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STORY:鹿児島オリーブ代表取締役 水流 一水氏-顧客の声に向き合い売上増。販売スキル向上で新たな勝ち筋を発見-

協働日本で生まれた協働事例をご紹介する記事コラム「STORY」。

協働日本では昨年に引き続き、鹿児島県および鹿児島産業支援センターの「新産業創出ネットワーク事業」を受託しており、約8ヶ月にわたって、鹿児島県内の地域企業様の伴走支援を行ってまいりました。その伴走支援先の1社、鹿児島オリーブ代表取締役の水流 一水さんに今回インタビューさせていただきました。

鹿児島オリーブ株式会社は、純鹿児島産オリーブオイルを取り扱うほか、インポーターとして本場のイタリア・スペインからオリーブオイルの輸入販売も行っています。オリーブを使ったコスメ商品などの販売も行っており、今回の伴走支援ではオリーブオイルを使用したスキンケア商品の売上増加が当初のテーマでした。

スキンケア商品を新たな事業の柱とするべく、取り組んできた約8ヶ月の協働プロジェクト。実際に売り上げも伸び、成果が現れ始める中で、スタッフ一人一人の仮説の立て方や実行力などが上がったことを実感したそうです。また、BtoBに新たな活路を見出すなど、当初の想定以上の手ごたえをつかむことができたと語ってくださいました。

今回はインタビューを通じて、協働プロジェクトに取り組みはじめたことで見つけた新たな勝ち筋や、生まれた成果や変化について語って頂きました。さらには今後の複業人材との取り組みの広がりの可能性についてメッセージもお寄せいただきました。

(取材・文=郡司弘明)

新産業創出のための「日置市オリーブ構想」

ーー本日はよろしくお願いいたします!先日は鹿児島県庁での成果発表会お疲れさまでした。

水流 一水氏(以下、水流):

よろしくお願いいたします。先日はありがとうございました。

noteや動画という形で、当日の様子もまとめていただき、ありがとうございました。

参考:今年も熱い「協働」事例が鹿児島で誕生!取り組み報告会レポート

参考:今年も鹿児島で多くの「協働」事例が誕生しました(協働日本 令和5年度「新産業創出ネットワーク事業」プロジェクト最終報告会より)

ーーあらためて本日のインタビューでは、報告会でのお話に加えて8ヶ月間の協働取り組みの詳細や、取り組みを通じて生まれた変化などを伺っていければと思っております。

水流:

あらためてよろしくお願いします。弊社、鹿児島オリーブ株式会社は、日置市と鹿児島銀行が連携して始まった「日置市オリーブ構想」のもと誕生した2014年創業の企業です。過去の代表取締役は過去3代が鹿児島銀行OBで、2022年10月に現役行員である私が着任して現在に至ります。

ーーそういった背景のもとで設立された会社だったのですね。水流さんは、鹿児島銀行でキャリアを積んでこられたんですね。

水流:

そうなんです。法人設立の2年前に日置市から大手半導体工場が撤退しまして、それをきっかけに新産業を興したいということで「日置市オリーブ構想」が始まりました。

鹿児島オリーブという名の通り、弊社では純鹿児島産オリーブオイルを取り扱っています。ただ、それだけではなくてインポーターとして本場のイタリア・スペインからオリーブオイルの輸入販売も行ったり、オリーブを使ったコスメ商品などの販売も行うなど、関連した事業も複数行っております。

協働日本さんとの今回の伴走支援では、オリーブオイルを使用したスキンケア商品の売り上げを増加させたいというところから取り組みがスタートしました。

スキンケア商品を新事業の柱に

ーーなるほど。具体的にはどんなお取り組みを進めていったのでしょうか?

水流:

協働日本さんとの取り組みでは、スキンケア商品を新事業の柱として確立することを目指し、売上に繋がる勝ち筋を共に探していくことになりました。その背景には、主力商品だったオリーブオイルの売上の減少がありました。

弊社を取り巻く大きな環境の変化として、やはりコロナ禍があります。コロナ禍で手渡しギフトの需要というところが消失してしまった中で、大きく売上を落としてしまいました。自社のオリーブオイルは私たちが思っていた以上に「ギフト需要」に依存していたことが浮き彫りになったのです。

その中で、私達がお客様に提供できる価値って何だろうということで、人々のクオリティオブライフ向上に役立ちたいと考えるようになりました。このスキンケア商品を頑張って売っていこうと方針を決めました。

ーー主力商品のオリーブオイルだけでなく、スキンケア商品に注力した背景がよく分かりました。

水流:

スキンケア商品の販売に注力し始めたものの、どうすれば弊社のスキンケア商品をもっとお客様に手に取っていただけるのか、お客さんのニーズを満たしてくれる売り方は何なのかが分からない。それを考えようというところがスタート地点でした。いろいろやってみても売り上げが伸びない、そもそもECとかもなかなか人が来てないみたいな状況で勝ち筋、すなわち数字をちゃんとつくっていける売り方が分からない状態がずっと続いていました。

顧客接点を最大限に生かしスキンケア商品の売上増

水流:

また組織力にも課題を感じていました。畑違いの分野に飛び込みゼロからのスタートとなったリーダーの自分と、商品の良さはわかるが売り方がわからない弊社のメンバーの間で、正直、手探りの日々が続いていました。

商品の魅力をたくさん語り、出張販売などの機会を活かしたいと思っても、私が会社に入った時点で、入社1ヶ月とか入社数ヶ月みたいなメンバーが実は大半を占めている状態だったこともあって、取り扱っているひとつひとつの商品価値を言語化するところから始めなくてはならず、本当に苦戦続きでした。

ーーそういったタイミングで、協働プロジェクトがスタートしたのですね。

水流氏:

はい、そういったタイミングでした。

協働日本さんとのプロジェクトが始まってすぐに、「顧客の声を拾えていない」という課題にたどり着きました。協働プロの藤村さんからの「私たちの商品を喉から手が出るくらいほしがってくださってる方はどんな人か?」という問いにすぐ答えることができず、まずは具体的なお客様像をイメージしていきましょうとアドバイスをいただきました。

そのためにお客様の声をたくさん拾う必要があると再認識し、そこから出張販売のような顧客接点を最大限に生かす戦略をとることになりました。協働日本さんにも戦略面で伴走いただきながら、どんどん社員に現場に出てもらって、お客さんと話してもらうという機会を作っていくことにしました。

時に、買ってくださってたお客様にその場でちょっと時間をいただいてインタビューをさせていただいたこともありました。そういった現場での声をたくさん集めていったことで、自分たちの商品の強みを少しずつ言語化できるようになっていきました。

ーーお客様の声から、どんな勝ち筋が見えてきましたか?

水流:

それまでに私たちが推していた商品の課題が見つかりました。スキンケア商品の主力商品として位置づけていた、フェイルオイルや、化粧水といった商品は5000~6000円という価格帯で、ちょっと高いと感じていたお客様が想定よりも多く、興味はあるが使い始めるハードルが高いという声も寄せられたのです。

そこで商品の特徴である天然由来成分の良さを伝えるだけではなく、試しやすい価格や形態の商品こそが、弊社のスキンケア商品の入口になるのではという仮説を立てました。そこからは少し価格の低いハンドクリーム商品を推し出していきました。すると、ハンドクリームは手に取りやすいと好評で、鹿児島オリーブのスキンケア商品を知っていただくきっかけとして機能し始めました。実際に出張販売先でも手ごたえを感じることができました。

これをまず、ボタニカルコスメの導入として活用してもらうことで、次はフェイスオイルやローションを買ってみてもらうというお客様とのコミュニケーション方針も整理できました。「誰がなぜ買ってくださっているのか」「評価されている価値は何なのか」「どうやってその価値を伝えるか」を徹底的に議論していったことで、着実に成果に繋がり始めています。

それに加えて、「鹿児島のオリーブ」という文脈から、お土産としての需要も拡大しています。それらも追い風となって、協働前は月平均54本販売していたスキンケア商品が、今では月平均96本の販売となりました。これは、比較して+77%の成果となります。おかげさまでスキンケア製品の売り上げを大きく伸ばすことができました!

スタッフの販売スキルが向上 売上記録を更新

ーー着実に成果が数字に表れていますね!

水流:

そうした取り組みを重ねて、出張販売のようなお客様接点を増やしていったことで、社員のスキルが向上しているのを実感しています。仮説の立て方、実行力、スタッフの販売スキルが確実に上がってきています。たとえば先日の出張販売では、一日平均売上10万円を超えており、連日売上記録を更新しました。以前は数万円に届けば御の字、といったところだったのですが、確実に空気感が変わってきています。

協働日本のみなさんとの普段のミーティングや、現場に来ていただいた際も、こうしろああしろと、「やること」をアドバイスするのではなく、伴走支援というスタイルならではの社員自らが「やってみよう」と思えるようなアドバイスをいただけたのが良かったのだと思います。社員それぞれが自分事化して考えることができましたし、自信を身に着けることができました。

スキンケア商品の販売を通じて身に着けた提案力をオリーブオイルにも展開し、そもそも自社が持っていた様々な強みを言語化したことで、主力商品のオリーブオイルの優位性も自信を持って語ることができるようにもなってきました。

ーー主力商品のオリーブオイルにも好影響が生まれているのは、とても良い変化ですね!

水流:

そうですね。オリーブオイルに関しては、自分たちでは当たり前だと思っていた自社の強みに気づけたことも大きな収穫でした。

BtoBに新たな活路 ローカル発 小さなオリーブオイル専門商社

ーー興味深いです。当たり前だと思っていた自社の強みとはどんなことですか?

水流:

先ほどお伝えしたように、私たちは海外からオリーブオイルを仕入れるインポーターとしての事業も大きく、イタリアとスペインからオリーブオイルを、鹿児島の自社倉庫まで運んできています。

通常、大手のメーカーが販売しているようなオリーブオイルは、海外の現地でとれたものをそのまま、定温管理されていないコンテナに乗せ換えて運ぶんですね。定温管理ができるコンテナはどうしてもコストがかさんでしまうので。しかしそれだと船で輸送する中で、かなり熱い地域も通りながら何ヶ月も掛けて運ばれるので、どうしても劣化は避けられません。

ですが、私たち鹿児島オリーブでは、スペインからイタリアを経由して、農園と農園に入っているコーディネーターを通じて直輸入し、輸送も定温管理(24時間定温管理)ができるコンテナ(リーファーコンテナ使用)を使用して港まで持ってきてもらっています。さらに港から陸送(福岡港から工場まで)も定温管理で運び、自社倉庫でももちろん定温管理しています。

ーー鹿児島オリーブさんならではのこだわりですね。

水流:

はい。お客様の口に入る瞬間までこだわりたいという思いで、ずっと続けています。オリーブオイルを詰める作業に関しても、自社で1本1本、人の手を使って手詰めしています。

協働日本の方々に工場を見学いただいた際に、協働プロの皆さんに「これは鹿児島オリーブさんの宝であり強みですね」と言っていただいたのを覚えています。今回伴走いただいた協働プロの皆さんは、メーカー出身の方も多くて、定温倉庫で24時間定温管理をしていることや、品質を落とさないように輸入し自社で小ロットから充填できる設備を持っているというところに大変驚かれていました。10年かけて確立した、今のサプライチェーンとクオリティコントロールを、他のオリーブオイルを扱ってる会社にはなかなかできない差別化ポイントだと言っていただけたのは新しい視点でしたし、自信にもなりました。

私たちは自社でオリーブオイルを手詰めする設備を持っているので、瓶の形にこだわる必要はありません。それによって、小ロットからOEMなどの相談を受けることもできます。また、定温管理で海外から輸入しているサプライチェーンは、トレーサビリティに応えることができます。

それらをふまえ、オリーブオイルやスキンケア商品といった商品訴求だけでなく、BtoBのお取引を見据えた会社機能を売り込むこともできるのではというアドバイスもいただきました。単なる商品の販売戦略を超えた、社全体の改革にも伴走いただく結果になりました。

これまで商談会では、取り扱う商品の「品質のよさ」をPRしていたのですが、アドバイスをいただいてからは、「ローカル発 小さなオリーブオイル専門商社」という書き方に変更しました。実際に、サプライチェーンとクオリティコントロール、小回りのよさや様々なオーダーを受けることできることをPRしたところ「鹿児島の会社でここまでやってるんですか」という驚きの反応ばかりで。商談件数も一気に増えて、見積もり希望のご連絡もいただきました。

実はこれまで、商談会に出ても、恥ずかしながら商談0件みたいな日もあったんです。同じ会社でも伝え方を変えるだけで、こんなに反応が変わるのかと驚きました。協働日本さんからいただいた、「鹿児島オリーブさんの設備や仕組みこそが強みです。きっとこれから価値を感じるのは、法人だと思いますよ」というアドバイスからこんな展開になるとは思ってもいませんでした。

ーー協働を通じて、商品だけでなく、自社そのものの強みを言語化できたことで、これから様々な展開が生まれそうですね!

水流:

はい。「鹿児島と言えばオリーブ」と多くの方に言っていただける世界を目指して、弊社鹿児島オリーブをこだわりの作り手・インポーターとして知られるブランドに育てていきたいと考えています。

また、日置市と鹿児島銀行が連携して始まった「日置市オリーブ構想」からどんどん広がりを生み出していくことで、日置市は「チャレンジできる」場所として多くの方に知っていただきたいと思います。

一緒に悩んで、同じ方向を向いて相談に乗ってくれる存在

ーーお取り組みについて、大変よくわかりました。ここまで関わってきた協働プロの印象や、エピソードなどがあればぜひお聞かせください。

水流:

代表の村松さんをはじめ、藤村さんや鈴木さん、何さん、松本さんなど多くの協働プロの皆さんがプロジェクトに関わってくださいました。

始まるまでは、ここまでワンチームで伴走し、親身になって取り組んでくれるとは思っていませんでした。協働プロ間での情報共有や、議論の続きをちゃんと共有してくださっていたこともあり、ストレスなく目の前の議論に集中することができました。また、「これをやったほうがいい」と押し付けるコンサルティング的なスタイルとは違って、自らがやろうと思う自主性を大事にしてくれたことも、振り返ってみると自分たちの自信に繋がりました。

協働プロの皆さんはバックグラウンドとして色々な経験をお持ちだったこともあり、先ほどのBtoB戦略の可能性など、自分たちでも気が付かなかった価値を見つけてくれました。身内や関係者からではない、ある意味で第三者的視点から、お褒めの言葉をいただいたことで、ものすごく社内の士気も上がりましたし、協働プロの皆さんに8ヶ月伴走いただけて本当に良かったなと思いました。

ーーこうした複業人材との取り組みや、協働日本は今後、どうなっていくと思いますか?

水流:

今回すごく実感したのは、外部からの目はやはり大事だなという点です。自社のスタッフにないスキルやバックグラウンド、住んでいる環境も違う協働プロの皆さんのアドバイスはとても貴重で、鹿児島県内で周囲に相談するだけだと見つからなかった解決の糸口も、外部の目だとあっさり見つかったりします。

一緒にワンチームを組んで課題に取り組んだ結果、組織は色々な多様性を持った人間が関わるほうが広がりがあると思いましたし、地方の会社こそこういった取り組みは必要だと感じました。実際に、この取り組みの話を外部でしたところ、「どうやったら協働日本と仕事ができますか?」という問い合わせをもらったこともあります。

社長という立場は、何か答えを持っていることを期待される場面も多いんですが、実際は社長自身も悩みは多いし、失敗したことをだれかと一緒に振り返りたいと思う気持ちも持っています。一緒に悩んで、同じ方向を向いて相談に乗ってくれる存在って、どの経営者も必要としているんだと思います。

目の前の数字よりも、組織が社会に評価される、残っていくために必要なことをアドバイスしてくれる協働日本さんの取り組みはきっと多くの地方企業が求めているものだと思います。これからも期待しています。

ーー大変ありがたいエールです。本日はインタビューへのご協力、ありがとうございました。

水流:

ありがとうございました!

水流 一水 / Hitomi Tsuru

鹿児島オリーブ株式会社 代表取締役

2004年4月  株式会社鹿児島銀行入行
      以降、県内店舗での営業・本部業務を経て
2015年   ㈱JTB九州出向
2016年   鹿児島銀行地域支援部
2019年~2021年 産休・育休取得
2021年   復職・鹿児島銀行地域支援部にて地域活性化業務を担当
2022年10月 現役行員として初めて鹿児島オリーブ㈱代表取締役就任
      「上質なオリーブを通してローカルを見直す」をコンセプトに鹿児島県日置市から情報発信中

【公式】鹿児島オリーブ | 日置からフレッシュなオリーブオイルを
https://kagoshima-olive.co.jp/

協働日本事業については こちら

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STORY:山岸製作所 山岸氏・奥永氏 -幹部の意識変革が地域企業の組織を圧倒的に強くする-

協働日本で生まれた協働事例をご紹介する記事コラム「STORY」。

今回は、協働日本が提供している『経営リーダー育成プログラム』の参加者、山岸製作所の奥永さん、そしてプログラムの導入を決めた山岸社長にインタビューをさせていただきました。

『経営リーダー育成プログラム』は、経営幹部の育成に悩む地域企業様にむけた、協働日本の新しいプログラムです。

協働プロによる幹部への伴走とメンタリングによって、企業幹部を経営者リーダーとして育成するプログラムで、改めて自分と会社の存在意義を考え、組織を動かす幹部としての視線の醸成、意識の変革を目指します。

最初の事例として、インタビューでは、プロジェクト導入のきっかけ、実際のプログラムの内容、感じている変化や成長についてお話しいただきました。

(取材・文=郡司弘明、山根好子)

営業一筋30年、プレイングマネージャーからの転身への一大決心

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、奥永さんの普段のお仕事やこれまでのキャリアについて教えてください。

奥永 亮治氏(以下、奥永):はい、よろしくお願いいたします!

現在は営業現場の管理・マネジメントや、オフィスコンサル事業の企画推進を担当しています。入社以来ずっと営業職ですが、元々営業を志望していたというわけではなく、与えられた役割に一所懸命になって気づくと30年間営業一筋になっていました。


しばらくプレイングマネージャーとして、現場と管理の両方を経験してきましたが、2023年の4月に担当顧客を持たない専任のマネージャーに切り替わり、同じタイミングでこの『経営リーダー育成プログラム』がスタートしました。

ーー30年間営業一筋というのはすごいですね!そんな長く携わられていた営業現場から離れたというのは、ご自身の希望もあったのでしょうか?

