AI・デジタル活用STORY:株式会社伊田重機 柳澤有希子氏 紙に眠る57年の知恵を、次世代へ。社員主導で始まったデジタル変革
協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。
【記事サマリー】
奈良県奈良市で、建設機械や建設用車両の修理・販売・整備・保守点検などを手がける株式会社伊田重機。創業以来の豊富な知識と経験を強みにする一方、顧客情報や修理履歴の多くは紙で保管され、業務の進め方もベテラン社員の記憶に依存していました。協働プロとともにkintoneを活用した情報の一元化に着手し、現在は紙資料をPDF化し、生成AIも用いてデータへ移す方法を検証しています。本格運用はこれからですが、すでに大きな変化も生まれています。若い事務員2名が、自らAIやkintoneを学び、システムの構築を主導するようになったのです。社長が一人で抱えていた課題が社員の共通課題となり、現場から会社を変える動きへ。創業57年の知恵を次世代へつなぐ「デジタル事業承継」が始まっています。
この取り組みは、株式会社協働日本のAI・デジタル活用伴走支援「デジコーチ」による支援事例です。
→デジコーチとは
今回は、奈良県奈良市を拠点に、建設機械や建設用車両に関する幅広いサービスを展開する株式会社伊田重機 代表取締役の柳澤有希子さんにお話を伺いました。
同社は1969年(昭和44年)に創業。建設機械の修理を起点に、リース・レンタル、中古建設機械の販売、オペレーター付きでの現場対応、ユニック車などの架装部分の修理・点検へと事業を広げ、地域の建設現場を支えてきました。一方、顧客情報や修理履歴は大量の紙で保管され、業務もベテラン社員の記憶に依存。情報共有の不足が、ミスや顧客トラブルにつながることもありました。
2代目として会社を継いだ柳澤さんは、この状況に強い危機感を抱きながらも、当初は一人で悩み続けていたといいます。奈良県の「デジタル×経営実践」プログラムを通じて協働日本と出会い、協働プロの横町暢洋さんらと取り組みを進める中で、会社にどのような変化が生まれたのでしょうか。
ベテランの頭の中と紙に眠る情報を、どのように会社全体の資産へ変えていくのか。そして、デジタルとは縁遠かった社員たちが、なぜ自ら変革を担うようになったのか。率直に語っていただきました。
(取材・文=郡司弘明)
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建設機械のことなら、何でも応える。修理から広がった57年
ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、伊田重機さんの沿革と現在の事業について教えてください。
柳澤有希子氏(以下、柳澤):
よろしくお願いします。当社は昭和44年に、父が創業しました。当時は高度経済成長期の真っただ中で、建設機械が普及し始めた頃だったのだと思います。父はとにかく機械が好きで、建設機械の修理を始めたことが会社の出発点です。
現在は修理を基盤に、リース・レンタル、中古建設機械の販売、オペレーター付きで建設機械を現場へ出す仕事なども行っています。ユニック車やごみ収集車といった働く車の「架装部分」の修理や点検も得意です。「建設機械のことならお任せください」という言葉を看板にも掲げるほど、さまざまなご相談に対応しています。
建設機械は10年、20年前のものでも、動けば仕事になります。かなり前に販売した機械が、修理のために再び入ってくることも珍しくありません。昔からいる担当者の記憶は大きな強みですが、その人にしか分からないままでは、会社としてお客様に向き合い続けることが難しい。古い履歴も簡単には捨てられない業種だからこそ、会社の情報として残す必要がありました。
ーーありがとうございます。続いて、協働日本を最初に知ったきっかけを教えてください。
柳澤:
以前、奈良中央信用金庫の経営研究会で、協働日本代表の村松さんの講演を聞いたことがありました。お話を聞いて、「こういう方々に相談できたらいいだろうな」と感じたことを覚えています。
その後、奈良県の「デジタル×経営実践」プログラムを知りました。参加企業には当社と同じような中小企業も多いと聞き、「悩んでいるのは、うちだけではない」「うちでもデジタル化、DXに取り組んでいいんだ」と思えました。
ちょうど、ベテラン社員の知識をどう引き継ぐか、一人で悩み続けていた時期でもありました。私にとって、本当に必要なタイミングでいただいた機会でした。
