人と組織STORY:有限会社大倉菓機 大倉崇史氏 製造部門売上1.5倍。「個人力で売る」から「組織で回す」体制へ、老舗メーカーが挑む“第二創業”
協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。
【記事サマリー】
1911年創業、大分県別府市で製菓・製パン機械の製造・販売・修理を手がける有限会社大倉菓機。顧客の現場に合わせた機械づくりを110年以上続けてきた一方、自社製品を全国へ広げるための「売る仕組み」や、少人数で仕事を回すための「組織の仕組み」には課題を抱えていました。協働日本との取り組みは、自社製造機器の販売促進からスタート。しかし伴走を進める中で、社長に集中していた情報や業務を可視化し、社員全員で会社の未来を考える組織づくりへとテーマが広がっていきます。1年間で問い合わせは2倍になり、受注率は3割増加し、製造部門の売上は2,400万円から3,600万円へ伸長。ワークショップをきっかけに朝のミーティングも復活し、「社長が一人で回す会社」から「みんなで考え、動く会社」へ。代表取締役の大倉崇史さんに、その変化を伺いました。
今回は、大分県別府市で製菓・製パン機械などを手がける有限会社大倉菓機の5代目代表取締役、大倉崇史さんにお話を伺いました。
大倉菓機は1911年、煎餅型などを製造する「大倉菓子型製作所」として創業。現在は食品機械の販売に加え、自社工場でのオリジナル機械の製造、修理・メンテナンスまで幅広く手がけています。近年は、省スペースで職人の手焼きに近い仕上がりを目指したロータリーどら焼き機など、自社製品の開発にも力を入れています。
協働日本とのプロジェクトは、そんな自社製品をもっと広く届けるための販売促進から始まりました。しかし、取り組みを進める中で見えてきたのは、「売り方」だけではない社内の課題でした。
伴走したのは、販売促進や事業・組織課題の整理をともに進めた協働プロの相川さんと、システムや情報整理の視点からプロジェクトを支えた加藤奏さん。異なる専門性を持つ2人がチームとなり、商品の見せ方から受注管理、社内の情報共有、社員を巻き込んだ組織づくりまで、7か月にわたって大倉菓機のこれからをともに考えてきました。
販売促進から始まったプロジェクトは、なぜ会社の仕組みや組織そのものを見直す取り組みへと広がっていったのか。その過程で何が見え、何が変わったのか。率直に語っていただきました。
(取材・文=郡司弘明)
110年以上続くものづくり。「お客様の味に、機械を合わせる」
ーーまず、大倉菓機について教えてください。
大倉:
もともとは別府駅の近くで、煎餅型などをつくる「大倉菓子型製作所」として始まった会社です。
今は、製菓・製パン機械や食品加工機械の販売、自社での機械製造、それから修理やメンテナンスまで幅広くやっています。
自社工場を持っていますので、既製品を販売するだけではなく、お客様の現場に合わせて機械をつくったり、調整したりできることが私たちの強みですね。
どら焼きひとつとっても、お店によって生地も違いますし、ずっと守ってきた味があります。機械を入れたことで、その味が変わってしまってはいけません。
昔から使われてきた道具や、理にかなったやり方を生かしながら、お客様の商品に機械の方を合わせていく。そこは昔から変わっていないと思います。
ーー大倉さんご自身は、現在どのような仕事をされているのでしょうか。
大倉:
代表取締役ではありますが、主には技術営業です。
自分でお客様のところに営業に行きますし、メンテナンスにも行きます。
会社は全体で8名ほどなので、社長だから経営だけをやる、という規模ではありません。自分自身も現場で動きながら仕事をしています。
その中で、日々の仕事を回すこと以外の「会社の仕組みをつくる」というところに、今回ようやく着手できたという感じですね。

「この人たちなら相談できそう」。一人で抱えていた経営の悩み
ーー協働日本とは、どのように出会ったのでしょうか。
大倉:
別府のB-biz LINKさんと、大分みらい信用金庫さんからご紹介いただいたのがきっかけです。
B-biz LINKさんは、別府を拠点に地域の事業者の事業づくりや新しい挑戦を支援されている組織で、以前から相談する機会がありました。
そのご縁で、協働日本代表の村松さんと、同じ別府で会社を経営しながら協働日本にも関わっている服部さんに、会社まで来ていただきました。
実際に話を聞いて、その場で「やってみよう」と思って、申込書を書きました。
ーー実際に話してみて、どんなところに惹かれたのでしょうか。
大倉:
当時、経営について一人で悩んでいる部分が結構あったんです。
私たちのような仕事をしている会社自体が少ないですし、同業者だからこそ相談しにくいこともあります。
でも、村松さんは食品メーカーで働いた経験があって、食品の現場を知っていた。話をしていて、こちらが抱えていることをかなり具体的に理解してもらえる感覚がありました。
私自身も横浜森永乳業の子会社や、大阪のオーブンメーカーで働いた経験がありますから、話が通じるところもありましたね。
「この人たちなら、自分が抱えていることを相談できそうだ」と思えた。それが大きかったです。

当初は「販売促進が8割」。進めるうちに、組織づくりの比重が高まった
ーー取り組みを始めた当初は、どんな課題を解決したいと考えていましたか。
大倉:
一番は、自社でつくっている製造機器をもっと売っていきたい、ということでした。
感覚としては、最初は販売促進が8割、受注管理や社内の仕組みづくりが2割くらいだったと思います。
それが進めていくうちに逆転して、後半は受注管理や社内の仕組みづくりの方に、より力を入れるようになりました。
ーー取り組みを進める中で、どんなことが見えてきたのでしょうか。
大倉:
商品をどう売るかを考えていくと、その前後の仕事も全部つながっていることが見えてきたんです。
お客様から引き合いをいただく。見積もりを出す。確認して、受注して、製造して、納品する。
そこがきちんと仕組みになっていなければ、せっかくいただいた案件を取りこぼしてしまうかもしれない。少人数で仕事をしているので、なおさらです。
「もっと売ろう」と言って販売促進だけを強くしても、受注した後に会社の中が回らなければ意味がないですよね。
社員のみんなとも話をしていく中で、「やりたい方向は分かるけれど、その前に社内を整えないと」という話が出てきました。
自分がやっていることも周りから十分見えていなかったので、まずは社内の情報を見えるようにして、誰が何をやっているのか、どこまで進んでいるのかを共有できるようにしようと。
製品をつくり続けられる状態をつくってから、しっかり販売を伸ばしていこうという順番に変わっていきました。
「自分自身がボトルネックだった」と気づいた
ーーご自身や会社の仕事の進め方について、どんな気づきがありましたか。
大倉:
一番大きかったのは、自分自身のどこがボトルネックになっているのかが分かったことですね。
それまでは、私自身がいろいろな情報を持っていたんです。
私に直接来る引き合いもありますし、部長に直接来る案件もある。それぞれが分かっていても、会社全体には十分に出せていませんでした。
受注や製造の状況もそうです。
自分では頭の中に入っていますし、スマートフォンのメモを見れば分かる。でも、社員からすると見えないですよね。
取り組みを進める中で、自分が情報を持ちすぎていること自体が、会社が次へ進むときのボトルネックになっているんだと気づきました。
ーーそこから、実際にどんなことに取り組んだのでしょうか。
大倉:
まずは、自分が持っている情報を会社のみんなと共有できるようにしようとしました。
案件や引き合い、見積もり、受注、担当、期限といった情報を、みんなが確認できる形にしていく。
今後はさらに、引き合いから受注、納品までの流れを整理して、AIも使いながら営業や情報共有を効率化していこうと考えています。
自分だけが分かっている状態から、会社のみんなが分かる状態にしていきたいですね。
-1030x687.jpg)