奥永:組織を大きくしていこうというタイミングで、このままずっと一営業のままで良いのか?という想いはありましたね。今は良くても10年後を考えた時に、自分が今のままの仕事を続けてることが、後進の育成などを鑑みても、組織として良くない面もあるのではないかと感じたんです。

もちろん現場を離れる寂しさのようなものもあったのですが、自分としては一大決心をして次のステップに進んだ形です。

ーーありがとうございます。山岸社長から見た奥永さんへの印象や期待についてもお伺いできますか?

山岸 晋作氏(以下、山岸):とにかく真面目で責任感が強い印象です。まさにプレイングマネージャーからマネージャーになってもらいたいと伝えた背景としては、会社のフェーズが変わってきたということがあります。

組織を蘇らせるための蘇生フェーズから、大きくするための成長フェーズへ変わっていこうというタイミングで、組織の中核になるような存在が必要になります。責任感の強さや、「自分がやるんだ」という気概を考えると、彼が適任だなという風に思っていました。

それに、奥永さんは現場でも十分な実績を残してきていたし、これまでやってきたこと・将来の10年間を考えた時、もっと責任を持って仕事できた方が活き活きと仕事ができるのでは?と感じたことも理由としてありますね。

会社のフェーズの変化に合わせた人材育成の必要性

ーー続いて、奥永さんが『経営リーダー育成プログラム』に参画されたきっかけについて教えて下さい。

山岸:先ほどもお話しした会社の蘇生フェーズ───生き残りに集中する10年間は、目の前の売上、明日の利益を求める・深めることに注力してきました。

フェーズの変化は、例えるならダイエットから筋トレに移行するようなイメージです。

そんな変革の中で、私自身が社員との漠然とした距離感を感じていたんです。成長のためには皆の力を借りなくてはならないので、距離があることは大きな課題の1つでした。そこで、まずは部長メンバーとの距離感を近づけて、一緒に成長していきたいと思うようになりました。なので、実際に奥永さんがプレイングマネージャーから専任のマネージャーになる際にも、どのように成長をサポートすればいいのか悩んでいて。育成というのは目標があってこそのもので、何を目標に進んでいけばいいのか皆目も検討がつかなかったんです。

そんな時、これまでも事業の伴走支援に関わってくれている協働日本の村松さんから「企業の幹部育成も取り組んでいる」という話を聞いて、是非取り組んでみたいと思いました。

ーーなるほど。そこで『経営リーダー育成プログラム』が生まれたのですね。

山岸:はい。奥永さんを含め、2名に参加してもらうことになったのですが、はじめは受け入れてもらえるか内心ドキドキしていました。

山岸製作所は長く続く会社ということもあって、単一性や経験の長さに優位性を感じる文化が強く、外部の力を借りる・取り入れて活用する文化がありませんでした。

そもそも「自分たちって幹部なの…?」という疑問をそれぞれが抱いている状態だったということもあり、「やってみる」と言ってもらえるかどうか…という状態で不安に思うところも大きかったですね。

ーーそうだったのですね。実際に話を受けて参加することになった奥永さんは、はじめプログラムにどのような印象を持たれていましたか?

奥永:正直な話をすると、プログラムの初日に村松さん(協働日本代表)と藤村さん(協働日本CSO)から、詳しく話を聞くまではよくある研修の延長線くらいに考えていました。(笑)

幹部育成と言っても、マネジメントや管理について学ぶような…部長とは、課長とは?といった座学の社員研修のイメージを抱いていたので、プログラムの内容やスケジュールについて説明を受けて「どうやら、思っていたものとは全然違うぞ」と。

幹部として山岸製作所の価値や課題をどう捉え、何にコミットしていくかを「自分で考え、自分でやる」という自律的な行動で取り組むプログラムで、やること自体は理解できたけれど、果たしてやり抜けるか、はじめは不安もありました。

ーー確かに、研修というと講義を想像してしまいますよね。実際にどのようにプログラムが進行したのかについても教えて下さい。

奥永:キックオフから最初の半年は、協働日本代表の村松さんとCSOの藤村さんに何度か来社いただき、ワークショップのセッションを繰り返しました。最初に、自分自身と山岸製作所の「存在意義」を自分で言語化するセッションには驚きましたね。そんなことを考えて仕事をしてきていませんから。また、山岸製作所の価値や課題を本質的に考え抜くセッションでは、社長が経営者としていかに未来をみて、不確実に向き合っているかを少し理解できました。

前半のセッション中で、自分がコミットするテーマとして、山岸製作所における事業開発を決定しました。後半の半年は、週に1回オンラインで伴走プログラムのセッションを実施、月に1回コーチングという形で勧めていました。毎週のプログラムに関しては、プログラム期間の前半は藤村さんに、後半は協働プロの足立紀章さん((株)ベネフィット・ワン 執行役員)に伴走していただきました。

30年も働いていることもあり、会社のことはなんとなく理解しているつもりだったんです。それでも、今思えば薄っぺらい理解だったと思います。この会社がなんのためにできたのか、創業者の想いと立ち上がった背景など、聞いているようで聞いていなかったのかもしれません。

プログラムを通じて、山岸社長にも改めて話を聞いて、本当の意味で理解していったんじゃないかと思います。こんな機会がなければ考えることはなかったのではないかと思います。

会社の存在意義について考えが進むと同時に、自分がなぜ山岸製作所で働いているのか?についてはじめて考えました。

山岸製作所で働くことは、自分にとっては朝起きて会社に行って…という日常のサイクルの1つになってしまって「なんのために仕事をしているのか?」を考えたことがなかったんです。

ーー今日のインタビューでもはじめに、「与えられた役割に一所懸命になって30年」とも仰っていましたし、なかなか自分の働く理由を考える間がなかったのかもしれませんね。

奥永:そうですね。今になって思うと、自分=「一従業員」という意識で仕事をしていたんだと思います。社長が考えたことや決めたことが下りてきて、自分はそれを一所懸命こなすという状況でした。

だから、自分は何をやりたいのか?この会社で何をしていきたい?という問いを藤村さんからもらったことでようやく「自分がこの会社でしたいこと」を考えるようになり、自分と会社の存在意義に重なる部分があることにもはじめて気づきました。

自分のことと、会社のことに向き合って考えて、会社の存在意義、自分の存在意義、という同じテーマについても繰返し考え理解を深めていくと、同じような問いに対しても「会社のためにすべき」と思いながら書いて

いたことが、だんだんと「自分がやりたいこと」に変わってきたんです。

「自分がこれからしたいことは?」という問いに対して書いた答えなのに、初めの頃は「本当にやりたいことなのかな?」と疑問に思うことがありました。振り返ってみると「会社がこうなったらいいな」という考えで書いていたからかなと思うんです。徐々に「自分がやりたいから、こうやって進みたい」と、主語が会社から自分に変わって、腑に落ちるようになっていきました。同時に、通常の仕事でも自分の意思が反映されていったように思います。

考え続ける習慣が、視座を引き上げ、行動を変える。

ーープログラムを通じて印象的だったことはありますか?

奥永:毎週宿題をいただくのですが、その全部が印象的でした。自分が質問されたことを整理して答えを用意する、というのは正直しんどいときもあったんです。

毎週のセッションを録音していたので、犬の散歩をしながら何度か録音を聞いて…藤村さんの問いの内容を理解するところからでした。表面上はわかっていたつもりでも、本質的には何を問われているんだっけ?ということをきちんと理解してから考えはじめるという流れでした。

大学生のレポートのように何かを調べて答えを出すなら、楽にできますけど、答えが自分の中、会社の中など内側にしかないというところが大変なところです。
また、日頃の業務の中で「考える時間」を捻出しなくてはいけないので、毎週のセッションはペースが早いなと思うこともありましたが、逆にそのペースのおかげで習慣化・ルーティン化できたのはよかったかもしれません。

また、コーチングのパートでは、月に1回のペースで村松さんと藤村さんに話を聞いていただいていました。実を言うとこちらのパートの役割を理解しないまま、自分の好きなように話して聞いていただいていましたが(笑)今になって思うと、ここで話を聞いてもらうことによって自分の気持ちの面と向き合うことができたのでありがたいパートだったなと思っています。

ーー先ほど、「自分がこの会社でやりたいこと」が段々と見えてきたというお話をいただきましたが、ご自身の変化や気づきについても教えていただけますか?

奥永:絶え間なく考え続けるので、いろんなタイミングで頭の中で何かがつながることが出てくるようになりました。仕事のこと、経営のこと、会社の理念なども、実際に経営者のお客様と話しているときなどに話がすっと入ってくる・何を言っているかわかるようになった気がします。表面上の言葉だけでなく、「ああ、きっとこんなことを言いたいんだな」と思うようになりました。

部署のメンバーと話をしていても、一社員としての意見なのか、会社全体を見渡して出た意見なのか、というレイヤーの高さの違いに気づくようになりました。全体最適を求めるわけではないんですが、「このレイヤーの高さで話をしていると、話が進まないな」と思うこともあり、他のメンバーの意識やレイヤーの高さが気になるようになってきたんです。

ーー奥永さんご自身の視座にも変化があったんですね。

奥永:また、自分がこうやって色んなことを考えていると、「社長や、他のメンバーはどう考えているんだろう?」ということが気になって、話を聞かせてもらう機会も増えました。

一般的に、組織運営のためにコミュニケーションをとりましょうというのはよく言われていると思いますが、本当に相手のことを知りたいと思っているのが伝わるかどうかが大事なんじゃないかなと思うんです。
作業のようなヒアリングになってしまうと、相手も本当の想いを開示できないと思うので、聞くだけ、にならないようにということにも気をつけるようになりました。

メンバーとのやりとりの中で、逆に自分の想いを伝えるという機会も増えました。これまでも上司部下の関係性の中で「これをやってほしい」という指示をすることはありましたが、自分の意思で「こうしたいから、協力してほしい」と気持ちを伝えることはなかったんです。きちんと伝えるという行為がきっかけで、「そんな風に思ってたんだ」と理解して賛同してくれるメンバーも出てきました。

自分自身が、組織を動かすためには皆の気持ちを知っておかなくてはならないと感じたんです。全体の意識が上がらないとうまく回らない、組織が成長できないと感じたので、メンバーの話を聞き、自分の気持ちを伝える、という風なコミュニケーションの変化が生まれたのだと思います。

ーー山岸社長から見た奥永さんの変化についてはいかがですか?

山岸:はじめに、私と彼との中で言葉が重なってきた、と感じるようになりましたね。変化に気づいた時に、「どうしてそうなった?」と質問したんです。そうしたら、先ほど本人も言っていたように「自分の中の存在意義と会社の存在意義が重なった部分に気づいてから、前に進み出した気がする」という答えが帰ってきたんです。これがとても印象的でしたね。

先ほど、主語が自分になったとも言っていましたが、実際に「自分がやります」という言動も増えました。外からの圧力ではなく内なる声が人を動かすんだなと。それが人の背中を押す唯一の力だと私にとっても学びになりました。

事業開発のメンターと、自分自身と向き合うためのコーチングの両軸が揃っているというのが、この『経営リーダー育成プログラム』の本質なのかなと感じました。

成功・失敗・数字ではなく、自分を再評価する機会

ーー聞いていてこちらもワクワクするようなお言葉をありがとうございました。最後に、プログラムを通じて感じられたことについて、メッセージもかねてお聞かせください!

奥永:30年も仕事をしていると、自分に厳しく言ってくれる人がほとんどいなくなってくる中で、藤村さんに貰えた考えさせられる問いがありがたかったと思います。タイトなスケジュールの中でセッションを続けるのは大変な面もありましたが、厳しいことがありがたかったです。後半からは足立さんに切り替わり、事業の細かいところをきちんとみてもらい、緻密さを今も継続して勉強させてもらっています。

協働日本の皆さんは、山岸製作所全体のことを見てくれているなと思っています。プログラム自体だけ、一事業部だけでなく、会社全体がよくなったらいいと思って伴走してくれていると感じてありがたいです。

このプログラムは、何かをパッケージで与えられるものではなく、自分で考え、言語化するプロセスであるからこそ、会社の中のミドル、幹部を担っている方の意識改革や経営の視座の獲得につながると思います。問題意識を持って突き詰めて考える経験をして、自分の基軸を持って考え抜くことは、特に地域企業の幹部には重要だと思います。

山岸:度々出てきた「自分の存在意義と会社の存在意義が重なる」というキーワードは核心をついていると思っています。この重なった部分が多ければ多いほど、個人の力が発揮されるようになって、個人の力の集合体が会社の力になっていくんだろうなと思っていて。幹部育成プログラムの本質ってそこにあるんだろうなと思っているんです。

今回の奥永さんの変化を見て思うのは、重なる部分を本人が意識できれば、自然とやることを見つけていくようになるということです。自分ごととして、組織の中で何をしていくかを考えるようになるんです。あとは、再現性を持たせて多くの社員が存在意義の重なりに気づいていけば組織がどんどん強くなると思うので、これからの課題でもあるなと思っています。

今回、30年選手の奥永さんが変わった、ということ自体が、「この組織はまだまだいける!」と僕の自信になりました。組織の変革にあたっては、僕自身も躊躇する部分があったんですが、実際に、変化の兆しや変化を見ることで組織をもっと良くしたいと想いが強くなりました。引き続きよろしくお願いします。

ーー本日はインタビューへのご協力、ありがとうございました。

山岸・奥永:ありがとうございました!

山岸 晋作 / Shinsaku Yamagishi

株式会社山岸製作所 代表取締役社長

1972年、石川県金沢市生まれ。東京理科大学経営工学科で経営効率分析法を学び、卒業後アメリカ・オハイオ州立大学に入学。その後、『プライスウォーターハウスクーパース』に入社。ワシントンD.C.オフィスに勤務。2002年、東京オフィスに転勤。2004年、金沢に戻り、『株式会社山岸製作所』(創業は1963年。オフィスや家庭の家具販売、店舗・オフィスなどの空間設計を手がける)に入社。2010年、代表取締役に就任。


奥永 亮治 / Ryouji Okunaga

大学卒業後、株式会社山岸製作所に入社し、30年間オフィス家具の営業に従事。 官公庁や民間企業など、幅広い法人顧客を担当し、確かな信頼関係を築き上げてきた。 プレイングマネージャーとして、営業チームの成果を牽引しながら、管理職としての役割も果たしてきた。 営業戦略の立案、チームメンバーの育成、重要顧客との交渉など、多岐にわたる業務を経験。 現在は、会社で初めてのマネージャー専任として、営業部とオフィス戦略室の両方を担当。 オフィスコンサルティング(コ・デザインサービス)を通じて、クライアントのオフィス環境や働き方の改善に貢献。 顧客のビジョン実現をサポートすることで、働きがいのある環境作りに尽力。 深い業界知識と豊富な経験を活かし、顧客に最適なソリューションを提案。 チームワークを重視し、部下の能力開発にも注力。 新しいチャレンジを恐れず、常に学び続けていきます。

協働日本事業については こちら

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STORY:株式会社米自動車 取締役兼 社長室 室長 武田浩則氏 -事業成長を自己成長に変換させる『越境チャレンジ』の本質-

協働日本で生まれた協働事例をご紹介する記事コラム「STORY」。

今回は、協働日本が(株)スパイスアップ・ジャパンと共同でご提供している、協働型人材育成プログラム『越境チャレンジ』の参加者、武田浩則さんにインタビューをさせていただきました。

複雑で急速に変化するビジネス環境において、リーダー人材には、異なる環境でビジネスを運営し、問題を解決する「越境経験」がますます重要になっています。

一方で、既存の越境学習のプログラムには、長期にわたり、対象社員を現場から出向させる必要がある等、人事部にとって運用や導入がしづらいなどの課題が上がっています。

そこで協働日本は、”グローバル人材育成・海外研修”に実績のある(株)スパイスアップ・ジャパンと共に、参加者が本業に取り組みながらオンラインで参加できる『越境チャレンジ-協働型人材育成プログラム-』を開発し、地域企業経営者との協働の機会をご提供しています。

そんな『越境チャレンジ』で生まれた協働の現場から、株式会社米自動車 取締役 兼 社長室 室長 武田浩則さんをお招きし、どのようにプロジェクトを推進しているのか、インタビューを通じてお話を伺っていきます。

今回の『越境チャレンジ』では、明治8年創業、老舗の発酵食品の製造販売を手がける会社である四十萬谷本舗との協働プロジェクトをスタート。インタビューでは、越境チャレンジへ挑戦することになったきっかけや、そこで生まれたプロジェクトの成果、ご自身が感じている変化や成長についてお話しいただきました。

(取材・文=郡司弘明、山根好子)

現場密着の愛ある仕事をしたい。自己成長のための新しい挑戦。

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、武田さんの普段のお仕事やこれまでのキャリアについて教えてください。

武田 浩則氏(以下、武田):はい、よろしくお願いいたします!

現在は、バリュエンスホールディングス傘下の米自動車で車の輸入販売事業を行っています。取締役 兼 社長室 室長としての役割は、事業全体の業績管理や事業促進、新規事業活動全般を担っています。
これまでのキャリアとしては、18歳でホテルマンになってから、美容業界、医療業界、コンサルティングなど様々な仕事を経験してきました。

ーー様々なご経験がおありなんですね!ブランド買取事業をなさっているバリュエンスさんはその中でも全く違う業種・職種だったのではないかと思うのですが、転職のきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

武田:そうですね。直前にやっていたコンサル業は歯科医療や美容室などの分野のコンサルティングだったので、経験のある業界ではあったんです。ただ自分が叩き上げで働いてきたということもあってか、もっと現場密着で仕事をした方が、愛を持って仕事ができるなと思うようになったんです。

そこで、そういった仕事ができる先を探して転職したのが、株式会社SOU(現 バリュエンスホールディングス株式会社)で、現在も基幹事業であるブランド買取・仕入れの部署に配属され、そこから9年間ずっと買取の営業や企画に携わり続けていました。自己成長のためには仕事の中でもっと劇的な変化がないといけないのではないか?と感じるようになり、本部長にも相談をするようになったタイミングで、米自動車がグループ化、2023年3月に出向が決まって今に至っています。

ーーなるほど。米自動車での高級車の輸入販売などはまた新しいチャレンジかと思いますが、実際買取の分野から離れてみていかがでしたか?

