で終わらせない次の行動を促す設計を初めてできたことが、大きな成果だと感じています。


四元:この協働の取り組みを通じて、個人的に新しい発見や、頭の中にあった経験値が結びつき、より豊かな発想になったと感じています。

例えば、「お店に行くのに二次交通として車必須」などローカル特有の弱点があります。
ユーザーにとってのハードルとなりうるこの課題をどう克服するか考えた時、移動自体をエンターテイメントにする「来場まで」の体験価値の設計が必要だと気づきました。
目的地に着くまでのワクワク感を高めることで、移動の大変さ・ハードルを下げていく。こういった設計を鹿児島という地域全体で行っていくことで、単に商品や物販だけではない、地域全体のブランド価値を高めることに繋がるんじゃないかと感じ、協働先の皆さんと様々な企画に落とし込めるように挑戦中です。

協働日本の「かごチャレ」は、選りすぐった人数でやっていて、規模よりも質に目を向けているのが良い点だと改めて感じました。異業種の方が多く、彼らは「鹿児島」という地域全体、すなわち「面」としての価値を上げれば、自分たちの価値も上がるという広い視点を持っているように感じます。そういった地域の事業者の活動を、鹿児島県という行政が応援してくれる形になっているのもいいですね。

「GLOW UP」後に地域の事業者や行政の方に向けて取り組みをご紹介させていただく機会も生まれ、ありがたいことに新しいコラボレーションの形として注目していただいています。


ーー今回の取り組みが注目されている背景にはどのようなことがあると感じられていますか?

四元:どの地域も、地域資源の見せ方については試行錯誤していると思います。1つ1つの点が強くても、面として地域の魅力が伝わらないと悩んでいる地域も多いのではないでしょうか。

今回の企画「GLOW UP」は、まさに鹿児島の魅力「食×人×地域」の情報循環のモデルケースになり得ると思っています。焼酎だけ、アジフライだけ、ラーメンやお茶だけ…と、単体では人を集めるにあたっての独自性が強くなくても、それぞれの強みを掛け合わせることで、その地域独自の強みとなります。

これを「食×人×地域」の“再編集”と表現しているのですが、地域の魅力を足し合わせるのではなく、それぞれの掛け合わせによってさらに魅力を強く見せていけるのです。
そして、各社のファンが集まり交流することで、その強い魅力を体験し、発信してもらえる。情報の循環が生まれていきます。

「GLOW UP」で生まれたこの循環モデルが、協働日本のネットワークを使って全国の違うローカルプラットフォームでも展開していくきっかけになればと思っています。

地域には、素晴らしい人材や価値の高いものを持った事業者がたくさんいます。しかし、普段は競合や他業種で接点がありません。協働日本は、質の高い人材を集め、地域を越えたフラットな情報網と人と物の流通を作れるという、他社にはない圧倒的な強みを持っています。

この強みを活かして、地域の事業者さんが自分の価値を伝えたり、引き出してもらったり、あるいは繋げてもらったりするために、もっと積極的に協働日本のプロ人材を活用できるような仕組みができると、非常に面白いと思います。「必然的な偶然の出会い」を意図的に作り出すフレームワークが、協働日本のネットワークの中でもっと強化されていくといいなと考えています。

地域創生の課題を乗り越える、「GLOW UP」のような取り組みが、今後、同じような課題を抱える地域にとっての地域活性化のロールモデルになっていくことを期待しています。

ーー貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!


参加企業の声

株式会社サカナカケル
代表取締役 出水田一生 様

「GLOW UP」の企画を実施してみて
お客さんが喜ぶことと自分たちがやりたいこととのバランスを取ることや、

コンセプトやテーマ決め、見せ方・伝え方といった企画設計の一連の流れに加え、オペレーションや収支面などの運営まで、幅広い設計が求められる、とても挑戦的な取り組みでした。

結果として、それぞれの人脈を生かし、立ち呑みという場で人と人が出会い、交流や新しいものが生まれる、そして自分たちがチャレンジしたいと思っていることを試せる場となりました。

今後は、GLOW UPの知名度が上がることでさらに関わる人が増え、このパッケージをPOP-UPや県外での展開、商品開発など、さまざまな形で広げていきたいと考えています。


地域の事業者同士での協業を始めてみたいという方へのメッセージ
まずは新しいことをやりたいという人と出会い、想いを話すことかなと思います。
特に同業種じゃなければ面白い化学反応が生まれます。そして、それぞれの強みを生かして作り上げていくのがいいと思います。(商品開発、マーケティング、企画運営、プロマネなど)

若潮酒造株式会社
取締役 上村曜介 様

「GLOW UP」の企画を実施してみて
自分たちで主催するイベントなので、ゼロから企画し集客する難しさも知ることとなりましたが、5社のノウハウを合わせることで、できることの幅が広がったと感じました。