ーー奈良県の事業を通じて、協働日本の協働プロたちとの具体的な協働が始まったのですね。
柳澤:
はい。最初は私一人が焦り、「何とかしなければ」と思っていました。ご紹介いただいた協働プロの横町さんたちとの取り組みを通じ、課題を整理し、当社に合う方法を一緒に考えてもらうところから始まりました。
単にシステムを紹介してもらうのではなく、今の当社がどのような状態で、何に困っているのかを聞いてもらえたことが大きかったと思います。

「この人に聞かないと分からない」。ベテランの記憶に頼る会社
ーー協働日本との取り組みを決めた当時、社内にはどのような課題があったのでしょうか。
柳澤:
父の代から働く社員が今も会社を支えてくれています。経験が豊富な一方、業務の進め方やお客様の情報の多くは、その方たちの頭の中にしかありませんでした。「何十年か前に対応したお客様だから、資料を調べてほしい」と言われると、事務スタッフは仕事を止め、大量の紙資料から探します。複数人で探し、数時間かかることもありました。
営業と整備の間でも、十分に情報を共有できていませんでした。問い合わせをいただいても、担当者がいなければすぐに答えられない。行き違いからミスやロスが生まれ、お客様にご迷惑をかけてしまうこともありました。実際にお客様を怒らせてしまい、営業担当が頭を下げるような出来事もありました。そうなると、社内の空気も悪くなってしまいます。
ーー2代目として、その状況に強い危機感を持たれていたのですね。
柳澤:
この先も伊田重機を続けるなら、ベテラン社員の頭の中にあるものを見えるようにしなければいけない。長く働いてきた方々の自負も、若い社員が新しいことを取り入れたいという思いも大切にしながら、どう知識を受け継ぐのか。答えが見えず、当時は一人で悶々としていました。
協働日本のプログラムを知ったのは、まさにそのタイミングでした。私にとっては、本当に必要なときに出会えた取り組みでした。
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デジタル化は、創業57年の知恵をつなぐ「事業承継」
ーー今回の取り組みでは、どのような未来を目標に掲げたのでしょうか。
柳澤:
目指したのは、社員が同じクオリティーで仕事ができる職場です。誰が問い合わせを受けても同じ情報を確認し、速やかに対応できるようにする。「この人に頼んでよかった」だけではなく、「伊田重機に頼んでよかった」と言っていただける会社へ変えていきたいと思っています。
ですから、当社にとってのデジタル化は、単なる効率化ではありません。ベテラン社員が長年培ってきた知識やノウハウをデータとして残し、若い世代へ引き継いでいくための取り組みです。創業57年の重みを未来へつなぐ、事業承継の一つだと捉えています。
ーーその実現に向け、まずは顧客情報や修理履歴をkintoneへ集約することにしたのですね。
柳澤:
はい。いくつかのシステムを検討し、横町さんにも相談しました。業界向けの専門的なシステムには、何百万円という導入費用に加え、月々の費用がかかるものもあります。機能が多くても、当社がすべてを使いこなせるとは限りません。
その点、kintoneは当社が今やりたいことに合っていて、費用面でも取り組みを始めやすく、自社に合わせてカスタマイズできます。営業やベテラン社員が持つ情報を棚卸しし、顧客情報を一元化する。そのうえで、業務を効率化できるように情報を整理し、社員にもデジタル活用の考え方を広げていく。この順番で進めています。
請求書、機械の仕入れ・販売など、担当者ごとのExcelや頭の中にあった情報も、一つの流れとして確認できる仕組みをつくっている段階です。

高さ50センチの紙資料。生成AIを使っても「読み取れば終わり」ではない
ーー膨大な過去の情報は、具体的にどのようにデータへ移しているのでしょうか。
柳澤:
実際の構築は、伴走してくれている協働プロの横町さんたちと事務スタッフが中心です。私は今では横で話を聞くくらいで、スタッフが自ら質問し、使いやすい形へカスタマイズしてくれています。当社には、お客様や機械ごとに膨大な紙資料があり、日々の仕事と並行して整理する必要があります。
ーー横町さんによると、Excelのデータは形式を整えてkintoneへ取り込み、紙の情報はPDF化して生成AIで読み取る。さらに会社名を手がかりに公開情報を補い、精度を高める方法を検証しているそうですね。
柳澤:
そうですね。中でも難しいのは手書きの資料です。PDFにしてAIに読み取らせても精度が下がるため、内容を確かめ、足りない情報を補う必要があります。
資料をファイルごと積み上げると、高さが50センチほどになると聞いています。それだけの紙をPDFにするだけでも、事務スタッフにとって決して軽い負担ではありません。現時点では、どこまでデータ化できるのか、どの方法なら現実的に進められるのかを検証しているところです。
時間も工夫も必要です。ただ、横町さんが「できないことはない。面倒な部分こそ引き受けて、一緒に形にしていくことに意義がある」と向き合ってくれていることは、とても心強いですね。
社長一人の「どうしよう」が、社員の「やってみたい」へ
ーー本格運用はこれからですが、すでに組織には大きな変化が生まれているそうですね。
柳澤:
はい。中心になっているのは、若い事務員2名です。最初は私自身、「会社を巻き込むなんて、うちでは無理だろう」「誰も味方になってくれないのでは」と思っていました。
それが、横町さんが一度会社へ来てくれたことで変わりました。「会社は本当に変わろうとしている」「自分たちの事務作業も大きく変わるかもしれない」と、スタッフが実感できたのだと思います。それから、2人の姿勢が一気に前向きになりました。
今では打ち合わせで意見を積極的に伝え、チャットでも横町さんへ質問しています。自分たちでkintoneを触り、一部の仕組みをつくり始め、私がほとんど入らなくてもプロジェクトが進むようになりました。
ーー用意されたシステムを使うのではなく、自分たちで使いやすい形をつくっているのですね。
柳澤:
そうなんです。今回は、出来上がったひな型に仕事を当てはめるのではなく、スタッフが「ここはこうしたい」「色を変えてほしい」と細かなことまで伝え、今の仕事に合う形を一緒につくってもらっています。
最初から「それは無理です」「できません」と言われていたら、スタッフもそれ以上は要望を出さなかったと思います。少しずつでも、自分たちが望む形へ近づいていると分かるから、「どうせなら、ちゃんと使いやすいものをつくろう」という意識が高くなっているのではないでしょうか。
別の営業所で長く働く事務スタッフも、若い2人から教わりながら取り組みに加わり始めました。社員同士で教え合いながら進められていることも、うれしい変化です。
ーー奈良県の事業終了後も、協働日本との契約を継続されています。継続を決めた理由を教えてください。
柳澤:
奈良県の事業が終わった時点では、kintoneはまだ構築の途中で、紙の情報をデータへ移す作業もこれからでした。仕組みをつくるだけではなく、実際に使える状態にして、社内へ定着させるところまで進めなければ意味がありません。
もう一つ大きかったのが、事務スタッフの変化です。最初は私一人が悩んでいましたが、今ではスタッフから「あれもしたい」「これもしたい」と意見が出るようになりました。自分たちでkintoneを触り、仕事を変えようとしてくれています。
せっかく生まれた変化を、県事業の期間が終わったからといって止めたくありませんでした。ここから実際の成果につなげ、整備や営業の現場にも広げていくために、自費でも伴走を続けることを決めました。

答えを押しつけず、小さな要望から一緒に形にする
ーー伴走を担当する、協働日本の横町暢洋さんには、どのような印象を持っていますか。
柳澤:
横町さんは豊富な経験や知識を持ちながら、決して上から目線で話しません。「なるほど」と、まずはこちらの話や無理な要望も受け止めてくれます。機能の説明からではなく、私たちが何に困っているのかを聞くところから始めてくれるんです。
「ここの色を変えてほしい」という小さな要望にも対応し、専門的な説明についていけなくなりそうなときは、「それは今すぐ理解しなくても大丈夫」と整理してくれる。私たちのペースに合わせてもらえることが、とてもありがたいです。
ーー発表会で横町さんは、今回の伴走を「どうしよう」を「できるかも」へ変える取り組みだったと振り返っていました。
柳澤:
まさにそうだと思います。最初は私一人が焦り、どうしたらよいか分からずにいました。それが今は、スタッフから「あれもしたい」「これもしたい」と意見が出るようになっています。
課題がなくなったわけではありませんし、システムもまだ完成していません。それでも、社内に一緒に進める仲間がいると分かった。「何とかしなければいけないけれど、どうしよう」という状態から、「自分たちにもできるかもしれない」へ進めたことは、大きな変化だと思います。

2〜3時間の検索を20〜30分へ。生まれた時間を、人のために使う