武田:これまでも買取の事業の中で日々新しいことに挑戦していく立場ではあったので、「新しいこと」への抵抗感はなかったのですが、やはり業界の知見をまた0から貯めていくというところには苦戦しましたね。
とはいえ、自分でも「これでいいのかな?」と思っていたタイミングで新しいことに挑戦できる異動だったので、とてもポジティブに受け止めています。

環境に合わせて変化し続ける老舗企業の「新・サステナブルプロジェクト」への挑戦

ーー続いて、武田さんが『越境チャレンジ』を通じて地域企業との協働に取り組もうと考えたきっかけを教えてください。

武田:今回は、次期リーダー候補という形で自身のアップデートの機会として越境チャレンジの機会をいただけたと思っています。弊社では過去にも、役員クラスの人材育成研修が必要だということで、バリュエンスジャパン株式会社 執行役員の井元が『越境チャレンジ』に参加しています。プロジェクトの話を聞いて、当時から結構興味深く思っていたんです。会社にいながらも知らない経験ができるっていいなと思って。なので、今回自分に回ってきて率直にラッキーだな、と思いました(笑)

とはいえ、3月に米自動車に異動したばかりで4月から『越境チャレンジ』のプロジェクトがスタートしたので、初めてのことが重なって少しドキドキもしましたね(笑)

ーー武田さんの協働先は、これまた初の食品業界であり、金沢の老舗発酵食品会社の「四十萬谷本舗」さんでした。

武田:そうなんです。全然触ったことのない業界でしたし、「老舗」というキーワードで「堅そう」という先入観もありました。なので、まずは四十萬谷本舗で僕に何ができるんだろう?と考えたのが最初でした。

でも、実際に四十萬谷本舗の専務、四十万谷正和さんとお話をしてみると、思っている以上に世の中の変化に合わせて、積極的に変革されたいという意思をお持ちの方だったので、非常に魅力的だと感じました。

ーー四十萬谷本舗さんはこれまでも協働日本を通じて、課題に合わせた戦略的な人材活用をなさっていますよね。今回武田さんが伴走したプロジェクトについても詳しく教えていただけますか?

武田:はい。今回は新サーキュラー型ビジネスの企画についてご一緒させていただいています。最初は困り事や、どんなことをしたいと思っているか?などざっくりとしたヒアリングからスタートしました。すると、食の文化や伝統の持続可能性など、四十萬谷本舗がこれまで力を入れたくてもできなかったサステナブル領域についての話が出てきたんです。バリュエンスはサステナビリティの推進を重要な経営課題として力を入れているので、このテーマなら四十萬谷本舗×バリュエンスの両社の強みを活かせるものにできるのではないかということでプロジェクトをスタートしました。

このテーマに決めた背景として一番大きかったのは、近年の気候変動に伴い、四十萬谷本舗の看板商品の1つである「かぶら寿司」の原材料であるかぶの調達が困難になってきていることを実感されているという点でした。環境悪化によるビジネスの持続性が直接的に侵されているということで、サーキュラーエコノミープロダクトの導入によりビジネスの持続可能性だけでなく、四十萬谷本舗のイメージ・企業価値が向上するような取り組みを実施していこうという運びになりました。 四十萬谷本舗では、規格外の野菜をフードバンクに寄付したり、製造過程で出る素材を肥料加工して農事環境に還元することであったり…季節に合わせてカブの栽培規模を調整し、フードロスを最小限にする取り組みなど、既に環境に配慮した取り組みをいくつか実施しています。

武田:そこで、新たに「かぶら寿司」製造の過程で使用した糀を新しい素材・新しい活用方法により還元していくアップサイクルの手法を模索していくことにしました。

企画の方針が決まってからは、糀の再利用や、素材変換をしてもらえるような提携企業を探し、方向性のすり合わせやテスト素材の作成・検討を重ねて行きました。

もちろん一筋縄ではいかず、肥料や飼料への転用を検討していくと、「糀」という食品の特性上出てくる、塩分や糖、鰤と一緒に漬け込む過程があることによる動物性食材の使用などハードルが多々あり……結果として、アップサイクルではなく糀を活用したブランド食材の企画に舵を切り、現在も進行中という状況です。

オフィスに集いコミュニケーションを深めることも
ーーありがとうございます。方針決めからはじまり、半年間で色んな提携企業候補にも当たられて調査をされてきたんですね。特に印象的だったことはありますか??

武田:やはり、シンプルに事業内容の違いには苦戦しました。アップサイクルの企画を作る過程で、素材の問題で様々なハードルがあったとお話ししましたが、これも食品業界の知見がなく予想できなかった面でもありました。

あとは、企業規模の違いも企画段階で考慮すべき点として感じていました。四十萬谷本舗では、適材適所での人員確保をしており、今ある業務に対して人員が最適化されています。そのため、新しいことをしようとした時にリソースを割けないという課題があるんです。企画を進めていく中でも、極力リソースがかからないように注意していましたね。

特に印象的だったこととして、四十万谷さんにご紹介いただき他の経営者の方とも一緒に食事をした時に「『サステナブル』というテーマは最近になって話題になっているけれど、老舗の企業は『サステナブル』をずっとやっているんだよね」とお話しされていたことでした。季節に合わせて無駄がないようにお客様に製品を提供するのは昔からあったことで、ずっとやってきたからこそ老舗として続いているんだと。だからこそ、今また環境に合わせて変化していく四十萬谷本舗のような企業の活躍はとても貴重で、大切にすべき存在だなと実感しました。

全体を通じて、物の進め方や視点は、日頃の業務での経験を活かせたと思っています。経営的な視点を持った四十万谷さんと継続的にコミュニケーションを取る中で、経営視点での物の考え方を知ることができるいい機会になったなと思っています。

メンターがいたからこそ感じられた「自己成長」。ただ新規事業をやるだけではない『越境チャレンジ』の本質

ーー『越境チャレンジ』では、協働先企業とのプロジェクトだけではなく、武田さんに対してメンターがついて伴走されたと思います。メンターとのやりとりについてはいかがでしたか?

武田:メンターとして今回お世話になったのは、芹沢亜衣子さん(協働日本IPPO事業コーチ)と藤村昌平さん(協働日本CSO)です。藤村さんには事業開発の壁打ち相手として、芹沢さんには僕自身のコーチングをしていただくという関わり方で、月に1度それぞれとお時間をいただいていました。

藤村さんとは、初めの頃は現在のプロジェクトの状況報告をして評価、というようなスタイルでお話しをしていましたが、プロジェクトが進むにつれて企画の内容を掘り下げて話すようになり、徐々に具体的な内容について藤村さんの意見をいただくことも増えていきました。

僕の考えを尊重しつつもアドバイスしていただけたので、事業に対するスタンダードや知見、進め方など、様々な面で良い刺激になりましたね。普段の仕事で社内のメンバーと話すのとは、また違った視点や考え方に触れられるのが新鮮でした。もちろん社内の仲間と話していても、刺激やアップデートはあるんです。それでも、全く違う環境で事業をされている方との会話では、自分のビジネスライフのバリエーションが増える感覚があってよかったと思います。

ーーありがとうございます。芹沢さんのコーチングはいかがでしたか?

武田:正直最初は戸惑いました(笑)。コーチングということで、今の自分の状況や状態について聞かれるんです。自分で自分を見て、 今どんな状態なのかを主軸に置いて、成長を見ていくということだと思うんですが、これが難しくて。

藤村さんのパートでは、事業の進捗や企画の内容など、実際に取り組んでいることを話していたのですが、芹沢さんには自身の内面の話をしなくてはいけない──でも自分の感情が上下するポイントを自分自身があまりわかっていなくて、言葉にするのが大変でした。
例えば、「どんなことが大変ですか?どんなことにストレスを感じますか?」のような質問をしていただくのですが、大変なことをネガティブに捉えることがあまりないので、ストレスというよりは充実感があると思っていて。「ストレス」と言われるとピンとこなかった。

でも実際には、ストレスに感じていることも僕の内面にあったんです。はじめはうまく説明できなかっただけで、芹沢さんとの会話を重ねていくうちにだんだん自分の中でも整理できて、どんな時に感情が上下するのかなど、気づく点が増えていきました。

毎月、成長ポイントや心情、置かれている状況を一緒に整理してもらえたことで得た気づきは大きかったと思っています。芹沢さんとのセッションは、自己成長を実感する基盤づくりというか。僕自身のベースをブラッシュアップできたいい機会でした。

ーー自己成長を実感する基盤、というのは具体的にどんなものなのでしょうか?

武田:元々このプログラムが開始した時には、僕は結構典型的な日本人といいますか、「自分なんてそんなに大したことないです」というような感じだったんです。だから、「こんなに頑張った!」とか「自分がやったんだ!」とかあまり外に出さない。自己完結してしまうタイプだったんです。
でも今回、四十萬谷本舗とのプロジェクトにおける自分の状況や出来事を言語化していく中で、こんなことにチャレンジした、こんなことを頑張ったぞ、ということをアウトプットして、自分でもその頑張り・成長を認められるようになりました。

役職、職務的にも、人から相談されて話を聞くことは多かったですが、自分が誰かに聞いてもらう機会が圧倒的に少ないので、このような機会を貰えたことがありがたかったです。芹沢さんとのセッションがなければ、僕はこの『越境チャレンジ』を、ただ新規事業開発をするだけの機会にしてしまっていたかもしれません。

やっぱり、事業の成長や数字へのコミットばかり意識してしまうんです。職業病のようなものですね。藤村さんとのセッションで事業へのコミット部分をしっかりと伴走してもらいつつ、芹沢さんとのセッションで自分を見つめ直し、きちんとベースを整えていただいたからこそ、『越境チャレンジ』が僕にとって自己成長の機会になったと思います。

事業開発のメンターと、自分自身と向き合うためのコーチングの両軸が揃っているというのが、この『越境チャレンジ』の本質なのかなと感じました。

成功・失敗・数字ではなく、自分を再評価する機会


ーー『越境チャレンジ』がご自身の成長の機会になったとのこと、本当に嬉しいお言葉です。ぜひ、全体を通じて感じられた変化や気付きなどあれば教えてください。

武田:はい。今までは、新規事業といえば、業績や数字の拡大、と考えていたのが、それだけでなく、「これをやったら自分が成長できるかも」という視点を自分で持てるようになったのが大きな変化だと思っています。

事業の成長を自分の成長にも変換して考えることができるようになれば、仕事のモチベーションになることはもちろん、長い目で見た時にある自分の姿が全然違うんじゃないかなと。
おこがましいかもしれませんが、『越境チャレンジ』を経験した今では「成長できた!」と自分で言えるようになったと思います。

ーーありがとうございます。最後に、『越境チャレンジ』はどんな方におすすめか、メッセージもかねてお聞かせください!

武田:僕と同じように、ある程度長く同じ企業に勤めている方に関しては、ぜひ体験していただくといい気がしますね。自己評価を見直す機会にもなりますし、純粋な事業開発のスキルアップにもなると思うので。そうやって新しい視点を持ち帰ることで、もちろん企業自体の成長にも繋がっていきます。

あと、個人的に思うのは、大企業の役員の方にも参加してみて欲しいです。
普段とは違う事業にアウェイ環境でチャレンジするという経験は、役員になる前の自分に立ち帰れるんじゃないかなと思うんです。アップデートされる部分もあるし、自分が若かった頃と変わらない部分もあるんだ、という気づきもあると思います。プレイングから離れて長い方にとっては、初心に立ち返れるような面もあるのかもしれません。

メンターの方との話で自分を正面から見て、第三者から見た自分の評価も受けられる。これは僕もそうだったように、なかなかない機会です。

成功・失敗・数字などで自分を評価するのではなく、その過程の自分を評価していく。全てのことが無駄ではないとポジティブに受け止められるようになりますし、自己評価の機会としてもとてもいいんじゃないかなと思います。

僕はこのような機会を貰えたことがありがたかったので、似たような環境にいる方には、とてもおすすめです。

ーー本日はインタビューへのご協力、ありがとうございました。

武田:ありがとうございました!

ありがとうございました。

武田 浩則 / Hironori Takeda

岩手県出身 美容業界、医療業界を経験後 2014年(株)SOU(現 バリュエンスホールディングス(株))入社。
店頭営業、買取事業本部、営業企画部を経験し、2021年より買取事業本部副本部長として仕入事業全般の統括、事業、収益拡大に従事。
また、2023年よりグループ化を行った(株)米自動車へ出向し、取締役兼社長室室長として事業活動全般の促進、拡大に従事。
2023年4月より『越境チャレンジ-協働型人材育成プログラム-』に参画し、明治8年創業の石川県金沢の伝統発酵食品老舗の四十萬谷本舗との協働プロジェクトを経験。

株式会社米自動車
https://www.yonemotors.jp/

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ウェブセミナー公開中:バリュエンスHD(株)の経営幹部が語る、経営人材育成に最適な越境経験とは?

協働日本が開催した、ウェブセミナーのアーカイブをお届けします。

2024年1月30日(火)に、『バリュエンスHD(株)の経営幹部が語る、経営人材育成に最適な越境経験とは?』と題し、独自で開発した企業の経営幹部向けの『越境チャレンジ-協働型人材育成プログラム-』を手掛ける株式会社協働日本CSOの藤村昌平氏が、経営人材育成に最適な越境経験について語りました。

バリュエンスホールディングス(株)の経営幹部の武田浩則氏をお招きし、具体的な事例として、石川県金沢の老舗次期経営者とのリアルな越境経験をご紹介いただきました。

また、バリュエンスホールディングス(株)の執行役員コーポレート本部長の大西剣之介さんを交え、経営人材育成の要諦と、『越境経験』の新たな選択肢についてディスカッションで深掘りし、理解を深めていきます。

益々変化が加速するVUCAな環境下で、企業の未来を担い、経営や事業を担える経営人材をどう育てるか?経営人材を生み出し続ける土壌や風土をどうつくるか?企業内で真剣に取り組んでいる方は多いと思います。

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こんな方にオススメ!

  •  自社内で経営や事業を担える人材を育成したい経営者や事業部長
  •  越境学習に関心はあるが、既存のアプローチに課題感を感じている人事部長や人事担当者

セミナー本編はこちらからご視聴いただけます


登壇者

藤村 昌平

(株)協働日本  CSO
2004年ライオン(株)入社、R&D部門で新規技術開発、新規訴求開発、新ブランド開発を経て、2016年よりプロジェクトベースの新規事業創出業務に従事。 2018年にR&D内に新設されたイノベーションラボにて、新規事業の実現と人材創り・組織創りに注力。 2019年4月より新価値創造プログラム「NOIL」初代事務局長。 2020年1月より新設のビジネスインキュベーション部長。 2022年1月よりカルチャーラボを立ち上げ企業文化変革担当部長に就任。 現在はライオン(株)を退職し、(株)fucanを創業。 事業開発・人材開発支援や地方創生など、「事業を創る人を創る」ミッションを軸に複数のプロジェクトに携わる。
また、(株)協働日本には創業当初から参画し、2021年にCSOに就任。事業開発のプロジェクトマネジメントに加え、幹部人材育成、越境チャレンジの事業開発メンタリング等を担う。

武田 浩則

(株)米自動車 取締役兼社長室 室長
2014年(株)SOU(現 バリュエンスホールディングス(株))入社後、店頭営業、買取事業本部、営業企画部を経験し、2021年より買取事業本部副本部長として仕入事業全般の統括、事業、収益拡大に従事。また、2023年よりグループ化を行った(株)米自動車へ出向し、取締役兼社長室室長として事業活動全般の促進、拡大に従事。
2023年4月より『越境チャレンジ-協働型人材育成プログラム-』に参画し、明治8年創業の石川県金沢の伝統発酵食品老舗の四十萬谷本舗との協働プロジェクトを経験。

大西 剣之介

バリュエンスホールディングス(株) 執行役員 コーポレート本部長 人事部長
大学卒業後、デロイトトーマツコンサルティング㈱に入社。コンサルタントとして株式上場支援(2年)および人事コンサルティング業務(4年)に従事。2012年に日清食品㈱に転職し、人事制度の運用・改革、組織・人材開発、HRBP、中途採用など人事領域全般に幅広く関与。2020年にバリュエンスHD(株)に転職し、人事部長として人事部を統括する役割に従事。


関連 セミナー

『事業を創る人』育成の最適解」オンラインセミナー

独自で開発した企業の幹部人材や事業開発人材向けの『越境チャレンジ-協働型人材育成プログラム-』を手掛ける株式会社協働日本CSOの藤村昌平氏と、同プログラムでプロコーチを務め、越境人材の内省をサポートする久米澤咲季氏が登壇したウェビナーイベント「『事業を創る人』育成の最適解」(開催日:2023年6月8日)での講演から、「越境学習」のメリットや、越境学習を通じた人材育成についてご紹介します。

ご興味のある方は是非、こちらの動画もご視聴いただけますと幸いです。
『事業を創る人』育成の最適解 – YouTube

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  • 「越境チャレンジ」を導入希望の方
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Emailでのお問い合わせ:ippo@kyodonippon.work
HPからのお問い合わせ:お問い合わせ・お申し込みはこちらから。

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文:郡司弘明

VOICE:松尾 琴美 氏 -食を通じて、皆の幸せを実現する。ワクワクして前に進めるきっかけ作り-

協働日本で活躍するプロフェッショナル達に事業に対する想いを聞くインタビュー企画、名付けて「VOICE」。

今回は、協働日本で食のプロとして地域企業の伴走支援を行う松尾 琴美氏のインタビューをお届けします。

都内を中心に約60店舗展開する外食チェーンにてバイヤーを担当。全国の産地を飛び回り、生産者とのコミュニケーションを大事にしながら、買いつけから商品企画開発までを担う松尾氏。

松尾氏の協働を通じて生まれた支援先の変化やご自身の変化だけでなく、今後実現していきたいことなどを語っていただきました。

(取材・文=郡司弘明・山根好子)

地方に眠る「日本のものづくりのフィロソフィー」の伝道師 

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、松尾さんの普段のお仕事やこれまでのキャリアについて教えてください。

松尾 琴美氏(以下、松尾):はい、よろしくお願いいたします。
現在は、都内を中心に約60店舗展開する外食チェーンにてバイヤーとして働いています。全国の産地を飛び回り、生産者とのコミュニケーションを大事にしながら商品の買いつけを行い、そこからの商品企画、開発と一連の流れを幅広く担っています。

ーーありがとうございます。ご自身で食材の買い付けまで行っていらっしゃるのですね。食品に携わるキャリアはもう長いのでしょうか?