コラボによるペアリングやカクテルなど新しい飲み方の提案にも繋がり、各社のファンと5社がつながることも大きなメリットだと感じました。
2回目からは社員にも参加してもらうことで、ビジョンの共有やモチベーションの向上にもつながった実感があります。

今後は県外展開も行っていきたいです。


地域の事業者同士での協業を始めてみたいという方へのメッセージ
イベントのPRや売上などの効果も大きいですが、協業することで、お互いのできることが広がったり、それぞれの会社の状況や仕事の進め方などを知ったり、相談することもできる学びの場にもなっていて、本当にありがたい機会になります。

株式会社下園薩男商店
清涼飲料水事業部 下田佳奈 様

「GLOW UP」の企画を実施してみて
それぞれの企業の代表の方々が中心となっているので、打ち合わせ、事前準備などのスケジュールを合わせることはなかなか容易ではありませんでした。
清涼飲料水事業からの観点でいくと、若潮酒造さんとコラボしたことで、お酒との繋がりや組み合わせができたのはとても可能性が広がり感謝しています。

また、お酒では料理とのペアリングに焦点が当てられることが多いのですが、クラフトドリンクでは、そもそもペアリングという視点があまり持たれていません。そこで、お酒との組み合わせはもちろん、各代表の方々、そして四元さんからの意見などがとても参考になりました。

弊社の商品では、原料やレシピにストーリーを作ることができるので、その自由度や独創性の高さを強みに、今後もGLOW UPのようなコラボイベント限定のドリンクなどを作り繋がりを広げていきたいです。


地域の事業者同士での協業を始めてみたいという方へのメッセージ
私自身も、「ノンアルドリンク作れます!焼酎が大好きです!」と声をあげたり、「かごチャレに参加する」という行動をしなければ今回の企画には参加できていなかったと思います。
これからも同じように熱い気持ちを持った方々に繋がっていけると嬉しいです!

株式会社オコソコ
代表取締役 蔵元恵佑 様

「GLOW UP」の企画を実施してみて
新しい取り組みではありましたが、大変なことは特にありませんでした。むしろ毎回それぞれの会社の強みを活かして新しい挑戦ができることにワクワクしました!

今回の企画を通じて気づいたこととして、お茶と焼酎の可能性があります。焼酎のGLOWと知覧茶の相性がとても良く、炭酸割りにして飲むと最高でした。いつものお茶の飲み方とは違い、アルコールとの相性による新しい可能性をこれからもどんどん追求したいです。

同じように、若潮酒造の「跳ねる一日」と下園薩男商店の「メロンシロップ」とのコラボで実現した、メロンソーダもお茶の味だけでなく視認性でのコラボも新しい発見でした。

四元さんが、毎回企画段階から実際の運営のサポートをきめ細かにしていただく中で、常に顧客思考、顧客目線でいろんなアドバイスをしてくださることは、とても学びになるし、このイベントをやりたいと思える1つの要素だと思います。


地域の事業者同士での協業を始めてみたいという方へのメッセージ
協働や協業も、すべては各社の戦略次第だとは思いますが、いろんなチャレンジの先に、新しい顧客へのつながり方もあると思います!
他社さんの取り組みがそのまま自社の取り組みにも応用できることも多いので、是非ともチャレンジしてみてください!

有限会社鹿児島ラーメン
代表取締役 西洋平 様

「GLOW UP」の企画を実施してみて

その場にいたのが面白いメンバーばかりでしたし、自分たちでイベントを立ち上げてみたいと考えていたので、良い機会でした。自分でイベントを立ち上げるにしても集客・告知に不安があったのですが、信頼できるメンバーだったので心強くて手を挙げることができました。

鹿児島ラーメン みよし家の鹿児島市内での認知が低いと考えていたことと、みよし家はよくも悪くも昔ながらの飲食店なので、GLOW UPのようなチャレンジングで尖ったイベントではみよし家のファンに出会うことはないだろうと感じていたのですが、ありがたいことにほぼ各回でファンの方に出会い、フィードバックをいただける機会にもなり本当にありがたかったです。

県外でのイベントもそうですが、各メンバーの地元での開催(阿久根、鹿屋、志布志、頴娃、福山)を成功させて、鹿児島県内にGLOW UP旋風を巻き起こしたいです。


地域の事業者同士での協業を始めてみたいという方へのメッセージ
GLOW UPも協働日本の四元さんの「コラボとかしないんですか?」というふとした一言をその場にいるメンバーが面白がって始まったのがきっかけだと認識しています。日々の仕事は忙しいですが、特に現状を打破したいと思っている方は信頼できる他社との協業は自社の経営にとってもサービスにとってもプラスになると思いますので、きっかけがあればぜひ掴んで、協業してみると面白い未来が待っていると思います!