普段は話せなかったことを、社員みんなでホワイトボードに出した
ーー社員の皆さんとは、どのような話し合いをされたのでしょうか。
大倉:
ホワイトボードを使って、今の会社の状況だったり、これから改善したいことだったりを、みんなで出していきました。
例えば、自社製造の機械を累計50台販売しようとしたときに、今の会社に何が足りないのか。
人材なのか、設備なのか、仕事のやり方なのか。
普段からそれぞれ思っていることはあっても、わざわざ時間を取ってみんなで話す機会はなかなかありませんでした。
それを一度、きちんとテーブルの上に出せたことは大きかったと思います。
ーー印象に残っている出来事はありますか。
大倉:
ちょうど、機械を納品したお客様から感謝のお手紙をいただいていたんです。
それも、みんなで読みました。
目標台数や売上だけを見ていると、「何台売る」「いくら売る」という話になりますよね。
でも、自分たちがつくった機械が実際にお客様のところで使われて、喜んでもらっている。
そういうこともみんなで共有することで、「何のためにこの仕事をしているのか」を改めて感じられたと思います。
朝のミーティングが復活。「思っているだけ」の改善が、動き始めた
ーーその後、日々の仕事の進め方にはどんな変化がありましたか。
大倉:
ワークショップをきっかけに、以前はやらなくなっていた朝のミーティングをもう一度始めました。
それまでは、私が持っている引き合いもあれば、部長が持っている引き合いもある。それが見えにくかったんです。
朝に話すようになって、「今こういう案件がある」「ここまで進んでいる」ということが分かるようになりました。
そうすると、「では、この仕事はこちらでやろう」と分担もしやすくなります。
ーー日々の改善という点では、何か変わりましたか。
大倉:
変わりましたね。
今までも、日々仕事をしながら「これは直した方がいいな」「いつかやらないといけないな」と思っていることはたくさんありました。
でも、日々の仕事に追われて、そのままになってしまう。
今は、それがちゃんと議題に上がるようになりました。
問題が見えれば、「では、いつまでにやろう」「どうやって解決しよう」とみんなで話せます。
自分一人が問題を抱えているのではなく、会社として課題を共有して、一緒に改善していく形になってきた。それはかなり大きな変化だと思います。

製造部門は2,400万円から3,600万円へ。問い合わせも2倍に
ーー取り組みを経て、数字として表れた成果について教えてください。
大倉:
一番分かりやすいのは、自社で機械をつくっている製造部門です。
1年間で売上が2,400万円から3,600万円になりました。1.5倍です。
これまで商社として他社の商品を販売する仕事も大きかったのですが、自社製品の売上が伸びれば、会社全体の利益率にも良い影響があります。
ですから、製造部門が実際に伸びてきたことには手応えを感じていますし、ここはこれからさらに伸ばしていきたいと思っています。
ーーお客様からの反応には、どんな変化がありましたか。
大倉:
ロータリーどら焼き機については、月の問い合わせが2倍になりました。
単に問い合わせ件数が増えただけではなく、「実際に機械をテストしてみたい」というお客様からのご相談も増えています。
受注率も約3割改善しました。
もともとメーカー側としては、「性能が良い」「価格が安い」といったところに目が向きがちだったんです。
でも、お客様が本当に知りたいのは、それだけではありません。
「洗浄はどうするのか」「操作は難しくないのか」「今のお店の味を再現できるのか」「導入した後に困らないか」といった不安があります。
そうした情報をWebなどで事前に伝えるようにしたことで、こちらのことをしっかり理解した上で問い合わせてくださる、検討度の高いお客様が増えたと感じています。
ーー数字が伸びていく中で、新しく見えてきたことはありましたか。
大倉:
ありました。
問い合わせが増えた一方で、納期が間に合わなくて受注できなかった案件もあったんです。