松尾:キャリアとして今は2社目、働き始めてもう10年ほどになります。最初はデザイン業界で働いていて、地方に眠る日本の伝統的な技術を発掘して、日常生活でも使っていただけるような商品に落とし込んだ自社企画品を海外の専門店や美術館、トップブランドなどに販売するという営業の仕事をしていました。ものづくりのフィロソフィーを日本人代表として売っていくこの仕事にはとてもやりがいを感じていました。ただ、会社が大きくなっていくにつれて、品物もニッチなものからよりマス向けになっていったりと、「ものづくりのこだわり」のような面白さが少しずつ薄れていってしまった感じがあったんです。そんな時に、仕事でお世話になっていたデザイナーの方から、今の会社のバイヤーのポジションが空いていて、合うと思うけどどう?と誘っていただいたことがきっかけで転職しました。

食品を扱うようになって感じたこととして、「食品」は人の生活に一番身近なものだなということです。前職で取り扱うものは、どちらかというと「嗜好品」で、より生活を豊かにするためのものでした。でも食品というのは、人の生活から切り離すことはできません。辛い時・悲しい時でも、食べないことには生きていけませんよね。辛い時でも温かいものや美味しいものを食べると、少しでもほっとできる…美味しいものを食べて不幸になる人はいません。そんな食べ物の持つパワーを感じて、この仕事を続けています。

協働パートナー企業の店舗にも足を運び、議論を交わす

ーー続いて、松尾さんが協働プロとして協働日本に参画されたきっかけについて教えていただけますか?

松尾:四十萬谷本舗の専務、四十万谷正和さんから紹介いただいたことがきっかけです。
10年間、バイヤーとして様々な地域を飛び回って色々な地域の資源を見てきました。その中には自社商品との相性などから、直接取り扱うことができない、ビジネスとして形にすることができなかったものもたくさんあったんです。知識やスキルが身についてきた実感がある一方で、それを活かし切れていないという思いがあったので、会社の中ではない別の場所や方法で活かせないか?と考えるようになっていました。

私は、金沢に大学の同級生も多くご縁が深くて、金沢エリアの若手経営者ともよくお会いして食事をすることがあったんです。そんな中でお付き合いのあった四十万谷さんにこの話をしたところ「ドンピシャで思い当たるところがあります」と言われてご紹介いただいたのが協働日本代表の村松さんでした。

ーー初めて協働日本の活動の話を聞いた時はどのように思われましたか?

松尾:率直に言うと、ポジティブさの溢れる会社だなと思いました。とても面白そうだけれど、具体的にどんなことをするのかというイメージは湧いていませんでした。それでも、協働という形で複業人材の活用をされている企業さんは多くなさそうですし、チャレンジしてみたら面白そうだなという思いで参画を決めたというのが正直な所です。

また、協働日本への参画を決めたのと同時期に、他の個人での仕事も受けるようになりました。自分にとって2023年はチャレンジの年でした(笑)。動き出した時には、「こんなことなら自分にできそうだな」となんとなく思っていたのですが、副業や協働日本での活動などの経験を通じて、自分は何者なのか?という輪郭がはっきりしてきたように思います。

自分にとっての「当たり前」が、誰かの気づきになる、複業人材の有効性。

ーー続いて、松尾さんがこれまで参画されてきたプロジェクトについて、詳しく教えてください。

松尾:現在二社のプロジェクトに参画しています。一社は株式会社味一番フードさん、もう一社は株式会社ネバーランドさんです。

味一番フードさんは、石川・富山で、自家製麺の飲食店を経営されている会社さんです。今回は「新規事業を作りたい」というテーマで協働プロジェクトがスタートしました。協働プロとしては、枦木優希さんと一緒にチームを組んでいます。新規事業を作りたいものの、まずは何をやろうか?というところから皆で考えていく必要があったので、最初は味一番さんの持つ強み、得意とすること、やりたいこと、課題など時間をかけてじっくりヒアリングしていき…実際にお店や、セントラルキッチンの様子を見に視察に伺ったりしながら、できそうなことを3つくらいに絞っていきました。

その過程で、自分がこれまで当たり前に行っていた商品開発のための思考のステップを、パートナー企業の担当の皆さんが初めて経験されていることを目の当たりにしました。確かに、ずっと商品開発に携わってきた私にとって習慣になっていることでも、商品開発を初めて経験される地方の中小企業の方にとっては新鮮な気づきや考え方になるんだと思うと、改めて、地方の企業による外部人材の登用は有効だと感じました。

ーー確かに、誰しも経験の中で知識やノウハウを得ていきますものね。

松尾:そうですね。例えば、商品開発するにあたって「誰のための何なのか」という軸はとても重要です。アイディアベースで、思いついたことをあれもいいね、これもいいねと作っていくと、最終的に目的がブレてしまいます。

確かに大変で面倒な部分もあるのですが、一番最初にこのコンセプトの軸を突き詰めておくと、その後どんな商品の形にするか?などデザインやその後のプロモーションまでの骨格になるのでスムーズです。

これも経験してこそ重要性がわかることですよね。
味一番の皆さんとは温度感も近くて、毎回楽しく進んでいました。今回の伴走で皆さんが実感を持って商品開発の一連の流れを経験してくださったことでスキルが身につき、次回以降に自力で商品開発をする際に活かしていただくことができるのではないかなと思っています。

ーーまさに、最初の経験に伴走して、自立に繋げるという協働日本のスタイルですね。ネバーランドさんのプロジェクトはいかがですか?

松尾:ネバーランドさんは、鹿児島県長島町で養殖されている「茶ぶり」を1つのキーにして「世界に羽ばたく飲食店ブランド」として鹿児島市を中心に活躍されている会社です。今回のプロジェクトは、長島町からの依頼を受け、ネバーランドさんと一緒に地域活性化に繋がる新規事業や商品開発を行っていくというものです。こちらでは、協働日本CSOの藤村昌平さんと枦木さんの3名でチームを組んで伴走支援に当たっています。

現在は長島町に多く群生している国産ハーブ「アオモジ」を活用した商品開発を進めているところです。

ーー「アオモジ」初めて聞きました!

松尾:アオモジは、元々は長島町で街路樹などとしても植えられていたもののですが、一般社団法人和ハーブ協会という団体の方が町に来た時「国内でこんなにアオモジが植っているところはない、とても貴重なものですよ」というお話があったそうなんです。そんなに価値のあるものなら、何か町の特産として使えないか?ということでこのプロジェクトがスタートしています。

はじめは私も、どんなハーブなのかわからなかったんです。商品開発にあたって、どういう料理に使えるんだろう?と色々調べてみると、実は中華料理や台湾料理で使われる「マーガオ」というスパイスの別名だということがわかりました。このマーガオは数年前に流行していて、様々な特集やレシピも見つけることができました。
すでにマーガオを使ったクラフト焼酎を作られている方が鹿児島県内にいることもわかり、皆で試飲してみるなど、商品化に向けて情報を集め検討しています。

長島町に群生する、貴重な国産ハーブの「アオモジ」

複業人材との協働の中で見えた、自分の「プロフェッショナル」

ーー食品系の商品開発をされている松尾さんの強みを活かして活躍いただいていますが、協働の中でご自身の変化を感じることはありますか?

松尾:協働を通じて得た気づきは大きく2つあります。1つは、先ほども少し触れましたが、自分のスキルや強みが明確になってきたことですね。

ベンチャー企業で働いていると、自分の役割はあれこれ多岐に渡るので、自分は何のプロフェッショナルなんだろう?という自覚が湧きにくいんです。

ーー確かに、本業でも買い付けから商品企画・開発まで色々なさっているとおっしゃっていましたね。

松尾:そうなんです。でも、協働を通じて見えてきた自分の得意領域は「商品開発」、そして「食品」のプロフェッショナルなんだということが見えてきました。先ほどのアオモジとマーガオが同じハーブ、という気づきについても、食品目線で調理法などを調べていたことで見えてきた情報でした。こういった「発見」を通じて、「食」に関しては誰よりも強いんだ、という自信につながりました。視点の持ち方、ものへの理解や広げ方…10年間極めてきた「食」についてなら任せてほしいと思えるんです。協働プロのチームはメンバーそれぞれに得意分野があって、役割があります。誰も気づかなかった情報にも、自分の職の切り口からチームに貢献できた。自分もきちんと役割を担うことができるということは嬉しいですね。

味一番さんのプロジェクトでは、マーケターである枦木さんとのチームなので、枦木さんがブランディング、私はもっと商品開発の骨格部分を作るような役割分担。ネバーランドさんのプロジェクトでは、0→1の事業開発を藤村さんが、そしてやっぱりブランディングやマーケティングを枦木さんと私という分担でプロジェクトに当たっています。

普段は会社を超えて誰かとチームを組んで仕事をすることがあまりないので、それぞれのメンバーの得意分野の考え方や仕事の仕方は新鮮で、勉強になるんです!
伴走支援をしているけれど、私にとっても学びになっていて、すごく楽しめています。こういった、他者との協働の中で受ける刺激や学びが、得たものの2つ目ですね。

協働の中で、「あ、自分はこの分野についてはプロなんだ」だったりとか、「本当にこういう仕事が好きなんだな」みたいなところが、浮き出てくる、炙り出されて、自分のスキルが整理されていく感覚があります。こういった自分にとっての気づきがあるからこそ、仕事としてやっているのに勉強にもなっているのだと思います。

地域の魅力を引き出し、人も地域も元気にできるプロフェッショナル集団。

ーー松尾さんは、これから協働日本でどんなことを実現して行きたいですか?

松尾:どこまでいっても私の好きなことや得意なことは「食」に関することです。美味しいものは人を幸せにできる。どんな時でも、美味しいものを食べることが前を向くきっかけになることもある。そういう、食を通じて人の幸せに直結する仕事を続けていきたいなと思っているので、協働日本でもそんな活動をしていきたいなと思っています。

食を通じて人をワクワクさせたり、幸せを実現していくことが自分にとってのやりがいです。

ーー松尾さんにとっての仕事のテーマなんですね。そのように思うようになったきっかけはあるのでしょうか。

松尾:はい。きっかけは、3.11の震災復興支援の一環でずっと携わっている、「女川のさんまのつみれのスープ」です。宮城県女川市は、津波の被害がひどかった地域の1つです。3日間くらい孤立状態にあって、電気もなく、連絡もつかず、食べるものもない、生き残ったわずかな人たちで身を寄せ合っていたと聞きました。そんな時に、ある水産会社の方が自社の倉庫から、加工して保管していた「さんまのつみれ」を見つけたのだそうです。

調味料もなく、ただのお湯にさんまのつみれを入れただけのスープを作って皆で食べて──ほぼ味もないスープでしたが、「あったかい」というだけでほっと心が安らいだんだそうです。

あれだけの極限状態でも、食べ物に人を癒す力があったんだ、と実感しました。それ以来「美味しいものがあれば人は前に進める」と、食を通じた人の幸せの実現に向けて使命を感じるようになりました。

ーー最後に、協働日本が今後どうなっていくと思われるか、協働日本へのエールも込めてメッセージをお願いします。

松尾:協働日本は、柔軟にその地域に入りこみ、寄り添いながらその地域の魅力を引き出し、人も地域も元気に出来るプロフェッショナル集団だと思っています。集まっている協働プロは、経験豊富な方が多いので、パートナー企業からの「困ったこと」の相談があった時、それぞれの分野のプロフェッショナルがすぐにアサインされます。こんな組織、なかなかありません。

私は、地方の方が面白いものがたくさんあると考えているんです。様々な技術や資源が眠っている地方と、東京のスキルが掛け合わされることで、もっと面白いことが生まれるのではないか?それこそが「協働」じゃないかな?と。

これからも協働を通じて、もっと面白く、日本全国の地域が活性化するような取り組みを、皆でできたらいいなとと思っています。

ーー本日はインタビューへのご協力、ありがとうございました。

松尾:ありがとうございました!


松尾 琴美 / Kotomi Matsuo

コピーライターの父と、料理好きの母のもとに育つ。幼いころから語学に興味を持ち、高校時代にアメリカへ留学。慶応義塾大学総合政策学部卒業後、日本のものづくりをベースとした、デザイン雑貨の企画/開発を行うイデアインターナショナルに入社。海外事業の立ち上げに従事し、アメリカ/ヨーロッパを中心としたマーケットの開拓を行う。

その後、新たなもモノ作りの分野に挑戦したいと現職に従事。バイヤーとして全国の産地に足を運びながら「美味しい」にとどまらないストーリーのあるモノづくりを目指し、食材の買いつけから商品企画開発まで幅広く手掛ける。

食のサステナビリティに強い興味を持ち、2023年よりChefs for the blueへ参画。

松尾 琴美氏も参画する協働日本事業については こちら

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VOICE:たかはし じゅんいち 氏 -パートナーの想いを形にする、「一歩先の写真」を追求-

協働日本で活躍するプロフェッショナル達に事業に対する想いを聞くインタビュー企画、名付けて「VOICE」。

今回は、協働日本でビジュアルクリエイティブのプロとして地域企業の伴走支援を行うたかはし じゅんいち氏のインタビューをお届けします。

世界的なフォトグラファーとして活躍されているたかはし氏。協働日本では協働プロとして、パートナー企業の新しいビジュアルクリエイティブに携わり、「本当に見せたいもの」を共にビジュアル化する活動をされています。

たかはし氏の協働を通じて生まれた支援先の変化やご自身の変化だけでなく、今後実現していきたいことなどを語っていただきました。

(取材・文=郡司弘明・山根好子)

ふとしたきっかけで進んだ、奥深い写真の道。

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、たかはしさんの普段のお仕事やこれまでのキャリアについて教えてください。

たかはし じゅんいち氏(以下、たかはし):はい、よろしくお願いします!

職業はフォトグラファー、人の写真を撮り続けて30年以上になります。広告、企業PR、各種メディアから、個人のアーティスト写真やビジネスプロフィール、地域の魅力の見える化のための写真まで、目的に合わせて様々な写真を撮っています。

ーーありがとうございます。30年間写真一筋のキャリアなのですね。ずっと写真がお好きだったのでしょうか?

たかはし:いえ、実は高校生までは漠然と学校の教員になるつもりで、教育学部のある大学への進学を考えていたんです。

ところが、高校2年生の時、当時憧れていた大学生の先輩から「学校の先生になって、君は何を教えられるの?」と言われたことがきっかけで自分の夢に疑問を抱いて…いや、心が折れてしまったと言った方が正しいのかもしれませんね(笑)

ーーまだ社会経験のない高校生には、難しい問いかけですね。

たかはし:はい、でもそれが結果的に「子供が好きだから学校の先生になろう、と漠然と抱いていた夢は、誰が決めたんだっけ?」と自身を振り返るきっかけになりました。

そして改めて将来の夢について考えた時に、せっかくなら楽しそうでかっこいい、素敵な仕事に就きたいと思い…思いついたものの一つが「写真」だったんです。その後東京工芸大学短期大学部写真学科に進学して、はじめて写真に触れました。

ーーそうだったのですね。そこからずっと写真に携わっているということは、ご自身に合っていたのでしょうか。他の仕事をやってみたいと思ったことはありましたか?

たかはし:他の仕事を考えたことはありません。大変なことがたくさんあったので、よそ見する暇もなかったと言えるかもしれません。

大変ではありましたが、プロのカメラマンになっていく過程で印象的なことがたくさんあったんです。カメラマンとしての指針になるような出会いや気づきの連続の中で「カメラマン」としての世界観が奥深く重層的になり、やめられなくなっていきました。

写真の表現って、ここまでやればOKというラインがないんですよね。掘れば掘るだけ、技術、センスが必要になり、磨かれていく。「十分」がないからこそ勉強し続ける、終わらない登山のような世界です。そんな写真の奥深さが自分にはあっていたのだと思います。くたびれる時もあるけれど、飽きずに続けてこられています。

思えば、元々は何かを追求していくたちでもなく、なんとなくぼんやりと中の上を維持しているような子供時代でした。高校受験あたりから、失敗や、前述のような心が折れる経験が増えていったのですが、そんな経験から道を外れる面白さを知ったのかもしれません。

NYのタイムズスクエアのビルボード を飾ったSTOMPのポスターもたかはし氏が撮影。当時日本人単独で初、モデルは当時STOMPで唯一の日本人メンバーだった宮本やこさん。

ーー続いて、たかはしさんが協働プロとして協働日本に参画されたきっかけについて教えていただけますか?

たかはし:協働日本代表の村松さんのビジネスプロフィール写真を私が撮影したのが最初のご縁です。

協働日本にお誘いいただいたのは、丸七製茶さんの抹茶を使ったNFTアートの案件がきっかけでした。それまで、村松さんの活動自体はFacebookや、協働日本のインタビュー記事などで拝見していました。お話を聞いて改めて、顧客ニーズに合わせていろんなプロフェッショナルを巻き込んで行う、ブランディングや新商品の開発プロセスが新しく、面白そうだと思い参画を決めました。

現場と一緒に作り上げるライブ感が、クリエイティブに新しい可能性を産む。

ーーさきほど、丸七製茶さんのお名前も出ましたが、たかはしさんがこれまで参画されてきたプロジェクトについて、詳しく教えてください。

たかはし:協働日本ではこれまでに二社の撮影に携わってきました。一社は先ほどお話しした丸七製茶さん、もう一社は沼津三菱さんです。

まず、丸七製茶さんのNFTの案件ですが、「抹茶カラー」を新しく作ってNFTアートとして販売するというプロジェクトで、そのアート写真を手掛けさせていただきました。

実は、世界共通の色見本帳であるパントーンで「抹茶色」とされているカラーがあるんですが、丸七製茶の鈴木社長は「本当の抹茶の色とは違う!」という想いを持たれていて、丸七製茶の高品質な抹茶の色を表現したいということでスタートしたプロジェクトでした。

村松さんから相談を受けて面白そうだと思って参画を決めたのですが、僕は写真家であっても、色の専門家ではありません。そこで、一緒に勉強しながら表現方法を模索していくことになりました。例えば、同じカメラマンでも、人ではなく物撮りを専門としている人は、被写体の色を写真に残すための色の表現に詳しい。化粧品会社の方も、ポスターやカタログなどの紙面で化粧品の色を正しく表現する必要があるため、詳しいんです。そうやって色表現に詳しい方達に話を聞きながら表現方法の情報を集めていきました。

撮影方法についての情報を得た後は、液晶を通じて「見せたい色」を表現するためにどうしたらいいか?ということを考えました。色を定量的に表すためのルール(以下、色空間)として、私たちが一般的に使っているのはAdobe社のRGBや、Windowsの基準になっているsRGBなどがあり、それぞれの定義により表現できる色合いが変わるんです。

私たちが見せたい「抹茶カラー」を表現するために、どの色空間を使うか、それぞれの特徴を調べて辿り着いたのがApple社の提唱するP3でした。WindowsのsRGBの色空間に比べると、緑・赤系統にsRGBにはない鮮やかな色が含まれるため、抹茶の色を表現するのにはちょうどいい!とひらめき、P3で抹茶の色を表現するNFTアートの誕生に至りました。

NFTアート作品の撮影自体もとても勉強になりましたが、お茶を作っている畑も実際に伺うことができたのも面白かったですね。

撮影したお茶の背景にあるお茶屋さん、お茶農家さんなど、物語がよく見えてくるので。そういった背景も、写真から感じ取ってもらいたいと思いながら撮影をしました。

丸七製茶の「抹茶色」NFTアートの撮影

ーー写真家としての経験や強みを活かすのはもちろん、専門外の部分を勉強しながらも、丸七製茶さんの想いを形にしていったのですね。沼津三菱さんではどのような写真を撮られたんですか?