四元 亮平 / Ryohei Yotsumoto

マーケに強いToCセールス戦略コンサルタント。

UGG、BURTON、Leeなど現在まで数多くのブランド支援の実績を持ち、アパレル業界だけでなくBMW japanやTOYOPETなど他業界でも「マーケで強くするセールス戦略」を提供しながら、企業やブランドの売上を向上させる重要な「ヒト.モノ.ウツワ」の価値を最大化し、売上向上と同時に顧客の心が豊かになる買い物体験の提供を支援する。

また有力商業施設でのスタッフ研修や、ビッグサイトで開催されるアパレル最大級の展示会「FaW TOKYO」でのセミナー登壇、メディアでの執筆や文化服装学院の非常勤講師も務める。

2020/9にデジタルセールス入門書「スマホ1つで最高の売上をつくる接客術」をKADOKAWAから出版。webメディア「Eczine」アパレル業界誌「ファッション販売」など連載実績も多数。

協働日本事業については こちら

VOICE:四元 亮平 氏 -想いを持つ方を支える「名脇役」として。マーケティングを通じた地域企業の価値の再発掘と成長を目指す。-

STORY:有限会社鹿児島ラーメン 西 洋平 氏 -DX化と組織開発に取り組み、成功循環モデルで利益目標達成へ-

STORY:株式会社イズミダ 出水田一生氏 -若手社員が経営視点を獲得。未経験から会社の中核人材へ-

STORY:若潮酒造株式会社 上村曜介氏 – EC売上1,000万円増。お客様が魅力を語り出す!ファンコミュニティ創出の裏側 –

マーケティングSTORY:丸七製茶株式会社 鈴木成彦氏 – 変化する経営課題に最適な人材を組み合わせ、成果を重ねてきた協働プロジェクト。「お茶の未来」を創造するブランド戦略とは –

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。
今回は、丸七製茶の鈴木成彦氏にお越しいただきました。

丸七製茶は、創業1907年の静岡の老舗製茶メーカー。日本茶を主軸に、スイーツ開発まで手がける「製造から小売までの一貫体制」を強みに掲げています。

協働日本とは2021年から4シーズンにわたり、①高級ボトリングティーのコンセプト設計、②EC/動画発信、③社内SNS活性化、④東京拠点リニューアル(カフェ併設)まで、多岐にわたる取り組みをともに進めてきました。

本インタビューでは、協働日本との取り組みで得た変化、組織としての意識変容、今後の展望について、2021年から伴走している協働プロの郡司弘明氏も交え、率直に語っていただきました。

【本事例のまとめ】

新しい取り組みを次々と考えるが、壁打ちできる相手がおらず、判断を一人で抱え続けてきた。静岡県の老舗製茶・丸七製茶株式会社は、2021年から4シーズンにわたって協働プロチームの伴走を継続。高級ボトリングティーのコンセプト設計、EC・動画発信、社内SNS活性化、東京拠点リニューアルと、フェーズごとに最適な協働プロを組み合わせながら取り組みを重ねてきました。

「相談や壁打ちができる存在がいることで、一人では出せなかった答えに辿り着ける」と代表の鈴木氏が語るように、変化が積み上がっています。

(取材・文=山根好子)

“相談相手不在”の連続意思決定。そのとき見えた「伴走」の価値

ーー本日は丸七製茶株式会社 代表取締役社長の鈴木成彦様と、協働プロの郡司弘明さんにお越しいただきました。まずは、協働日本との出会いについてお聞かせください。

鈴木成彦氏(以下、鈴木):ご縁があり、協働日本代表の村松さんと知り合いました。「中小企業の社長に伴走する」という考えに強く共感し、当社でも支援をお願いしたいと思ったのが始まりです。

ーー協働日本の「伴走支援」は、御社のプロジェクトにどのようにフィットしたのでしょうか。

鈴木:中小企業の社長は、結局のところ一人で何でもこなさざるを得ない場面が多い。かつては学生時代の友人に相談したり、一緒に構想を練れましたが、年々それも難しくなっていました。そうした中で第三者の伴走という進め方を知り、有効な選択肢だと感じました。相談や壁打ちができる存在がいることに、大きな魅力を感じたのです。

ーーこれまでのプロジェクトを順にご紹介いただけますか。

郡司弘明氏(以下、郡司):2021年から、4シーズンご一緒しています。

鈴木:もうそんなに長いお付き合いなのですね。
各プロジェクトで異なる協働プロをアサインしていただきましたが、郡司さんには一貫してプロジェクトマネージャーとしてご支援いただいています。