ーーkintoneが本格的に運用されると、業務はどのように変わる見通しでしょうか。
柳澤:
これまでは、過去のお客様や機械について確認するために、事務スタッフが紙のファイルを一つずつ探していました。毎日の業務の中で、感覚的には合計2〜3時間ほどかかっていた作業が、kintoneで検索できるようになれば、20〜30分ほどまで短縮できるのではないかと見込んでいます。内容によって数時間かかっていた一件の検索も、数分で終えられる可能性があります。
担当者が不在でも修理履歴を確認できれば、若い営業や整備スタッフも過去の状態を見ながら対応できます。ただ、現時点ではまだ構築と検証の段階です。実際に使える状態にし、どれだけ時間を短縮できるのかを確かめていく必要があります。
ーー効率化によって生まれた時間を、どのように使っていきたいですか。
柳澤:
デジタルですべてを効率化し、人と関わらなくてよい会社にしたいわけではありません。むしろ、紙を探す時間が減った分、よりお客様との関わりを丁寧にしたり、顧客価値を高める取り組みに活かしていきたいと思います。
便利になるほど、人と話し合う機会が減ることもあります。情報を探す作業はデジタルで短くし、その分、お客様や社員と向き合う。そこまでできて、初めてこの取り組みに意味が生まれるのだと思います。
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「うちのような中小企業が」から、「うちでもできる」へ
ーー外部のプロ人材と取り組むのは、今回が初めてだったそうですね。
柳澤:
はい、初めてです。以前は、「うちのような中小企業が、プロにデジタルの相談をするなんておこがましい」という気持ちがありました。セミナーで知識を得ても、私一人が会社へ帰って何ができるのだろう、とも思っていました。
今回、同じような中小企業が多く参加していたことで、「悩んでいるのは、うちだけではない」「うちでも取り組んでよいのだ」と思えました。そして、事務スタッフが課題を自分ごととして動いてくれたからこそ、変化につながったのだと思います。
事務所から整備・営業の現場へ。変化の兆しを会社全体に広げる
ーー最後に、今後の展望を聞かせてください。
柳澤:
まずは、今つくっている仕組みを実際に使える状態にし、社内へ定着させることです。そして、事務スタッフから始まった変化を、次は整備や営業の現場へ広げていきたいと考えています。
若い整備スタッフにも過去の修理履歴や顧客情報を活用してもらい、ベテラン社員の知識を受け継いでほしい。一方的に教わるだけではなく、一人ひとりが自分たちの仕事をより良くする方法を考え、提案できる会社にしていきたいです。
いま進めているデジタル化をきっかけに、「受け身」から「主体的に動く」組織へ変わっていく。その変化を会社全体へ広げ、お客様から「伊田重機に頼んでよかった」と言っていただける会社を目指したいと思います。
ーーこれからの協働日本へ、メッセージをお願いします。
柳澤:
協働日本には、これからも中小企業を盛り上げてほしいと思っています。地域の中小企業が元気になれば、日本全体も強くなっていくはずです。
私たちのような会社でも、社員と一緒にデジタル活用へ踏み出し、会社を変えていける。そのことが、同じように悩んでいる企業へ少しでも伝わればうれしいです。今回の経験が、誰かの「うちでもできるかもしれない」につながればと思っています。
ーー本日は貴重なお話をありがとうございました。
柳澤:
ありがとうございました。
※この記事の取り組みは、株式会社協働日本のAI・デジタル活用伴走支援「デジコーチ」です。
AI・デジタルに強い協働プロがコーチとして入り、社員の方が自分で使えるようになるまで伴走します。デジコーチは、日本全国の地域の中小企業様100社以上にご導入いただいています。製造業、食品、飲食、小売、工務店など、業種はさまざまです。
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柳澤 有希子/Yukiko Yanagisawa
株式会社伊田重機 代表取締役
大学では美術を専攻。服や着物が好きで、卒業後はアパレルメーカーに就職し、全国各地を飛び回る。
その後、株式会社伊田重機に入社。入社から27年を迎え、2019年に代表取締役に就任。
男性中心の建設機械業界で、自らの思いを伝え、社員一人ひとりの声にも耳を傾ける組織づくりを進めている。
協働日本事業については こちら