たかはし:沼津三菱さんの新ブランドGranWorksのイメージ写真の撮影に伺いました。

撮影は日帰りで1回のみという時間制約の中で、齊藤社長はじめ現場の皆さんと一緒に臨みました。いざ撮影してみると、車の形によって想定通りの光にならず、光の当て方を試行錯誤するなど大変な面もあったのですが、沼津三菱の皆さんも積極的に提案をしてくれたので、当日のやりとりの中から「本当に見せたいもの」が伝わってきて、僕の中での輪郭がさらにはっきりしてきました。

僕の仕事は、「見せたいもの」を写真にすることなので、明確になった沼津三菱さんの「見せたいもの」を説得力のある形に落とし込むということへのやりがいを改めて感じました。

ーー現場でクライアントから色んな提案を受けながら撮影をすることは珍しいことなのでしょうか?

たかはし:そうですね。普段は広告代理店を通じてオーダー通りの写真を撮って納品するということが多いので、現場で直接意見をお聞きしながら臨機応変に撮影することは、実はあまりありません。

撮影の現場では最終責任者や意思決定者が不在のケースも多いので、その場でアイディアが湧いたり、違った意見が出ても大きく方針を変えることはあまりできないという事情もあり。一方で、現場で責任者も交えながら柔軟に対応しながら作り上げていった今回の撮影は、ライブ感があり楽しかったですね。

その場で「やっぱりこうした方が素敵に見えるかもしれない!」という気づきがあったり、今回は無理だったけど、次回はこんな風にしたらいいかもしれないねという会話があったりと、より新しい可能性や次に繋がる新たな視点が生まれるんじゃないかと感じました。

もちろん、決まった時間で決まったテーマがある撮影にも良い点はたくさんあります。広告やイメージ作りには「正しい」手法はないと思うんです。

それでも、一緒に作り上げていく方がより正解につながりやすいという感じがあります。そういえば、撮影の休憩時間に若い技術者の方がお二人で、僕が乗ってきたボロボロのプリウスを洗車してくれたんですよ!それがあまりに自然で格好良かったので、撮影して納品してしまいました。

これもライブ感の1つですね。余談ですが、洗車していただいてからはやっぱり長い間綺麗だったので、沼津三菱さんの技術の高さも体感できてすごく嬉しかったですね。

GranWorksでの撮影風景。出来上がった写真はこちら

ただのいい写真、の一歩先へ。見せたいもの、背景が伝わる写真の追求

ーー協働日本での活動を通じて、たかはしさんご自身の変化を感じることはありますか?

たかはし:先ほどお話しした通り、専門外のことも勉強しながら挑戦したので学びは多かったですね。また、やはり「目的が重要」であることも痛感しました。ただ良い写真を撮るだけではなく、目的に合わせた写真を撮ることがカメラマンの仕事です。誰に向けた写真なのか、どう見られたいのか・どう見えるかを意識したイメージこそが説得力を持つんです。

協働プロの皆さんの伴走によって、パートナー企業の皆さんの思考・思想・ビジョンが明確になっているからこそ、僕と一緒に撮影に臨んだ時に「こういう写真が欲しい」という”明快”な判断につながったと思うんです。軸があるからこそ、僕の提案にも柔軟に反応してくれて、良いものを一緒に作り上げることができた。

ここまで「自分たちで考えてやってきた」というプライドや自信が、プロダクトの写真表現の説得力に繋がっていく…まさに、協働日本の伴走支援ならではの良さだと感じました。

この気づきを得てからは、本業の方でビジネスプロフィールなど人物写真の撮影をする際には、必ずセルフブランディングをしてもらってから、それに合わせて撮影するようになったんです。「見せたい自分の姿」を「誰に見せる」のかをご自身で考えていただくことで、表情も変わる気がします。そしてそのイメージを形にするのが僕の仕事ですから、やりがいを感じます。

セルフブランディングが曖昧な、ただの「いい写真」を撮るよりも、自分で考えて一緒に作り上げた写真の方が、満足感も高くなっているように思います。

また、タイプは違いますが、町おこしや企業の魅力の見える化のような仕事の中でも、協働日本でやっているような「彼らに考えてもらう」ことをベースにすると、さらに魅力を深掘りして表現できそうだなとも思っています。

ーー協働日本での経験がたかはしさんの写真家としての活動に良い影響を与えたのですね。そういえばたかはしさんは、協働日本に参画される前から、地域の魅力発信のためのプロモーションなどのお仕事もされているんですよね。

たかはし:そうですね。故郷の新潟で子供時代のびのびと暮らせた当時の思い出が、その後カメラマンとしての山あり谷ありの経験を支えてくれている実感があり、新潟に恩返しをしたいという想いがベースになって「新潟の福祉をおもしろくの会」や町おこし、地域の魅力の見える化といった活動に関わるようになりました。

また、町おこしに外部の人が関わった結果、地域と折り合いがつかなくなってしまうような残念なケースを目にすることがありました。みんなその地域の人のためにやっているのにどうしてこんなことになるのか?というモヤモヤした想いを抱き、だからこそ、地域の人の為の活動では、「現地の人が幸せでないといけない」と強く想っています。

ーー確かにおっしゃる通り、地域の人に自分で考えてもらっての町おこしや魅力の発掘というのは、「現地の人の幸せ」と直結しそうですね。

たかはし:今は雑誌や広告とは違う形で、多くの人に簡単にイメージを見てもらえるようになりました。

だからこそ、さらに先の写真──「いい写真+」の重要性を感じています。撮影側として、写真の背景や撮影までの過程をいかに工夫できるかが大切になってきます。

撮影前のやり取りの中で、セルフブランディングをしてもらったり、その土地の魅力を自分たちで考えてもらったりというプロセスがあることで、写真から背景が伝えやすくなっていくと思うので、これからもそのプロセスを大切にして行きたいと思っています。

岩手県の職人の仕事風景を撮影するひとコマ

最終的に大切なのは「人」。協働日本の情熱は何よりの強みになる。

ーー最後に、協働日本が今後どうなっていくと思われるか、協働日本へのエールも込めてメッセージをお願いします。

たかはし:多様なスキルを持った方々が、協働プロや協働サポーターのような形でスキルを持ち寄り、共通の課題に向き合っていくというような、フレキシブルで柔軟な働き方は今後日本中で増えていくと思います。

参加したいという人も、同じようなことをする会社も増え、協働日本自体も大きくなっていくと取捨選択するシーンも出てくるのではないかと思うのですが、最終的には「やっている人」が何よりも大切だと思うので、村松さんや協働プロの皆さんの魅力である「正直」「情熱」「信頼できる」といったパーソナリティが強みになっていくと思います。

これまで携わったプロジェクトもすごく面白い取り組みだったので、引き続き僕も挑戦していきたいと思っています。

ーー本日はインタビューへのご協力、ありがとうございました。

たかはし:ありがとうございました!今後ともよろしくお願いいたします。


たかはし氏と協働プロジェクトに取り組んだ企業さまからもコメントをいただきました。

沼津三菱自動車販売株式会社 代表取締役 齊藤 周氏

弊社の洗車とカーコーティングに特化した、新しい自社ブランド「Gran Works」のイメージ写真を撮影していただきました。

当日は非常に細部までこだわって下さり、コンセプトがお客様に伝わる素晴らしい写真を撮って頂きました。今後ともぜひよろしくお願いいたします。

丸七製茶株式会社 代表取締役 鈴木 成彦

今回、たかはしさんとお茶の「色」にこだわって挑戦し、改めて色について少し詳しくなることができました。この経験はいずれどこかで役に立つと思います。

弊社は食品企業ではありますが商品を単なる撮影するだけでなく、永久に何らかの価値を生むことができないかと考えてNFTアートにすることに挑戦しました。プロカメラマンであるたかはしさんとのコラボで、可視光線のことや色を定義することの難しさ、そもそもリアルな商品としての色をデジタルにするとデバイスの特性によって表現されるものが異なることなど、普段知り得ないことも含めて色々と学ぶことができました。

デジタルアートの未来についても、デバイスの特性や、秘めている可能性について思考が深まりました。抹茶の美しい緑色を永久保存しようとしましたが、現実には超えなければならないハードルがまだまだ無数にありそうだと思いました。

結果が出るのはこれからですね。是非またよろしくお願いします。



たかはし じゅんいち / Junichi Takahashi

新潟市出身、1989年-2008年New Yorkで広告、雑誌、音楽、舞台などの分野で活動。現在は日本、東京在住。
2009年News Week の「世界で尊敬される日本人100人」選出、NIHONMONO中田英寿さんの日本の旅 (2009-2017)に同行、自身のプロジェクトとして、市井の日本人の魅力を撮影するNIPPON-JIN project(2008-)。
アスリート、職人、伝統芸能、工芸、日本酒、ART、ビジネスなどを取り巻く世界が大好物。日本の様々な美意識に惹かれています。
日本各地には宝がいっぱい…地域に関わることやPR(出身地の新潟や佐渡、縁が出来た福島や岩手、宮城など)、障害、LGBT、誕生と終焉など、関わり方を模索しています。

JUNICHI TAKAHASHI
https://www.junichitakahashi.com/

たかはし じゅんいち氏も参画する協働日本事業については こちら

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STORY:株式会社北陸人材ネット 山本 均氏 – 伴走支援が社内議論を大きく変えた。社員一人ひとりに芽生えた目的意識 –

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
実際に協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのようにプロジェクトを推進しているのか、インタビューを通じてお話を伺っていきます。

今回は、株式会社北陸人材ネット 代表取締役社長 山本 均氏 のほか、同社で働く社員の方々5名にもご同席いただき、グループインタビュー形式でお話を伺いました。

株式会社北陸人材ネット様は、石川県・富山県・福井県の3県に特化した転職エージェントで、山本さんのモットーでもある「ねばねばでなく、わくわくで生きよう」を合言葉に、北陸で「わくわく働く」人を増やすことを、会社のビジョンに掲げておられます。
北陸を愛する方々の間で様々な「わくわく」を創出し、その中から人と組織、人と企業などの相互の発展と成長につながる「出会い」を生み出すべく、北陸3県で働きたい人へ職種を限定せず、北陸3県の会社を紹介する地域密着型エージェントとして注目されています。

自社HPのリニューアルを行うにあたり、あらためて自社のブランディングとマーケティングを再設計する必要があり、協働日本の伴走支援を通じて外部の知見も取り入れたいと考えたそうです。今回、社員の方々と共にインタビューを通じ、協働プロジェクトに取り組みはじめたことで生まれた成果や変化について語って頂きました。

(取材・文=郡司弘明)

代表取締役社長 山本 均氏

協働日本との、わくわくするような化学反応に期待

ーー本日はよろしくお願いいたします!まずは協働日本との取り組みがスタートしたきっかけを教えていただけますか?

山本 均氏(以下、山本氏):

よろしくお願いします。

北陸人材ネットは、2007年に創業した北陸地方に特化した人材紹介会社です。

わくわく働く人と、場所を増やして、そのご縁を多くつなぐことで「北陸をもっと元気に!!」をブランドスローガンに、有料職業紹介事業の他、人事人材育成コンサルや、コーチングなどの事業も手掛けております。

ーー山本さんがモットーとして、また会社の合言葉にもなっている「ねばねばでなく、わくわくで生きよう」というフレーズも印象的ですよね。

山本氏:

ありがとうございます。

安定した会社に就職・転職しなくては、という「ねばねば」の反対語として掲げています。自分の好きなように生きる、やりたい仕事に就くという「わくわく」で生きる・働くことを応援したいと考えています。

ーー協働日本と共に取り組むことを決めきっかけを教えて下さい。

山本氏:

かねてより繋がりのあった、山岸製作所の山岸社長のご紹介で、協働日本代表の村松さんとお引き合わせいただいたことがきっかけです。

私は、自分のわくわくに向き合って周囲のあきれ顔をものともせず夢中になれる人を、「ヘンタイ」と定義づけて、そう呼んだりしています。私にとって「ヘンタイ」は最高の誉め言葉なのですが、いろいろお話する中で、村松さんも私と同じヘンタイだな!と感じました(笑)

ヘンタイ同士の共通の価値感を感じ、ちょうど懸念事項だったHPのリニューアルプロジェクトをきっかけに、協働日本さんに弊社のお手伝いをお願いすることになりました。

ーーなるほど、お二人の間でとても共感するものがあったのですね!

山本氏:

私は、仕事には「やらねば」という義務感よりも、内発的な動機付けが重要だと考えています。働く社員にもよく言っていますが、義務感で生きるのはしんどいですし、自分の中のわくわくにこだわっていきたいと思っています。

協働日本代表の村松さんも、わくわくする気持ちを大切にしている経営者で、協働日本さんもわくわくが満ちたコミュニティから始まった企業というストーリーを語ってくださり、その点も非常に共感いたしました。お話に聞いていた通り、協働日本に所属する協働プロの方々も、複業という形で、それぞれのわくわくする気持ちを大切にして働いている方ばかりでした。

そういった方々と弊社のメンバーと協働させていただくことで、それこそわくわくするような化学反応が起きて、自分たちだけじゃ得られない価値を得られるのでは?という期待感を抱きました。

それに私自身も大学・大学院の仕事を掛け持ちしていたこともあり、外部の視点を取り入れていくことの重要性も感じていました。

協働日本に所属しているような、大手企業で活躍しているプロ人材との接点をぜひ活かしたいとお伝えし、さっそく取り組みがスタートしました。

株式会社北陸人材ネット オフィスの様子 
テレワークを中心とした働きやすい職場環境を推進

週次のミーティングで生まれた変化と得た学び

ーーその協働プロジェクトについても、どういったお取り組みをされているのか教えて頂けますか。

山本氏:

昨年10月から、今年9月末までの1年間、週次でミーティングを組ませてもらいながら伴走支援をしていただきました。

弊社のHPのリニューアルを行うにあたって、ブランディングとマーケティングを再設計する必要があったのですが、社内のメンバーだけでの議論ではなかなかまとまりにくい部分があり、そうした部分についてお手伝いしていただきました。

協働日本の協働プロの方々からは4名の方にチームに加わっていただき、大西さん、向縄さん、浅井さん、大島さん、それぞれのご経験や強みから様々なアドバイスをいただきました。

実際にHPのリニューアルを実現しただけでなく、そのプロセスの中で参加していた社員それぞれも、様々な学びを得ながら取り組むことができたと聞いています。

今日参加している、弊社の社員にもぜひそのあたりを聞いてみてください。

テレワークを中心とした職場環境 日本テレワーク協会でも表彰
ーーありがとうございます!では早速ですが、順にお話を伺っていきたいと思います。週次の協働ミーティングを通じて、どういったお取り組みをされていたか教えてください。

河村氏:

弊社で働く社員は、社長以外は全員女性のメンバーです。それも複業という形だったり、子育て中のお母さんがいたりと、様々な働き方をしている社員が集まっています。

そんな中、今後の弊社の方向性の検討や、HPのリニューアルと言った課題に対してまとまった議論がなかなか進んでいなかったところに伴走いただき、サポートしていただきました。

特に今後お客様にどのようにメッセージを届けていくか、自社の強みは何なのか、といった普段の業務からは少し離れた、自社のブランディングについて考え直す議論は難しさも感じており、協働プロの皆さんにサポートいただきました。

角崎氏:

協働プロの方々とワンチームで取り組む中で新しく得られたこととして、KPIについての考え方があります。

社内でのメンバー間での振り返りはこれまでも行っていましたが、「数値化した振り返り」はしっかりとできなかったと反省しました。

日々の業務を定量的に数値で振り返るということにはじめは苦手意識もあり、協働プロの大西さんに相談したところ、「数値を測るということは健康診断のようなもの。必ず達成しなくては、というプレッシャーを感じるためのものではなく、自身やチームの状態を測るものと考えてください。」というアドバイスをいただきました。

出口氏:

私も角崎さんと同じく、定性的な振り返りが多かったのですが、伴走を経て定量的な視点を入れた振り返りを意識することが出来るようになりました。

大西さんからは、教えて引っ張るというよりも、自身の中の想いを引き出すようなアドバイスをたくさんいただき、自身の考えや想いを言語化するお手伝いをしていただきました。

また、マーケティング業務経験が豊富な向縄さんからは、フレームワークを使った、ロジカルシンキングを学ばせていただくなど個人の成長にも繋がった1年でした。

協働後にも活かせる気づきや学びを残してくださり、感謝しています。

西田氏:

求職者に伴走して、最後まで徹底サポートしていくのが弊社の強みですが、「どういったサポートが必要なのか」という点については、働くメンバー一人ひとりで異なっており、共通言語化できていませんでした。

職業紹介・人材業界で働いていると、個人で完結する仕事も多く、それぞれのノウハウやスキルが個人で完結することも多く少し諦めていた部分もありました。

しかし今回、求職者を4つのタイプに分けてサポート内容を見直したり、それぞれをターゲットにした施策を考えたりと、求職者のパターンを共通言語化できたことでそれぞれが持っていたノウハウを共通知に変えることが出来たことも多く、以前よりも組織力が上がった実感があります。

川辺氏:

新しくHPをリニューアルという目標からスタートして、私たちの強みを言語化したり、求職者さまに向けた新たなサービスの検討を進めたり、よりスムーズな面談の仕組みづくり、書いていただきやすい求人票のフォーマット化など、多岐にわたるテーマを議論するきっかけをいただきました。

単に、目の前のこと(HPリニューアル)に対するアドバイスではなく、私たちの事業そのものを良くしようという視点からアドバイスを頂いていることがよく分かりました。

大西さんからいただいた、まずいち早く行動することの重要性や、PDCAについての考え方などのアドバイスはとても印象的でしたし、向縄さんから教えていただいた顧客志向についてのアドバイスや、カスタマージャーニーマップの作成なども、日々の求職者=顧客 の体験に向き合う上でとても良い学びになりました。

オフィスに集いコミュニケーションを深めることも

伴走支援を通じて、社員に芽生えた目的意識

ーー社員の皆さんそれぞれが、取り組みを通じて成果を実感している姿が見えてきました。あらためて山本さんにお伺いします。協働日本との取り組みの中で、どのような変化が事業(企業)に生まれましたか?