郡司:まずシーズン1では、新発売のボトリングティーのコンセプトデザインやコンセプトメイクを一緒に壁打ちさせていただきました。

ここでは協働日本CSOの藤村昌平さんに加わってもらい、風呂敷を大きく広げるところからコンセプトを深掘りしていきました 。

また、写真家のたかはしじゅんいちさんとのプロジェクトも協働日本がきっかけで立ち上がりました。NFTアートと抹茶を使ったチョコレートの同時発売という、当時としては非常に先進的な取り組みでしたね。


郡司:続くシーズン2では、「CBT(Craft Brew Tea)」というボトリングティーのECサイトの立ち上げを行いました。

ブランドサイトの制作と、YouTubeやSNSを活用した動画でのコミュニケーションを並行して実施しました。

ーー「CBT」のサイトには「食事と共にワイングラスで楽しむ日本のお茶」「茶葉の個性を味わう、食事彩る日本茶」など、まさに高級ボトリングティーとしてのコンセプトや提供イメージへのこだわりが詰まっていますね。

鈴木:そうですね。海外のレストランで、無料のお水と有料のお水のメニューがあるように、お茶に関しても、良いものにお金を払って楽しんでいただきたいという想いがありました。食事の際のノンアルコールドリンクの新たな選択肢としてのブランディングのこだわりを、協働プロの皆さんと一緒に表現していくプロジェクトでした。

高級ボトリングティー「CBT」- ECサイト


鈴木:シーズン3では、社内のSNSコミュニケーションがテーマでしたね。社員のSNSへの感度やアンテナの高さに課題があると感じていたため、全社的に社員を巻き込み、SNSのリテラシーと発信力を高めていくためのマルチ勉強会を半年ほど行いました。この取り組みから、丸七製茶の自社noteが立ち上がり、社員一人ひとりが個人のSNSアカウントで発信することで、営業時のコミュニケーションの質が向上したり、店舗業務への他社員の理解が深まるなど、ポジティブな影響がありました。プロ人材としては、地方メーカーのSNSプロモーションの支援実績が豊富な浅井南さんに加わってもらい、個別のSNS投稿の添削なども行っていただきました。



郡司:そして直近のシーズン4が、東京事務所の移転プロジェクト並びに、店舗のカフェメニュー開発プロジェクトです。単なる事務所ではなく、1階にカフェと物販を併設し、情報発信基地や人的交流の生まれるスペースとして活用していくというコンセプトの構築を行いました。また、カフェの立ち上げにあたって目玉となるカフェメニューの開発もご一緒させていただくことになりました。

そこで、このプロジェクトでは老舗食品企業との協働実績が豊富な相川知輝さんと、大手外食チェーン等で商品開発実績のある松尾琴美さんという2名のプロにジョインしてもらいました。

ーー4シーズン全てテーマが違いますね。

鈴木:そうなんです。プロジェクトのテーマがシーズンごとに変わる中で、都度、そのテーマに最も適したプロ人材でチームを組成していけることが、協働日本の強みであり、長くお付き合いさせていただいている理由の一つになっています。例えば、シーズン4の途中でカフェでの新商品開発という文脈になった際、すぐに商品開発実績のある松尾さんに加わってもらうといった、柔軟なチーム組成をしていただきました。

郡司:丸七製茶さんの向き合う課題の優先度が、企業フェーズに合わせて変わっていく中で、私たちもメンバーの強みを組み替えられたのは良かった点ですね。

鈴木:そうですね、協働日本にはいろんな人がいますから、課題に合わせて「こんな人いない?」と相談できるのがすごくいいですね。

売上の変化だけではなく、ブランド価値そのものに向き合っていく

ーーこれまでの取り組みの中で、特に大きな成果や変化についてお聞かせいただけますでしょうか。

鈴木:定量的な成果としては、ボトリングティー「CRAFT BREW TEA(CBT)」の売上が、協働をスタートした2020年当初と比べて、約200%に伸びています。

郡司:200%とはすごいですね。

鈴木:ただ、単なる数量や金額よりも、ブランド価値としての成果が大きいと感じています。今では、日本にあるミシュラン店の1割以上、そして国内外のラグジュアリーホテルの大半と取引できるようになっています。
かつてはお茶は「無料」が当たり前で、日本茶でお金を取るというのは考えにくい時代でした。しかし今、当社のブランド商品が、日本の高級料理店やホテルに流通しているという存在感こそが、歴史的になかった価値だと感じています。

ーープロジェクトを通じてお茶に対する社会的評価を高める一助を担われているのですね。

鈴木:はい。他のボトリングティーはEC販売で高級品として手作りで売られているものが多いのですが、当社の場合は、飲食店で扱ってもらうための価格帯(1本5,000円以下)を維持しつつ、安定した高い品質で供給できる体制を整えています。これがホテルなどで扱われる上での大きな強みになっています。