山本氏:

取り組みを通じて、社員同士で話し合って自律的に事業計画の目標数字を設定し、達成のための戦略構築やシナリオを構築し、実行するようになりましたね。これはとても大きな変化だったと思います。

基礎理論をお教えいたただきつつ議論を深めることができ、従来以上により深い議論ができるようになったこと、その過程に社員一人一人がそうした理論を習得することで再現性をもった形でブランディングやマーケティングに対するフレームワーク的な思考法を習得できたように思います。

ーーなるほど。他にも、社員の皆さんが実感している変化などはございますか?

河村氏:

先程、出口さんも言っていたのですが、コアとなる求職者のタイプを大きく4タイプに分類し、それぞれに対応するノウハウを共通言語化したことである種の、社内方言のようなものが生まれました(笑)

例えば、「新規にAタイプのお客様です。Aタイプの方でこういったケースだと以前はどう対応していましたか?」など。お客様に対してのアプローチを体系化して、メンバー間でのノウハウの共有がスムーズになった結果、一人ひとりのお客様の課題に向き合う精度が上がったことは大きな成果だと感じます。

出口氏:

加えて、社内の雰囲気も変わったなと思います。

もともとすごく仲が良く、気遣いあえる空気感のある職場でしたが、意見の衝突を避ける傾向もありました。時には意見がすれ違うこともありましたが、そのままにしてしまうことも・・。

今は、この会社のためにどうすればよいのかという目的に向かって、健全で建設的な議論ができるようになったと思います。私たちが仕事をしていることの目的意識をチームで議論したことで、一人一人の当事者意識が上がったのだと思います。

西田氏:

あとは、これまでのやり方を変えることに対する抵抗感がなくなったと思います。

せっかく自分たちらしい強みを発見できたんだから、今まで当たり前だったこともどんどん良い方向性に変えていこうという積極的な雰囲気になりました。

例えば求人票のフォーマットでも、これまで当たり前だった形をメンバーみんなで見直し、北陸人材ネットの強みが活かせるものに変えていっています。これにより、お客様との面談で聞くべきこと・ヒアリング項目を見直すきっかけにもなり、変化の好循環が生まれつつあります。

ーー よろしければ、関わっている協働プロ協働サポーターの印象をお聞かせください。

山本氏:

課題を受け止めつつ、論点を整理し、必要な知識や理論に基づいて解決の方向に議論を導いていただけたと思います。

はじめはメンバーも恐縮していた部分もありましたが、協働プロの大西さんや向縄さん、大島さんは、意見を言いやすい場づくりを心がけてくれて何を言っても大丈夫だという心理的安全性を確保してくださいました。

それでいて、言うべきことはしっかりと言ってくれる、安心感があったように思います。

また同じく協働プロの浅井さんは、HPのリニューアルの件では率先としてヒアリングをしてくださり、素朴な疑問も非常に話しやすい空気を作ってくださいました。デザイナーの観点で、思っていることを伝えてくれるだけでなく、参考になるサイトや、参考になる方を紹介してくださったりと色々とご準備いただきました。

ミーティング後には、参加メンバーひとりづつにフィードバックをくれるなど、きめ細かくサポートしてくださったと聞いています。

環境変化のスピードが速い時代だからこそ、外部からの刺激が重要に

ーーワンチームで素晴らしい取り組みが実現できていると感じます。ちなみに、こういった複業人材との取り組みは今後、広がっていくと思いますか?

山本氏:

これだけ環境変化のスピードが速い時代だと、これまでのやり方や自分の中の当たり前を捨てなくてはいけない。でも自社のメンバーだけでは、なかなかすぐに大きく変化するのは難しい。

だからこそ、外部からの刺激として複業人材と一緒に取り組んでいく重要性は今後高まるでしょうね。

こういった取り組みは、受け入れ側の企業にとっても、いわゆる越境学習的な取り組みとも言えると思います。

そうした外部からの刺激を取り入れることに柔軟であれば、中小企業のほうが変化に対する変化のスピードは上げられるのかもしれないとも思います。

ーーこれから協働日本はどうなっていくと思いますか?エールも兼ねてメッセージをいただけると嬉しいです。

川辺氏:

協働プロの方々は高いモチベーションで取り組みにコミットしてくださり、大変感謝しています。

だからこそ、私たちも変化のきっかけを得ることが出来たのかとも思います。

河村氏:

自分たちの力で歩いて行けることがゴールになる「協働」というワンチームで取り組むスタイルのおかげで成長を実感できました。

他力本願ではなくて、最後には自走するために外部と取り組もう、という意識で協働に取り組む企業が増えていけば、色々な地域でもっと輝く企業が増えてくると思います。

その道を切り開く難しさは感じつつも、この良さが広まっていくことを願っています。

ーーあらためて最後に山本さんからメッセージをいただけますか?

山本氏:

1年間で想定以上に様々な変化を生み出してくださり、あらためて感謝しています。

協働プロの皆さんのように、わくわくを持って働いている方とご一緒できて良かったです。

日本の大手企業でも続々と副業・複業が解禁される中で、わくわくとやりがいを感じられるような働き方を自ら選択できる時代になりました。

協働日本さんも、好きでこの仕事をしていると言えるような人を増やしていくための同志だと思います。

これからも一緒に、働く人の「ねばねば」でなく「わくわく」を増やしていきましょう!

ーーインタビューへのご協力ありがとうございました。

山本氏:

ありがとうございました。

山本 均 / Hitoshi Yamamoto

株式会社北陸人材ネット 代表取締役社長

地元石川県のメーカー、IT企業勤務後、東京の大手通信機器メーカーに転職。
それぞれの企業の人事を経験後、独立し現在。

北陸、首都圏大学でのキャリアガイダンスでの講演多数。
地方企業、ベンチャー企業、大手企業という3つの異なる分野の企業の人事採用を担当した人事マンとしてビジネス誌、新聞に数多く取材に応ずる。

大学生のキャリア教育から就職支援、インターンシップ、企業の若手社員育成、管理職の養成まで人材育成に関する幅広いジャンルでのコンサルと実務を経験。
企業から大学、官公庁、企業にいたるまでに幅広いネットワークを有する。

趣味はスキー
モットーは「ねばねばでなく、わくわくで生きよう」

株式会社北陸人材ネット
https://hokurikujinzainet.com/index.html

協働日本事業については こちら

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協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。

実際に協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのようにプロジェクトを推進しているのか、インタビューを通じてお話を伺っていきます。

今回は、株式会社キラガ  常務取締役の太田 喜貴氏にお越しいただきました。

株式会社キラガは、創業40年・宝飾品の製造、加工、卸売、小売を行っている総合宝飾品メーカーです。静岡県の富士山の麓にある豊かな自然に囲まれたエリアに、こだわりのジュエリーと開放的な庭を備えた宝石工房を構えています。

私たちの生活に豊かな彩りを与えてくれる宝飾品ですが、コロナ禍で苦境に立たされることに。そんな中、地元の同友会での講演会をきっかけに、協働日本がマーケティング戦略から、現在では事業全体の方向性策定やIT導入、採用試作まで幅広く伴走させて頂くことになりました。

インタビューを通じて、協働プロジェクトに取り組みはじめたことで生まれた変化や得られた学び、これからの期待や想いについて語って頂きました。

(取材・文=郡司弘明・小田川菜津子)

(左)常務取締役 太田喜貴氏 (右)代表取締役社長 太田喜克氏

コロナ禍の2021年、苦境に立たされたジュエリー業界へ

ーー本日はよろしくお願いいたします!まずは協働日本との取り組みがスタートしたきっかけを教えていただけますか?

太田 喜貴氏(以下、太田氏):

よろしくお願いします。もともとは長く商社に勤めてIT分野でB to Bビジネスに関わっていたのですが、コロナ禍で人と会う機会が減り宝飾品業界全体が業績不信に苦しんでいる状況を両親から聞き、父が創業した株式会社キラガへ、約2年前の2021年に戻り常務に就任しました。

やはり課題は多く、売上も3割、4割減のような状況が続きどうにか現状を打破しなければという危機感を抱えていました。

そんなある日、地元の同友会の会合で協働日本さんの講演を拝見したことが、協働日本さんとの最初の出会いでした。

講演後にあらためて時間をとって、経営における現状の危機感を伝えつつ、協働日本さんの協働という支援体制を理解しました。現状を打破していくべく、ぜひ協働日本さんと取り組みをしたいと考え、まずは自社の理解とマーケティング面での課題を整理したく、まずはそちらを一緒に進めていくことから、取り組みをスタートさせました。

ーーなるほど。きっかけについてよく分かりました。太田さんは、もともとIT分野でのご経験が長かったとのことで、当時、ジュエリー業界に飛び込んでみて驚いた点や特徴などはありましたか?

太田氏:

まず驚いたのが、お客様も企業側も高齢の方が予想以上に多かったことですね。分かっていたことではあったのですが、お客様は60歳以上の方が多く、関わる取引先企業もメールではなくFAXや手書きの伝票を求められることが多いです。

自分はITの業界でB to Bをやってきた人間なので、最初は勝手の違いに戸惑うことも多かったですが、今は掛け算の発想で前職の経験も活かしてもっとジュエリー業界にITのやり方を持ち込んでいけたらな、と思っています。保守的な部分が多い業界ですが、柔軟な発想で楽しみながら、「高い、ダサい、怪しい」なんて思われがちなジュエリー業界を変えていきたいと思っています。

色々と考えている仕掛けはたくさんあるのですが、今はほんと時間が足りないといった状況ですね。

ーーお話をお聞きしていて、業界を変えていきたいという熱い想いを感じます!続いて現在、協働日本と進めている協働プロジェクトについて、どういったお取り組みをされているのか教えて頂けますか。

太田氏:

2022年4月から協働プロの方々と一緒にプロジェクトを始めさせていただいて、現在は取り組みを始めて2年目になります。

初年度はマーケッターの枦木 優希さんも入ってマーケティング戦略、ブランディング戦略を丁寧に言語化していきました。2年目の現在は向縄さん、和地大和さん、田中紋子さんの3名体制で、当社側は私の1名が参加して4名の協働チームで、マーケティング戦略や事業全体の方向性、人事施策まで含めて週に1回壁打ちをおこなっています。

エンドユーザー様への直販へと事業を拡げるため、自社の強みの整理や競合との比較、どのようにして認知から購入までつなげていくかなどマーケティング戦略から始まり、それがひと段落したタイミングからは、事業全体の方向性やIT、人事施策まで幅広く一緒に考えていただいています。

他の企業様の事例も読ませて頂きましたが、プロジェクト単位でのお取り組みが多い中、当社はかなり広いテーマを一緒に議論させていただいている印象です。

協働プロとのミーティングの様子

試行錯誤の中で磨いた唯一無二の強みで売上高200%ベースへ

ーー協働日本との取り組みの中で、どのような変化が事業(企業)に生まれましたか?

太田氏:

これまで当社は宝飾品の卸売りを主業にやってきたのですが、やはりそれだけだと粗利率が上がらない、コロナ禍の状況もあってこれだけだとこの先やっていけないかもしれないという危機感から、エンドユーザーへの直販に販路を広げていこうと、まずは「いかに直販の売上を上げるか」の壁打ちをとにかくやらせてもらいました。

約半年間をかけて、自社の強みの理解、コンセプトの策定、店づくりの強化など、協働プロの皆さんと一緒に、「ああでもない、こうでもない」ととにかく議論を重ねたことで、当社にしかない強みを言語化することができたと思います。

うちは街中にあるようなショップではなく、豊かな自然に囲まれた富士山の麓に工房を構えているので、まずはどうやって出歩く機会が少なくなったお客様に工房まで足を運んでもらうか、が重要なポイントになります。

人づてで紹介して頂くといった集客施策をやったり、訪問販売を始めてみたり、どれも一定の成果と手ごたえは感じたものの、抜本的に売上を伸ばすことには繋がらなかった。

そこで気づいたのが、「自分たちから見た強みは理解しているけれど、お客様から見たときの当社の魅力をきちんと理解していないのではないか?」ということです。

そこで、お得意様にアンケートを取るなどヒアリングをしたところ、当社の、特に店舗の強みは「お友達と来てジュエリーで遊ぶことができる空間」があるということが分かりました。

ーー凄く魅力的なキャッチコピーですね。それは、お客様や協働日本との対話の中で生まれたのでしょうか。

太田氏:

はい。そもそもうちのお店では、お客様がいらっしゃったらまず靴を脱いでスリッパに履き替えて頂く。そうやってリラックスした状態で、商品に自由に触って、好きなだけ試着をして頂ける。

お買い求めいただく際にもし価格についてのご希望があれば、お客様には「お値段についてもぜひ、ご相談ください」と伝えています。こちらからそのようにお伝えすることで、お客様にとっても安心して商品をお買い求めいただける環境をつくっています。無理なときは無理ですと率直にお伝えしますので(笑)、ぜひお気軽にご相談いただけると嬉しいです。

こうした自由な空間、「ジュエリーで遊ぶ」という体験自体に価値があるのだと、お客様から教えて頂きましたし、そのきっかけが生まれたのはやはり協働日本さんとの議論があったからこそですね。

富士山の麓に構えた店舗。リラックスしてジュエリーを楽しめる空間づくりを心がけているという
ーーその1年目の取り組みを経て、現在売上などの状況はどのように変わりましたでしょうか。

太田氏:

おかげさまで、協働が始まってから売上金額は200%達成ベースで成長しています。

当社の魅力をしっかりと言語化し、店頭でのコミュニケーションを改善したことも成果に繋がっていますが、発見したキラガの強みである「リラックスした状態でお友達とジュエリーを楽しむ」をWeb上でも展開しています。

実は、直販での試行錯誤を経て、現在はSNS経由でのライブコマースでの販売に力を入れており、高額商品もライブで購入していただけるような機会が増えました。

これは当社のスタッフのアイデアで始めてみたのですが、まずはライブコマースを頑張っている他企業様の配信にゲストという形で出演させて頂きノウハウを身に着けさせていただきました。

今では公式LINE、YouTube、Instagramなど各SNSで自社アカウントの運用もおこなっています。どれも私自身が出演しているので、「私の稼働量=売上増」のような状況になっているので、それはこれから打破していかなければと思っていますが。

経営者のメンタリティで伴走してくれる協働日本は、思考と行動の精度を上げてくれる良き相談相手

ーー現在、貴社に関わっている協働プロ協働サポーターの印象をお聞かせください。特に心に残っているエピソードなどがあれば教えてください。

太田氏:

いつも丁寧に率直に疑問点や意見を言ってくださっています。経営をしている中で急いで進めないと成果が出ないと焦ってしまう中、「ここが整理できないと先に進めない」とストップをかけてくれるので、その都度立ち止まってしっかりと考えることができる。

結果として、その後の活動の進み具合が良くなったと思います。経営面も含めて、立場上なかなか社内には相談できる相手がいないので、協働日本の皆さんと話すことで自問自答するきっかけにもなるのが嬉しいです。

あと、実は一番助かっているのは、伴走を経営者のメンタリティをもって柔軟に伴走してくれる姿勢ですね。

先ほど話したライブコマースなどの出演もあり昼間に時間を取るのが難しく、協働プロさんとの打ち合わせが始まるのは大体夜遅くからのスタートになってしまうことも多いです。私が単独でプロジェクトに参加しているのも、この時間がネックとなり当社社員の参加が難しいという点もあるのですが、そんな遅い時間からの打ち合わせでも、複業という形で参画する協働プロの皆さんに柔軟に対応頂けているというのが本当に有難いです。

打ち合わせでは時々、協働プロの皆さんから「太田さんの行動量は凄いですが、一日中働いていたら身体を壊してしまいますよ」とご指摘を頂くことも(笑)

一日中働くようなハードワークの日々の中でも、協働プロのみなさんと話すことで、私自身の行動の結果の精度を上げてもらっている感覚があります。おかげさまで、やるべきことの優先度づけがスムーズにできています。

ーーちなみに、以前から都市人材や複業人材との取り組み自体には以前から興味はありましたか?

太田氏:

複業人材との取り組みには興味があり、SNSの運用などの単発作業で複業人材を活用することはこれまでもありましたが、この取り組みのように複雑な課題に長期に取り組むことは初めてです。

今回しみじみと思うのは、当社のような業界、特に中小企業では、他商材に精通しているマーケティングのプロを自社で採用・育成することが難しく、たとえ採用できたとしてもマーケティング予算などの問題もあり、その方のスペックをフルに活用して頂くことは難しいですよね。

他業界や他製品の事例を踏まえて、議論してくれる人材と出会えるのは複業人材の強みであり、「現実的な費用負担」の面からも企業にとって大きなメリットがあると感じています。

ーーこういった複業人材との取り組みは今後、広がっていくと思いますか?

太田氏:

今後世の中としてもますます広がっていくと思いますね。自社人材やノウハウだけでは時代の流れについていけなくなることに危機感を覚えたとき、現実的な選択肢の一つになってくるのではないでしょうか。

ーーこれから協働日本はどうなっていくと思いますか?エールも兼ねてメッセージをいただけると嬉しいです。

太田氏:

今後、もっと実績が重なることでさらに広がっていくと思います。

一方で、事業の内容は短期成果がでるものではないため、良さを理解してもらうための啓蒙活動や実際に伴走支援を受けた人が、協働日本の良さをうまく説明できるサポートが必要だと思います。

ーーまさにそうで、この記事を通じてぜひ多くの皆様に協働日本の取り組みを知って頂ければと思っております。本日はお時間を頂きありがとうございました!

太田氏:

この協働という形が広がることで地方の中小企業の動きが活発になると嬉しいなと思いますし、私も周りに良さを伝えたいと思えるサービスです。

引き続きよろしくお願いいたします!

 太田 喜貴 / Yoshiki Ota

株式会社キラガ 常務取締役

2012年、北海道大学工学部を卒業後、豊田通商株式会社に入社。主に自動車業界を担当し、オフィスITシステムの全世界展開や、中国駐在を経験し中国自動車製造ラインのシステム立ち上げなどのプロジェクトに従事。
2021年より、父が創業者である株式会社キラガに入社。常務取締役に就任。管理部門、小売部門の統括を行う。

株式会社キラガ
https://rings-kiraga.com/

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STORY:1129代表 大隣佳太氏 -最高に美味い鹿児島の和牛を世界中に届けたい。協働日本は想いに伴走してくれるペースメーカー-

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。

実際に協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのようにプロジェクトを推進しているのか、インタビューを通じてお話を伺っていきます。

今回は、株式会社1129代表の大隣 佳太氏にお話を伺いました。

株式会社1129は、鹿児島県産黒毛和牛に特化した精肉通販販売業者で、選びぬかれた牛肉を使用したハンバーガーの販売を行う「にくと、パン。」や、うどんと肉料理の美味しさを追求した「にくと、うどん。」などの飲食店も鹿児島で展開しています。

また同社は、鹿児島県産の黒毛和牛のステーキや、手作りハンバーガーキット、部位ごとのカット方法や調味料との相性など、黒毛和牛のさまざまな風味を体験できるビーフジャーキーなどの通信販売事業を行っており、同社のECサイト『1129nikulabo』や、「楽天市場」、「Yahoo!ショッピング」などでお買い求めいただくことが出来ます。

そんな株式会社1129の想いや、鹿児島県和牛の魅力を発信していくアイディアの実現に協働日本が伴走しています。インタビューでは、協働プロジェクトに取り組みはじめたことで生まれた変化や成果、これからの期待や想いについて語って頂きました。

(取材・文=郡司弘明・山根好子)

ずっと持ち続けてきた「和牛を売りたい!」という気持ち

ーー本日はよろしくお願いいたします。 企業の沿革や事業内容を教えてください。

大隣 佳太氏(以下、大隣):よろしくお願いします。

元々実家の家業が畜産業で、「和牛を売りたい!」という想いを強く持っていました。

農業高校を卒業後、農業大学へ進学し、その後に種畜場で修行後に家業を継ぎました。当時は24歳。鹿児島県産黒毛和牛のおいしさを日本中に広めたいと思っていましたし、良い肉を作って和牛オリンピックにも出場したいと思って頑張っていました。

しかし、口蹄疫や狂牛病で苦しみ、経営が苦しくなり27歳の時に畜産業を廃業せざるを得ない状況になってしまいました。

ーーなんと、そういった背景があったのですね。作りたいものが作れない、売りたいものが売れないという経験は大隣さんにとって、とても辛い経験だったと思います。

大隣:まさしく。和牛を売りたくても売れないという経験は大きな挫折で、その後には一度歩みを止めて海外に出ました。しばらく海外で過ごし、自分を見つめ直す時間を持ちました。

そうしているうちに、自分の武器となるようなスキルを身に着けておかないといけないと思うようになり、もう一度勉強し直そうと思いました。お世話になっていた先輩にも相談して、英語かITスキルのどちらかを徹底的に磨こうと決め、最終的にはITスキルの専門性を磨くことにしました。

ーーなぜ、ITスキルを選択したのでしょうか?

大隣:それは「やっぱり和牛を売りたい!」という気持ちが湧き上がってきたからですね。売りたいものをしっかり「売れる」ための知識があれば、もう一度和牛の良さを広めるビジネスが出来るのではと思ったからです。

とはいえ、畜産一筋だった自分にとっては一からの勉強でした。帰国後に、求職者支援学校にも通って基礎知識を身に着け、その後はECやWebマーケティングをどんどん独学で学び、いちごや野菜をインターネットで販売してみて、実践の中で専門性を磨いていきましたね。

ーー畜産一筋だった大隣社長にとって、まさに新しい挑戦だったのですね。協働日本が伴走させていただいている、株式会社1129の立ち上げ経緯もぜひ伺いたいです。

大隣:IT周りについてのキャリアを積み、その後、福岡のWeb制作会社へ就職しました。

その頃には、ITの力のすごさを日々実感していました。インターネットでものを売る仕組みが作れれば、日本中、世界中のお客さんを相手に商売ができるというのは本当にすごいことですよね。

良いものを提供出来て、しっかりと売る仕組みが作れれば、ちゃんと売上を作れるというのは大きな自信になりました。

当時大変お世話になっていたお客さんからも、自分の「鹿児島の和牛を多くの人に届けたい」という夢を応援してもらえるなど、本当に良い出会いがありました。

そうしてインターネットを使ってものを売るスキルを身に着けたのち、「まだ注目されていない商材に新たな価値を掘り起こし、世界中にサービスを提供する」、株式会社バリューを設立しました。

そして2020年この理念を継承させ和牛のEC販売に特化した会社・株式会社1129を立ち上げたという経緯になります。

かつての畜産仲間だった、有限会社末吉畜産さんから「良い肉ができたので世に広めてほしい」と相談もいただき、今では本格的に鹿児島産黒毛和牛を売る会社として戦略を描いています。

手前(右) 株式会社1129代表 大隣 佳太氏
ーー大隣さんご自身の事業にかける想いを伺えたことで、1129で販売されている和牛へのこだわりや熱い想いを感じました。そんな大隣さん、そして株式会社1129は、なぜ協働日本と共に取り組むことを決めたのでしょうか?きっかけを教えて下さい。

大隣:きっかけはちょうどコロナ禍の中で、鹿児島県の方から協働日本さんを紹介してもらったことがきっかけです。ちょうど協働日本さんが鹿児島県と事業を進めており、県内の企業に様々な形で伴走していると伺っていました。

一度お話をしてみたところ、1129の想いに共感してくださり、とてもお話が弾んだこともあって、ものは試しと思って伴走をお願いしました。今では、取り組みができて本当に良かったと思っています。

協働日本さんには主に、様々なプロジェクトのマネジメントをお願いしています。

日々、様々な商品や販売のアイディアが浮かんでくるものを、具体的な形に落としてこんでいくために、伴走してもらっています。それによって、アイディアも言いっぱなしにならず、具体化していけるようになりました。

週次で宿題とフィードバックのサイクルを回し続けることで、戦略と実行が加速する

ーー関わっている協働プロの印象をお聞かせください。

大隣:協働日本の協働プロから、相川知輝さん、池本太輔さん、芹沢亜衣子さんの3名がチームで伴走してくださっています。協働プロの方はみな、丁寧にコミュニケーションをとってくださり、こちらの「これを実現したい」という想いを汲み取ってくださるのでとても信頼しています。

しかもどの方も、本業でちゃんと実績のある方が複業としてプロジェクトに入ってくださっているので、安心してプロジェクトマネジメントをお任せできます。

さらに一般的な「コンサルティング」ではなく、「伴走支援」という形での関わり方も私はとても気に入っています。

私たちは別に、一方的に答えを教えてほしいとは全然思っていないので。実現したい私たちの想いが先にあって、それを形にするために、一緒に伴走してくれるという関係性がとても心地よく感じています。

週次の打ち合わせには、弊社の専務でもある弟(大隣 将太朗氏)に参加してもらっています。

打ち合わせを通じて、専務の考え方や、販売戦略などがブラッシュアップされているのを感じます。

私がすべて指示出しして進めることも出来るのですが、今後の会社の成長のためには専務である弟にもどんどんと仕事を任せていきたい。その意思決定の場に、経験豊かな協働プロの皆さんにサポートで入ってもらえることは安心感がありますね。もちろんアイディアを形にしていく過程も見せてくれているので、納得感もあります。

重要だと認識しているけど、忙しい日々の中で向き合えていないことが山ほどあります。特に経営者だとなおのこと、自律的にちゃんと課題に向き合って、形にしていく過程の難しさを知っています。

日々、色々なことが起こる忙しい日々の中で、しっかりと期日を切って、それに対して的確なアドバイスとともにプロジェクトを進めてくれる伴走者の存在はとてもありがたいです。

新商品を試作する 大隣社長(左)と、協働プロの相川氏(右)
ーー取り組みの目指すゴールや、テーマをお聞かせください。

大隣:協働日本さんとの取り組み前までは、次々新しいアイディアが浮かぶものの、忙しい日々の中でそれを形にすることが出来ていませんでした。季節に合わせた販促の提案なども、最後まで実行できないことがあり、いつも歯がゆく感じていました。

EC販売における大方針として今後は、黒毛和牛の部位ごとに合わせたカット方法や、食べ方の提案を通じた「高付加価値」な商品の開発・販売に注力していきたいと思っています。

現在は、生産者との密な仕入れルートを持っているため、ECサイト上でも高品質な和牛を他よりもリーズナブルな価格でお届けすることが出来ています。しかし一方で、それだけではなく「和牛のプロ」としての知見やノウハウを盛り込んだ商品開発を通じた、提案の幅を増やしていく必要性を感じていました。

「実行力の強化」と「新商品開発」。この2つが、取り組みにおける大きなテーマでした。

ーー具体的な成果や、共に向き合っている課題など、協働の様子をお聞かせください。

大隣:EC販売の次の柱になるような商品を探すべく、肉のプロである弊社の知見と、協働プロの皆さんの視点を掛け合わせて、様々な商品開発に取り組みました。

一つ目は、厚さ3.2cmにカットした厚切りステーキ。肉のプロとして導き出した、最もおいしく食べられる厚さにカットしたステーキをECで販売しました。
アイディア自体は私の中にあったのですが実現できておらず、あらためて協働日本さんの力を借りて、訴求方法の検討や、実現の為のタスク整理を行っていきました。

協働プロの皆さんにプロジェクトをマネジメントしていただいたことで、この商品も無事販売することができました。さらに、日本中の名産品に精通している、協働プロの相川さんの知見をお借りできたことで、HPなどで「魅せ方」にこだわった訴求もできました。

二つ目は、ハロウィン限定の手づくりハンバーガーキット。直営店のハンバーガーショップ「にくと、パン。」のノウハウを活かした新商品として売り出しました。バンズに色が付けられることがきっかけで生まれた、ハロウィンカラーのバンズでつくる黒毛和牛100%のハンバーガーです。

協働プロのみなさんと、顧客体験を想像し、かざりつけやチーズの切り方など、食べ方だけでなくSNSを意識した「映え」の訴求も行いました。実際に多くの購入実績が生まれ、SNS上でのシェアも確認できました。

厚切りサーロインステーキセット
ハロウィン限定 ミニハンバーガーセット
ーーお話から、協働の中から実際に新商品が誕生し、成果が生まれている様子が想像できました!

大隣:今は年末商戦に向けて、新たな商品セットを開発中です。

ギフト需要を見据えた新たな商品で、肉の専門家の知見を活かした牛肉の部位の食べ方提案と、協働プロの顧客視点を盛り込んだ商品で、中身だけでなくパッケージにもこだわっています。

協働プロのみなさんと一緒に、毎回のミーティングで要点を潰しこんでいったことで、忙しい中でしたが形になりました。取り組みを始めてから次々と、新商品アイディアが実現できているのは、協働日本とのミーティングがペースメーカーになっていることが本当に大きいです。

ーーコロナ禍で始まったお取り組みも、現在まで続いていますよね。長くお取り組みが続いている理由を教えてください。

大隣:もちろん、シンプルに効果を実感しているからですね。はじめは半年間と思っていた伴走支援も、延長させていただきもう一年近くになります。

2020年に創業した1129は、3~5年かけて基礎を固めて、その後にしっかりと成果を最大化する計画で事業を進めてきました。来年2024年はその意味でも勝負の年となります。

この大事なタイミングだからこそ、伴走支援を通じてしっかりと外部のサポートを得る価値を感じています。

専務 大隣 将太朗氏

今がまさに、27歳の時の自分の夢の延長線。

ーーお話をお聞きし、とても良い関係性の中で「協働」が出来ているのだと感じます。ぜひ、これからの展望もお聞かせください。

大隣:弊社のECサイト『1129nikulabo』や、「楽天市場」、「Yahoo!ショッピング」などを通じて、全国のお客様に届けられるよなECサイト基盤が整いました。

ラボを開設し、黒毛和牛の部位ごとに、カット方法や調味料との相性などを研究開発しています。黒毛和牛のポテンシャルを存分に引き出すための、商品開発基盤が整いました。

そして2021年には「にくと、パン。」2022年には「にくと、うどん。」といった、飲食店舗も設立できました。

いままさに、EC、商品、店舗が回りはじめて、思い描いていた「和牛を売る」ということがしっかりと形になってきました。

和牛を世界に届けたいと思っていながらも、悔しい思いで畜産業を廃業した27歳の時の自分。夢の続きがまさに今なんです。

今後は海外への展開も計画しており、来年2024年はますます忙しくなりそうです。

やりたいこともたくさんありますし、仕事や権限もどんどんメンバーに譲渡していかないといけない。

引き続き協働日本さんに伴走していただき、ペースメーカーとして1129をサポートしていただければと思います。

鹿児島黒毛和牛とこだわりのパンを使ったハンバーガーを販売する「にくと、パン」
ーー27歳当時の夢の続きが今。そんな大隣社長の想いに、協働日本が伴走できていることを嬉しく思います。
これから協働日本はどうなっていくと思いますか?エールも兼ねてメッセージをいただけると嬉しいです。

大隣:弊社のように自社の商品に自信を持ちながらも、その販売戦略や次の一手を考える余裕がない企業は多いはずです。

協働日本さんのような、専門性や情熱を持った複業人材にサポートしてもらって、ペースメーカーとして伴走してもらうだけでも、どんどんアイディアは形になっていくと思います。

ぜひ協働日本さんにはもっと、全国の中小企業を支援してもらいたいと思いますし、こういった取り組みがもっと知られていけばいいと思います。

ーー本日はインタビューありがとうございました!ぜひこのあと、「にくと、パン。」で、ハンバーガーを買って帰りたいと思います。

大隣:ありがとうございました。黒毛和牛を使った自慢の商品です。ぜひ召し上がってみてください。

インタビュー当日は「にくと、パン。」店舗へ実際に訪問

 大隣佳太 / Keita Ootonari

株式会社1129代表。株式会社バリュー代表。肉師。

農業高校を卒業後、農業大学へ進学。種畜場で修行後に家業の南九州市で畜産経営に従事。牛の人工授精や受精卵移植などの知見を得る。その後、鹿児島県南九州市で家業の畜産経営に従事した後、2012年に畜産業を廃業。

ECやWebマーケティングを独学で学び、その後、福岡のIT企業に就職。会社員時代を経て、2018年に福岡で株式会社バリューを設立。ECコンサルやWebマーケティング、アプリ開発などに従事。

その後、和牛への熱い想いを胸に2020年、通販専門精肉店・株式会社1129を設立。和牛のおいしさ・提供方法を追求するための研究開発ラボ「1129LTD. nikulabo」を開設。
鹿児島県産黒毛和牛の魅力を発信する飲食店「にくと、パン。」「にくと、うどん。」を展開するほか、鹿児島県産の黒毛和牛のステーキや、手作りハンバーガーキット、ビーフジャーキーを、同社のECサイト『1129nikulabo』や、各種ECサイトで販売している。

株式会社1129
https://1129iiniku.co.jp/home_mori/

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STORY:株式会社オーリック -グループの急成長を実現する「組織のOS」アップデートの取り組み-

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。

実際に協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのようにプロジェクトを推進しているのか、インタビューを通じてお話を伺っていきます。

今回は、株式会社オーリック(鹿児島県鹿児島市)を訪問し、会長の濵田龍彦氏、グループ管理本部経営管理部の方志貴子氏、グループ管理本部情報システム部次長の梶原宏二氏のお三方からお話をお伺いしました。

株式会社オーリックは、鹿児島県鹿児島市に本店を構え、九州一円酒類・食品販売事業を展開する企業です。平成元年12月に鹿児島で初めての酒のディスカウント店をオープンした後、九州各地に事業所、配送拠点、繁華街店舗を設立。現在は九州最大級の品揃えを誇ります。

ワインや焼酎を主力商品として、さまざまな業態の顧客の要望に応じたドリンクメニューを提案力と、注文からすぐにお届けするクイックデリバリーで知られ、九州各地で事業が急拡大しています。

売上高 はグループ合計で554.2億円(2023年3月期)、従業員数はグループ合計2,700名(2023年3月期)と、鹿児島はもとより、九州の飲食業界で大きな存在感を持つ企業グループとして知られるオーリック社。不動産・建設事業などの事業にも取り組むなど、経営の多角化にも取り組んでおられます。

昨年の経営セミナーでのご縁を通じ、オーリック社の新たなチャレンジに、協働日本が伴走させていただけることになりました。急成長の裏で見えてきた課題に共に向き合いワンチームで協働を進めています。

インタビューを通じて、どんな協働プロジェクトに取り組み、そこからどういった変化が生まれたのか。会長の濵田龍彦氏、方志貴子氏それぞれの事業に対する思いとともに協働を振り返り、これからの期待について語って頂きました。

(取材・文=郡司弘明)

「協働」という新たな取り組みスタイルへの期待 

ーー本日はお時間をいただきありがとうございます。さっそくですが、協働日本との取り組みを決めたきっかけを、濵田会長にお伺いしてもよろしいでしょうか? 

濵田 龍彦氏(以下、濵田):よろしくお願いします。 

はじめて協働日本さんのことを知ったのは昨年(2022年)、講師として協働日本代表の村松さんが登壇されていた、鹿児島県主催の経営セミナーでした。 

そのセミナーの中で村松さんと知り合って、実際に協働日本の事業についてもその際にご紹介いただきました。 

ーー協働という取り組みの形について知ったとき、どんな印象を持ちましたか? 

濵田:そうですね。はじめは、地域企業向けのコンサルティングというイメージでお話を伺ったんですが、それとはだいぶ違うユニークな形で事業を展開されているなと思いました。 

企業の課題に対して、ワンチームで一緒に伴走しながら取り組んでいくスタイルは、これまでお付き合いのあったコンサルティング会社のご提案にはないものでした。 

我々としても答えのない課題に向き合っていこうとしていたタイミングでしたので、名刺交換をさせていただいたその場で、ぜひお願いしますとお話したことを覚えています。 

ーーほとんど即決に近い形だったのでしょうか? 