郡司:まさにおっしゃる通り、お酒などのように、“お金を払って”お茶を飲むという文化をつくる挑戦の中で、CBTは“新しいお茶の市場そのもの”を切り拓いていますよね。

鈴木:また、SNSの取り組みは、社員のデジタルスキルやビジネスパーソンとしてのレベルアップのきっかけとしても重要だと捉えています。地方企業は車社会で、社会的な交流が少ないという背景があります。特に高校卒業後すぐに就職した若い層にとって、企業人としての外部との交流機会が不足していることが課題だと考えています。

郡司:地方で課題を抱える経営者の方は、鈴木社長と同じ悩みを抱えている方が多いですね。外部の風を吹かせたい、社員の話し相手になってほしい、というニーズが非常に高いです。協働日本のプロ人材が外部の「よそ者」として入ることで、社員の方々が外部と繋がったり、社内だけでは生まれないアイデアやマインドの変化が起こることに期待されている。ある種の「接着剤」のような役割も担っているのかもしれません。

鈴木:そういった、社員が外に目を向けるためのコスト投下は、ROI(投資対効果)が見えづらいため、なかなか決断しにくいと思うんです。しかし、若い頃にどんどん外に連れ出したり、外部のプロと壁打ちさせて成長させることが、中長期的に見て必ず良い仕事に繋がると私は確信しているので、協働日本さんとの取り組みを継続しているという面もあります。

郡司:ご支援させていただく中で、社長の期待に応えようと社員の方がしゃかりきになって成果を出されるケースも協働日本には多いですね。結果として「自分だけでなく、社員にも伴走してもらえたことで大きな変化が生み出せた」とおっしゃっていただくことも多いです。

鈴木:また、直近の成果としては、東京事務所移転プロジェクトで誕生した“抹茶研究所”があります。“抹茶研究所”は売り込みに行く営業ではなく、潜在需要のあるお客様に来ていただくための情報発信基地です。物販の売上は、以前の事務所が安売りだったのに対し、現在は定価販売で売上は150%になっており、利益ベースではさらに大きな成果となっています。浅草橋という立地と、“抹茶研究所”というブランディングが功を奏しているのではないかと感じています。


鈴木:店頭のイートインスペースでのカフェメニュー開発では「抹茶マンタロー」も誕生しました。夏のパリのカフェで定番のミント水「マンタロー」に着想を得て、伝統的なミントの爽快さと抹茶の奥深さを結びつけて生まれたメニューです。伝統を大切にしながらも、時代と共に進化し続ける抹茶の新しい可能性を提案できる、当社らしいメニューになったのではないかと思います。

イートインスペースで提供する新商品開発のプロジェクトで生まれた「抹茶マンタロー」


プロジェクト継続が外部との「接点機会」を形成。社内に新しい風が吹き込む

ーープロ人材の活用を通じて、率直に感じたことを教えてください。

鈴木:やはり、いろんな意味で人が交流するところで何かが生まれていると感じています。皆さんといろいろ議論しながら方向性を探る中で、ふと、思いもよらないようなキーワードが出てくることがあり、「それ面白いね」「これ誰か一緒にやってくれる?」と相談できる機会が、とても大事だと思っています。

ーー先ほどお話いただいた「人が交流する」ことの醍醐味かもしれませんね。

鈴木:そうですね。同じ方向性を向いて集まったメンバーで行う雑談では、得られる情報も意外と多いと感じています。情報化社会の中ではとにかく情報が多すぎて、自分にとって必要な情報を得ることが意外と難しいのですが、プロ人材には情報感度の高い方が多いため、最近こんな新しいサービスが始まった、というお話や、こんな事例がありますといった情報との「接点」を提供してくれます。こういった「接点」を作る役割を担って頂けることも、非常に重要だと思います。

そもそも新しい事業、プロジェクトを組んでも、成功するのはごく一部というのは当たり前だと思っていて、むしろ実行し続けていく中で次の打ち手が生まれることに価値があると考えています。協働日本では、大手企業の第一線で成果を出している現役の方をプロ人材としてアサインしていただけるため、「こんなことをやりたいのだけど、一緒にやってもらえる人はいないですか?」と相談したときに、適切な人材を紹介していただき、継続的に様々なことにチャレンジできることが魅力的です。事業や環境が変化していく中で、熱意溢れる優秀なプロ人材にいつでもアクセスできる機能は、非常に価値があると感じています。
スポットコンサルではなく、プロジェクトを「自分事」として捉え、一緒に伴走してくれるプロの存在が、社内に前向きな変化を生み出しているのだと思います。

熱意ある優秀なプロ人材と企業を繋ぐ。人と人との接着剤となる協働日本

ーー最後に、協働日本へのメッセージや、今後の期待をお聞かせください。

鈴木:今後もやりたいことは次から次へと生まれてくるのですが、なかなか社内に人的リソースがないというのが現実です。だからこそ、「こんな人いない?」と相談し、紹介していただける機能は、ありとあらゆる中小企業で必要とされていると思います。

協働日本さんには、今後ますます中小企業が頑張っていくためのレベルアップに貢献してほしいです。

「この人によりプラスになってほしい」というお互いの思いが、人と人の関係性から新しいものを生み出すような気がします。協働日本さんがそういった「接着剤」のような役割を果たし、私たちもそれを活用して、今後も進化していければいいなと思っています。

郡司:ありがとうございます、今後ともよろしくお願いいたします!

鈴木:こちらこそ、よろしくお願いいたします。


鈴木 成彦 / Shigehiko Suzuki

1964年生まれ。商社勤務を経て1989年丸七製茶㈱入社し、現在代表取締役社長。

90年半ばより日本茶が栽培されているすべての茶産地を把握すべく全国各地の茶産地視察を始める。
同時にテイスティング用語を豊かにするためにワインを学び始め、利き酒師、ビールテイスター、スペシャリティコーヒー協会に加盟しコーヒーマイスターなどの資格を取得するなど日本茶だけでなく幅広い飲料、食品の知見から日本茶の商品開発などを行う。

日本茶インストラクターだけでなく、ワインサロンにて日本茶講師を務めるなど日本茶の消費拡大などにも精力的に活動。

2025年度、静岡県茶商協同組合の副理事長、日本茶審査技術競技大会において高段位を授与された39名で構成される日本茶鑑定士協会会長に就任。

協働日本事業については こちら

VOICE:松尾 琴美 氏 -食を通じて、皆の幸せを実現する。ワクワクして前に進めるきっかけ作り-

VOICE:たかはし じゅんいち 氏 -パートナーの想いを形にする、「一歩先の写真」を追求-

VOICE:協働日本 相川 知輝氏 – 日本のユニークな「食」の魅力を後世に伝えていきたい –


マーケティングSTORY:若潮酒造株式会社 上村曜介氏 – EC売上1,000万円増。お客様が魅力を語り出す!ファンコミュニティ創出の裏側 –

実際に協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのようにプロジェクトを推進しているのか、インタビューを通じてお話を伺っていきます。

今回は、鹿児島県志布志市で焼酎を製造する若潮酒造株式会社 取締役の上村 曜介(かみむら ようすけ)氏にお越しいただきました。若潮酒造は、1968年に地元に5つあった小さな蔵が合併して設立されました。以来、地元志布志市の「日常酒」として愛される焼酎を造り続けています。

今回のインタビューでは、地域に根差した伝統的な酒蔵が、協働日本とのプロジェクトを通じてファンベースのマーケティングに舵を切り、組織として大きな変革を遂げたストーリーを、上村氏の言葉で率直に語っていただきました。

【本事例のまとめ】

鹿児島県志布志市の焼酎蔵・若潮酒造株式会社は、地元中心だった販路を全国・海外へと広げる挑戦に取り組みました。地元消費が縮小する中、全国・海外への展開を目指すも何から始めればいいか分からないという状況がありました。

そこで、協働プロチームの伴走を通じて、足を運んでくれるファンへのインタビューから顧客の本質的な価値を言語化。ファンコミュニティの形成へと舵を切り、来店数が1.5倍に増え、EC売上が1,000万円増加しました。

(取材・文=郡司弘明・山根好子)

「地元酒」を全国、そして世界へ。ターゲット拡大を目指して

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、協働日本との出会いについて教えてください。

上村 曜介氏(以下、上村): 鹿児島には「日常酒」という文化があり、地元の焼酎は地元の蔵が造り、地元の人たちが飲むという伝統があります。若潮酒造でも設立以来、志布志市の日常酒を造り続けてきました。しかし、人口減少や高齢化に伴って地元の消費は年々減っていました。

そこで、地元だけではなく、全国や海外でも飲んでもらえるような新商品の開発や、酒蔵を観光コンテンツとして活用し、地域との関係人口を増やす取り組みを徐々に始めるようになっていきました。
具体的には、蔵見学や直売所の設置、最近では焼酎のブレンド体験ができるコンテンツを作るなど、新しい挑戦をしてきました。

酒蔵という場所は人を呼べるコンテンツでもあるので、地元の人に飲んでもらうだけではなく、県外・海外からも足を運んでもらえる取り組みを進めていました。より「産業観光」に注力して伸ばしていきたいと考えていたときに、ちょうど鹿児島県の事業で協働日本との取り組みを知り、専門家の支援を受けたいと思ったのがきっかけです。

志布志市の若潮酒造の蔵元では、オリジナル焼酎を作れるブレンド体験ができる。
ーー県の事業がきっかけだったんですね。こういった「プロの伴走支援」のスタイルには、最初から抵抗はなかったですか?