濵田:はい、そうですね。すぐにお見積りを出していただいたのですが、協働日本に所属している、第一線で活躍しているプロたちに週に1回打合せして、1年間伴走してもらえることを考えれば、とても価値ある投資だと感じました。 

意義ある取り組みだと考えたので、同時に3つの重要なテーマ(HR、DX、EC)をプロジェクト化し、協働日本との取り組みをスタートすることを決めました。 

オーリック社 会長 濵田龍彦氏

人事制度すなわち「組織のOS」をアップデートしなくてはいけない 

ーー経営管理部方志さんにも伺います。協働日本との取り組みについて、方志さんはどのように感じられていますか? 

方志 貴子氏(以下、方志):弊社は、会長や相談役を始めとする創業者の強いリーダーシップで今まで成長してきました。創業メンバーも60代となり、次世代経営層の育成も重要な課題となっています。 

弊社は、フィロソフィー経営、そしてアメーバ経営といった理念を大事にしております。もちろんそれらを引き継ぐことも大切ですが、令和の時代にふさわしい経営理念、フィロソフィー、行動評価項目、組織構造にアップデートする必要性も同様に、強く感じていました。 

そんな時に参加した鹿児島県主催の「成長する組織づくり」をテーマとした講演で、協働日本の村松社長と大西CHROのお話を伺いました。 
講演の中で「企業成長に必要なこと」をお話頂きましたが、具体的でわかりやすく、弊社が取り組めていない課題を明確化することができました。 

ぜひ弊社の課題に、ともに向き合っていただきたいと思いお話を伺いました。濵田会長の話にもありましたが、会長も同じ思いだった為、すぐにお取り組みがスタートしました。 

方志 貴子氏
ーープロジェクトの立ち上げにあたって、方志さんから協働日本には、どのような課題、相談を投げかけてくださったのでしょうか? 

方志:オーリックグループがここまで成長してきた中で、M&Aにより多くのグループ会社を迎え、グループの規模も従業員数も急拡大しました。オーリックではいま様々な事業領域を内包し、様々なバックグラウンドを持つ社員が働いています。 

経営判断がより複雑で難しいものになる中で、これまでのやり方を踏襲していただけではその先の成長はありません。 

今後オーリックグループが更に大きな事業規模を目指す中で、言うなれば「組織のOS」 のバージョンアップが急務だと思っている旨を伝え、組織開発や人事制度設計の経験が豊富なプロのお力を借りたいとお伝えしました。 

ーーなるほど。ちなみに、いま方志さんのおっしゃっられた「組織のOS」という例えには、どんな思いが込められているのでしょうか? 

方志:人事制度や企業カルチャーはまさに、パソコンを動かす基礎的なソフトウェアであるOS のように、会社を動かしていくための重要な、基本の仕組みとも言えます。 

我々のように地域を拠点とする企業こそ、変化の激しいVUCA時代に沿った「組織のOS」に変化しないといけないという認識がありました。 

弊社の経営の強みは、フィロソフィー経営・アメーバ経営といった経営理念を大事にしているところですが、良いところも残しつつ、令和の時代にふさわしい経営理念、フィロソフィー、行動評価項目、組織構造にアップデートする必要性を感じていました。 

弊社は特に、M&A後のPMI(Post Merger Integration)の課題として人事制度の統一が必要でした。オーリックはこれまで、後継者不足の他社酒販店の受け皿となるべく積極的にM&Aを活用してきた結果、エリアによって人事制度が異なるという課題がありました。 統合効果を最大化させるための人事制度改革が急務となっており、これは組織のOSのまさにコアとなる部分。 

この点を解決できる人的リソースが社内におらず困っていたところ、協働日本様とのご縁を頂けることになったのは幸いでした。 

濵田:いま方志から話のあったように、弊社はM&Aを通じて現在、45社ほどのグループ会社で構成されています。 

オーリックグループの主幹でもある酒類を扱う事業もあれば、業務スーパー事業や不動産建設事業、リサイクルショップ、ウォーターサーバーの製造販売など、その事業は多岐に渡ります。 

今後のグループの成長のためにも、ここでグループの全社で横断的に活用できる、新たな人事制度、特に社員への評価制度の策定を進めたいと考えました。協働日本さんには、大手上場企業で人事制度策定に関わった現職または元職のプロの経験から伴走してもらえたのは心強かったです。 

今期はグループ全体で650億円近くの売り上げを見込んでおり、2030年には1000億円の売上高を計画しています。我々が経験したことのない未知の領域へ挑戦していく中で、この部分の見直しは必須だと思っていました。 

グループ各社も個々に見ていくと、元々それぞれはいわゆる中小企業。共通のフィロソフィーのもとに集っているが、それぞれに社風も制度も違う会社の寄せ集めとも言えます。創業から30年や40年、50年と経っている企業がグループに加わっていただくことも多いです。 

評価制度や給与体系といった各種人事制度の耐久年数も限界にきていることも多く、弊社の重要な経営課題のひとつでした。 

社員が自ら考え、自ら伝える機会を創り出せた

ーー協働日本との取り組みで重視していたポイントを教えてください。 

方志:重要な課題に対してじっくりと向き合いたいという気持ちがあった一方で、事業が多角化していく中で常に人手不足。人事制度改定には、最短で取り組みたいとお伝えしました。 

時間が豊富にあれば我々も一から試行錯誤していくのでもいいのですが、そうも言っていられません。 

協働日本さんには、人事制度について豊富な知識があって、実際に企業の中で人事制度設計に取り組んだ経験の協働プロの方をアサインしていただきました。 

そもそも何から取り組めばいいかを悩んでいたので、しっかりとした型に沿って検討工程を組んでくださり、とても助かりました。さっそく経験豊富なプロの力を借りた甲斐がありました。 

課題へのアプローチにも、私たちが気づかなかった様々な視点を盛り込んでくださいました。 

そのひとつが「社員インタビュー」。今の人事制度についてどう思うか、社員に対して協働プロの皆さんがインタビューをしてくださいました。 

ある意味で外部の方だからこそ、現場の社員から率直な声を拾っていただき、現場に実はこんな負担がかかっていたとか、こんな苦労があった、といった発見も多く得られました。おかげさまで、本社の人事部門で考えていた想定と、実際の現場とのギャップをだいぶ埋めることができました。 

ーーなるほど。お二人は、伴走の成果をどう感じられていますか? 

濵田:とても満足しています。協働日本さんとチームでプロジェクトに取り組んでいる社員からは、グループ各社の状況が個々に異なる中でも活用できる、素晴らしい人事評価制度の案が協働から生み出せたと聞いています。 

方志:給与の仕組みや評価の仕組みがほぼ出来上がりました。年内には社内向けに説明会を実施する予定です。 

これによって働き方はどう変わるのか、何が目的の制度改定なのか、改定後の人事制度を社員に対して説明をしなくてはならない管理部門の人間にとっても、大仕事となります。結果としてそれ自体も社員の成長に繋がっています。 

協働日本代表の村松さんと話した際にも、伴走の最後には伴走相手が自律的に考え行動することが大事だと語っておられましたが、まさにその視点が他社と違うところですね。 

伴走という形をとったことで社員が自ら考え、自ら伝える機会を作れたのは、継続性の観点からもとても良かったと思いますし、仮にコンサルに任せきりだったら得られなかった成果だと思います。 

ここから来年の春にかけて各事業部のリーダーともディスカッションしながら、完成させていく流れなのですが、2024年4月には運用をスタートできそうです。 

自分たちで考え抜いた結果の選択肢だから、自分の言葉で語ることができる 

ーー続いて、情報システム部次長の梶原さんにも伺います。社内人事制度の改定以外にも、協働日本と取り組んでいるプロジェクトがあると伺っております。またその背景も教えていただけますか? 

梶原宏二氏(以下、梶原):人事制度改定と並行して、ITとEC分野についても協働日本さんに依頼し、さらに2つのプロジェクトが発足しました。 

1つ目は、社内コミュニケーションツールの選定と導入に関するプロジェクトです。 

人事制度改定とは別の協働プロをアサインしていただき、弊社の該当部門社員でチームを組み、最適なツールの選定と、ひいてはワークスタイルの検討を議論してきました。 

出張先やリモート先での仕事環境の整備も今後ますます重要になる中で、社内コミュニケーションの見直しはまさに今後の生産性を左右する重要な課題のひとつでした。 

ーー先ほど濵田会長がおっしゃられたように、M&Aを通じて多くの企業がグループ入りする中で、システムの統一、特にコミュニケーションツールの選択は重要な課題になってきそうですね。 

濵田:そうですね。ちょうど九州の地元企業の創業社長が30代の頃に作られた会社が、60から70歳ぐらいになられた今、後継者不在ということでオーリックにグループ入りするケースも増えてきました。 

グループ内の連携を強化し、コミュニケーションを円滑にして、仕事を見える化していかないと、グループに加わったあとの相乗効果も出にくくなってしまう。 

連携を進めやすくするためにも、コミュニケーションツールはもとより、ウェブデザインをはじめ、会社の情報管理システム全般についても、同時並行で進めて行く必要があるなと再認識したところです。 

まずはその一歩として、全社のコミュニケーションシステムのアップデートと統一を指示していました。 

梶原:グループ各社で横断的に活用できるコミュニケーションツールを模索したいと思い、色々な情報を集めていましたが、何を基準に選択し業務をデザインすべきか途方にくれる部分もあり、IT企業に勤める協働プロの視点やアドバイスは非常にありがたいものでした。 

協働プロのお一人、NECソリューションイノベータにお勤めの横町さんに週1回伴走して頂く形をとって、チームで議論しています。 

これまで使っていた社内のポータルサイトの不満点や改善ポイントを整理し、新たに、Microsoftの365マイクロソフト365を中心としたコミュニケーションシステムに移行することにしました。 

全社導入にあたってのいくつか課題も整理し、いま運用をテストしているところです。これも2024年4月1日付で本格導入をスタートしていく予定です。

梶原 宏二氏 
ーーこの課題に、協働日本とチームを組んで取り組んだことのメリットはありましたか? 

梶原:進め方に関して、いわゆるコンサルに任せきりで決めてもらうという形ではなく、ワンチームで検討できたことも良かったですね。当社の現状をちゃんと理解してくださり、大手上場企業で勤めている経験や知見も生かしてくださっているおかげで、プロジェクトも着実に前進していきました。 

お互い毎週キャッチボールをさせていただき、実際に様々な導入事例を紹介してもらいました。 

協働プロの横町さんからしたら、オーリックさんぐらいの企業であればこれでいきましょう、と一気に決めてしまうことは正直、簡単だったと思うんです。 

でも横町さんの進め方は違っていて、いくつもの選択肢をひとつひとつメリットとデメリットを比較してくださり、毎週検討すべきテーマを宿題として提示してくれるなど、私たちがひとつひとつ考えて腹落ちできる形で議論を進めてくださいました。 

最終的に会長に報告をさせていただいて決裁をいただいたのですが、自分たちで考え抜いた結果の選択肢なので、メンバーはみな自信を持って報告することが出来ますよね。 

強みを活かした「差別化戦略」に伴走 

ーーあらためて方志さんにもお伺いいたします。EC分野に関するもう1つのプロジェクトについてもお話を伺えますか? 

方志: 我々は九州の小さな酒蔵や食品生産者とも多数お付き合いさせていただいています。全国的に知名度はなくとも、素晴らしい銘品が多いのです。十数年前から通販事業部にて楽天等のECモールに出店し、全国のお客様にお届けしてきました。 

豊富な取扱いアイテムを活かして、もっと情報発信や面白い施策をしたかったものの、何から取り組めばよいか迷ってしまっていました。 

やったほうがいいよね、ということがたくさんある中で何に注力して何を成果とするのか。具体的なKPIを設定して毎週・毎月追いかけていく仕組みを作っていく必要がありました。 

そこで、協働日本からマーケティング・宣伝のプロである相川さんに加わっていただき、目標達成のために根拠のあるKPI設定をサポートしてもらうことで、再現性のある勝ち筋を見つけていくための戦略づくりに集中した議論が行えています。 

ーーアイテム数以外の勝負、たとえばどんなアイディアがチームから生まれたのでしょうか? 

方志:弊社でECサイトの各商品カテゴリーを担当するECのカテゴリーマネージャーは4名いるのですが、それぞれがウィスキーや焼酎、ワイン、そして食品のプロです。 

彼らの知見や生産者とのつながりを活かした情報発信をしていこうという話になっており、たとえば、好みの焼酎とめぐりあえるような焼酎相性診断チャートを作成したり、noteで焼酎うんちくを焼酎アドバイザーの目線で語る企画を実施したり。 

目利きには自信のある、お酒のプロであるオーリックの強みを活かした差別化戦略を議論中です。 

時代のニーズに合わせて、変化していく 

ーーここまでのお話を伺う中でも、協働日本を通じて複業人材と共に、様々な課題の解決に取り組んでいる姿が見えてきました。 

濵田:私は実家が焼酎メーカーでその営業を行っている中で、当時はまだ珍しかった、酒のディスカウントストア業態を知りました。 

ディスカウント業態への参入に大きな可能性を感じた私は独立して、九州各地に拠点を設けることができるところまで事業を大きくすることが出来ました。 

2003年に酒販免許が完全自由化され、酒販業界が大きく変化していく中で、いち早くその変化に対応し逆境を乗り越えることができたのは幸運でした。 

その後も飲食店に酒類を配達するクイックデリバリーの事業など、時代のニーズにあわせて、当時の「酒のキンコー」から現オーリックへ業態を変化させてきました。 

社名の変更も大きな転機でした。年配の方からは、「酒のキンコー」の方がなじみがあるという声は今もいただきます。それでも、業態を大きく変えていく中で、それにふさわしいものへと社名を変えていくべきだと決断しました。 

ーー次々と時代のニーズに合わせて、変化していく。オーリック社の強さだと感じました。 

濵田:そういう意味では、私も今年4月1日に会長に就任し、濵田龍太郎が新しい社長に就任しました。これも一つの転機にしていきたいと思っています。 

「全社員の物心両面の幸福を実現し、お客様に最高の品質・サービスを提供し、企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献する」という経営理念に合致するのであれば、これからも様々な業種や業態に挑戦する可能性は大いにあります。 

これまでも、様々な企業がM&Aを通じて弊社のグループに加わっていただきました。創業者が高齢化している企業の事業承継を引き受けて、九州経済を支えていくこともオーリックの一つの使命です。 

だからこそ、M&Aした企業の業績向上は重要な使命。業績を伸ばし、そこで働く従業員の給与賞与を上げていくことで、グループ入りしてよかったと思ってもらいたい。 

そのために、やらなければならないことが、まだまだたくさんある。我々だけでは解決に時間のかかる問題も多い。 

その一端を、協働日本さんにサポートしてもらえているのは大変心強く思っています。 

オーリック社 会長 濵田龍彦氏(右)と、弊社代表 村松知幸 (左)

さいごに 

ーー大変ありがたいお話を伺えました。最後に、協働日本との取り組みを感じていることや、複業人材との取り組みを経てお感じになったことなどをお伺いできますでしょうか。 

方志:協働日本さんと取り組みを始めてから、原則リモートの打合せでありながら、わざわざ鹿児島まで時折訪問してくださったり、社風や実態を理解しようと努めてくださる姿勢が私はとても嬉しかったです。  

過去、コンサルティング会社の方に依頼しても、考え方がうまくフィットしなかった事例もありましたが、協働日本の皆さまは弊社の身の丈にあった実践的な提言をしてくださるところが大変有難いです。 

協働日本さんは「伴走」という形を大事にされていると伺っていますが、まさに伴走者として寄り添ってくださっていると実感しています。  

また協働日本さんとお付き合いする以前にも、実はフリーランスのリモートワーカーさんを活用する案もありましたが、その時はマネジメントの点で不安がありました。 

その点、協働日本から参加する協働プロのみなさんは、厳選されたプロの方であり、プロマネも立ててくださるので安心してお付き合いができました。弊社から依頼していた3つのプロジェクト間でも情報共有してくださっていたようで、コミュニケーションがとてもスムーズでした。 

こうした複業人材との取り組みは今後地域の企業に広がっていくといいですね。 

社内に新しい風を吹かせてくれる、新しい視点を持った、地方に数少ない高度プロフェッショナル人材の力を借りることはとても魅力的ですが、雇用しようとすると、様々なリスクがあります。 

その点で、協働日本さんのようなスタイルは、ちょうどよい形だったと思います。 

濵田:協働日本さんの取り組みは、日本中だけでなく、いずれ海外にもきっと広がっていくのではないかと期待しています。 

同じような課題に直面している全国の地域企業は数多くいらっしゃると思います。鹿児島県をはじめ、どんどん成功事例を生み出して、発信していただければと思います。 

協働日本さんにはぜひ頑張っていただきたいと思います。 

ーー本日のインタビューは以上とさせていただきます。貴重なお話に加えて、弊社へのエールをいただきましてありがとうございました。


株式会社オーリック 代表取締役会長  
濵田 龍彦  
Ryuhiko Hamada

1956年生まれ、鹿児島県いちき串木野市出身。1978年、家業である明治元年創業の焼酎メーカー・濵田酒造に入社。1989年に鹿児島県内初の酒類ディスカウント店「酒のキンコー(のちのオーリック)」をスタート。2023年4月、㈱オーリック代表取締役会長に就任。  

株式会社オーリック グループ管理本部 経営管理部  
方志 貴子
Takako Hoshi  

中央大学法学部卒業後、大手食品酒類メーカーに入社し、約10年間勤務。主に情報システム開発・保守、営業企画、損益管理・財務会計業務等に従事。2022年4月、㈱オーリック入社。「持続的に成長する組織づくり」のため、経営理念、人事制度の改定、決算品質強化、オフィスリノベーションなどを推進。  

株式会社オーリック グループ管理本部 情報システム部次長  
梶原 宏二
Koji Kajihara 

2001年、オーリックの前身の「酒のキンコー」にて店舗担当として入社。2004年、営業として飲食店へお酒の提案を行う。熊本エリア支店長を経て、2015年より経営管理部次長として酒類事業、不動産建設事業の経営企画を担当。2023年4月より情報システム部次長としてDX化およびWEBマーケティングを推進。  

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