上村: 実は以前から、副業人材の方にマーケティングやブランディングを手伝ってもらっていたので、抵抗感はありませんでした。協働日本さんは議事録やスケジュール調整まで、サポーターの方のバックアップ体制がしっかりしていて、非常にありがたかったです。

すでに県内で協働日本とのプロジェクトを進めていらっしゃった株式会社イズミダさんや、株式会社オキスさんなどからの紹介もあり、安心して始めることができました。

「ファン」との対話から見えた新たな活路

ーー協働がスタートしてから、実際のプロジェクトはどのように進んでいきましたか?

上村: 最初は「産業観光をどうするか」というテーマでスタートしました。協働プロとしては、藤村昌平さん(協働日本CSO)、渡辺勝弥さん、協働サポーターとして細川謙一さんに入っていただきました。当初は「産業観光」のロードマップ策定や現状の改善ができたらと期待していたのですが、協働プロの方から「今、すでに志布志まで足を運んでくれるファンの方がいること自体がすごい」「わざわざ志布志まで来てくれる人はどんな人なのか、インタビューしてみたらどうか」というアドバイスをいただきました。

志布志は鹿児島県の中でもアクセスが良い場所ではないので、わざわざ足を運んでくれる人には何か特別な理由があるはずだと。そこで実際にアンケートやインタビューを実施したところ、若潮酒造のお酒に熱い思いを持つ「コアなファン」の存在が明らかになったんです。

ーーそこで方向転換されたのですね。

上村: そうです。「産業観光」よりも、若潮酒造の「ファン施策」に注力した方が良いのではないか、という話になりました。ちょうどその頃、若潮酒造のお酒を飲んでファンになったことがきっかけで入社してくれた地元出身の女性社員がいたので、早速プロジェクトに合流してもらい、一緒に取り組みを進めました。

ーーご自身が若潮酒造のファンという社員の方もファンマーケティングに携わってくださるなんて心強いですね。具体的な施策についても教えていただけますか?

上村: ひとつは、新しいSNSアカウントの立ち上げです。これまでは一方的な情報発信が中心でしたが、双方向のコミュニケーションができるプラットフォームを目指しました。商品開発の裏側の動画や、インスタライブで楽しみ方や飲み方の提案を発信するようにしたのですが、新アカウントのフォロワーは1,000人程度にも関わらず、コメントやDMでのリアクションは、既存の企業公式アカウント(フォロワー6,000人)よりも圧倒的に多く、コアなファンの存在が可視化されていきました。

今までは酒屋さんを通しての販売がほとんどで、飲み手との接点は少なかったのですが、こうやって直接飲み手の方と繋がることができ、「どんな人が自分たちの焼酎を好きになってくれているのか」が見えるようになったのは大きな変化です。

ーーDMで心温まるメッセージが届くこともあったとか。

上村: そうですね。毎年メッセージをつけて販売している焼酎があるのですが、「そのメッセージに救われました」といった声が届くこともあり、心が温まりました。そして、もう一つの施策として、そんな熱意のあるコアなファンの方々をアンバサダーとして迎える「アンバサダー制度」の立ち上げを行いました。この8月から運用をスタートしたばかりです。

ーーアンバサダー制度の立ち上げは、一体どのようなことがきっかけだったのでしょうか?

上村氏: 協働プロに協力していただいて実施したファンの方へのインタビューで、「若潮酒造のお酒の良さを周りに伝えたいけど、同じ熱量で語り合える人がいない」という声を聞きました。そこで、若潮酒造ファンの人たちが集まって語り合える場・コミュニティを作ってはどうか?というアイディアが出たんです。

ーーなるほど。新たな取り組みだったと思いますが、制度の立ち上げの中で壁になった部分はあったのでしょうか?

上村: やはり、『誰を対象に、なぜ今制度化するのか』といった基準・理由づけの整理に時間を要しました。

新しい商品を飲んで感動して蔵にお越しになったコアファンの方も多く、元々若潮の焼酎を飲んでいた、つながっていた人たちはアンバサダーではないのか?なぜ新たに増えたコアファンが中心になるのか?などのレギュレーションを決めていくのには、少し時間がかかりました。

この8月から制度がスタートしたという流れになります。

活動内容としては、コアな若潮酒造ファンを6名くらいアンバサダーに認定、年に1〜2回蔵に来ていただいたり、自社のお祭りである「新酒祭り」でブースを手伝ってもらったり、オンラインで飲みながら語り合う会を開催したりという活動を予定しています。また、すでに自発的に知り合いにお酒を薦めてくれたり、イベントを開催してくれたりする方もいて、とてもありがたいです。

ファンマーケティングがもたらした、数値と意識の大きな変化

ーープロジェクトを通じて生まれた具体的な成果や変化についても教えていただけますか?

上村: そうですね。先ほどお話しした、ファンとの交流用のSNSの開設・運用や、アンバサダー制度の開始自体が一つの成果だったと考えています。SNSでも誘客に関する発信や、焼酎のブレンド体験などの独自コンテンツの発信を進めていったこともあり、売上に関してはオンラインショップと直売所の売上が大きく伸びました。
直売所は、来てくださるお客様の人数が年間で、約2,000人から約3,000人と1.5倍に増えました。オンラインショップの売上は、前年の約1,500万円から約2,500万円(+約1,000万円)まで増加しています。

ーーそれはすごい成果ですね!数値的な成果以外に、組織として変化したことはありますか?

上村: これまで、パレートの法則のように「2割のコアなファンが売上の8割を占める」といったようなコアファンが売上の大半を支えるという話は知っていましたが、今回のプロジェクトを通じて、オンラインショップのデータ分析などを行い、改めてその重要性を会社として認識できました。

この成果を受けて、ファン施策をさらに推進・強化していくべきだという会社判断に至り、「広報部」という新しい部署も立ち上げて、本格的に取り組む体制ができたのも大きな変化です。

ーーメンバーの方に変化はありましたか?

上村: 県の支援で、地域再興に挑む全国にファンを持つ新鋭蔵を視察することになり、秋田の男鹿市の酒蔵に行く機会があったのですが、そこも全国に熱狂的なファンのいる新しい酒蔵でした。

男鹿市自体を再興しようとしていて、酒蔵の経営以外にも、地域活性化に関する様々な取り組みをされていました。地域を盛り上げようとしている蔵の姿に触れ、若潮酒造としても取り組むべきビジョンを社内で共有できたのは大きな収穫でした。

ーー伝統的な会社でありながら、フットワークの軽さを感じます。

上村: これまでは、新しい活路を見出すためにスピーディーに新商品を開発することに注力していました。そうした挑戦的な風土は元々ありましたが、今回のプロジェクトを通じて、会社全体として新しいことに取り組む姿勢がより加速したと感じています。

協働日本の「想い」で人が繋がり、新たな挑戦の輪が広がる

ーー以前、副業人材の方と取り組んでいたときとの違いはありましたか?

上村: 以前は、私がプロジェクトマネージャーとして副業人材と社内を繋ぐ役割を担っていましたが、協働日本さんの場合はPM自体の役割もバックアップしてくださり、サポート体制が充実している点が助かりました。これから外部のプロ人材との取り組みを始めたい方には、協働日本さんの伴走支援はとてもおすすめです。

ーープロジェクトの中で、特に印象に残っている言葉やエピソードはありますか?

上村: 協働プロの渡辺さんから「ファン施策の担当者は、数字を追わない方がいい」と言われたことですね。

担当者がフォロワー数や売上を意識しすぎると、ファンが離れてしまうからと。そこで、SNS担当はファン体験の最大化に専念、数字管理は上村氏が担うという役割分担を徹底しました。この視点は、ファンマーケティングを進める上で非常に重要だと感じました。

ーー最後に、今後協働日本がどうなっていくか、メッセージも兼ねてお聞かせください。

上村: 代表の村松さんの熱い想いが、その動きに出ていると感じます。副業に関するプラットフォームはたくさんありますが、協働日本さんは「想い」を核に差別化されているように感じます。

また、同じく協働日本さんが携わっている「かごしまチャレンジャーサミット」という事業を通じて、鹿児島だけでなく全国の人と繋がる機会を提供してもらえるのは本当にありがたかったです。

「かごしまチャレンジャーサミット」で生まれたイベント「GLOW UP」

今回、「かごしまチャレンジャーサミット」で知り合った企業5社とコラボしてイベントを開催するなど、協働日本さんとの繋がりから新しい取り組みが生まれています。同じ熱量を持った仲間と出会える機会は貴重なので、今後もこのような機会を提供してくださることを期待しています。

ーー本日はありがとうございました!引き続きよろしくお願いいたします!


上村 曜介 / Kamimura Yosuke

鹿児島県大崎町出身。筑波大学大学院で微生物学を専攻後、味の素株式会社にて発酵技術の研究職として約7年間勤務。2018年に若潮酒造株式会社に入社。香り系芋焼酎「GLOW」や木樽蒸留ジン「424GIN」、地元の規格外農産物を活用したスピリッツ「f spirits」などの商品開発を担当。2024年より同社取締役。

協働日本事業については こちら

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