これは悔しいですけれど、一方ではすごく分かりやすい課題ですよね。
商品を知ってもらって、問い合わせが来るところまでは進んだ。でも、その先で、きちんと製造して届けられる体制が必要になった。
だからこそ、最初は販売促進から始まった取り組みが、受注管理や情報共有、組織づくりへと広がっていったんだと思います。
売る仕組みと、売れた後にきちんと回せる仕組み。その両方が必要だということを、実際の数字からも感じています。
ーー製造以外の仕事には、どんな変化がありますか。
大倉:
商社部門は、売上そのものが大きく伸びたというわけではありません。
ただ、商社の仕事は、引き合いをいただいてから早く見積もりをつくり、次へ進めることが大事です。
そこを効率化することで、一つひとつの案件を以前よりスムーズに進められるようになってきました。
メンテナンスも同じです。機械が止まったお客様には、できるだけ早く駆けつけなければいけません。
毎日の動き方をどうすれば無駄なくできるかを考えることで、より多くの案件に対応できるようになってきました。
製造部門の売上という分かりやすい成果だけでなく、会社全体で「どうすれば少人数でもきちんと仕事を回せるか」を考えるようになったことも、大きな変化だと思っています。

「楽どら」。良い機械を、伝わる商品へ
ーー販売促進では、具体的にどんなことに取り組んだのでしょうか。
大倉:
その一つが、ロータリーどら焼き機のネーミングです。
いろいろな候補を考えました。私が案を出して、協働プロの相川さんや加藤さんにも見てもらいながら検討していきました。
その中で、「楽にどら焼きを焼ける」という商品の特徴が伝わる名前として、「楽どら」がいいのではないかということになりました。
今は、商標として使えるかどうかも含めて、知的財産の専門家の方と確認を進めているところです。
ーー商品に名前を付けることについて、どのように考えていますか。
大倉:
まだこれから定着させていく段階ですが、名前があることは大事だと思っています。
単に「どら焼き機」と呼ぶだけではなくて、「楽どら」と呼べる。
ニックネームがあることで、お客様にも覚えてもらいやすいですし、こちらも商品の特徴や価値を伝えやすくなると思っています。
機械として良いものをつくるだけではなくて、「どういう商品なのか」をきちんと伝えることにも、これからもっと力を入れていきたいですね。
ーー商品の魅力を伝えるという点では、ほかにどんなことを見直しましたか。
大倉:
LPやパンフレットですね。
LP自体は、もともと地元のホームページ会社さんにつくっていただいていました。
そこからさらに、「お客様は何を知りたいのか」を考えるようになりました。
価格や製造能力だけではなくて、洗浄はどうするのか、操作は難しくないのか、今のお店の味を再現できるのか。
メーカー側が伝えたい情報だけではなく、お客様が不安に思うことを先に伝える。
そこは今回、かなり意識が変わったところですね。

「別府から日本全国・世界へ」。メーカーとして挑む“第二創業”
ーー会社のこれからについては、どんな方向を目指していきたいと考えるようになりましたか。
大倉:
別府から、日本全国、そして世界へ届けていきたいという思いがあります。
別府は温泉や観光のイメージが強い町ですよね。製造業のイメージはあまりないと思います。
だからこそ、別府から自分たちがつくった機械を、日本全国、そして世界へ届けていきたいと思っています。
今回みんなで会社の未来を考えたことで、その目標を改めて共有できたことも大きかったです。
ーー自社でつくる製品や、メーカーとしての立ち位置については、今後どのようにしていきたいですか。
大倉:
「OKURA MADE」というブランドを、これからもっと広げていきたいと思っています。
これまでは、他社の商品を扱う商社としての仕事も大きかった。
もちろんそこも大切ですが、これからは自社で製品をつくるメーカーとしての立ち位置をもっと強くしていきたいんです。
「大倉菓機がつくった機械」として、自分たちのものづくりを外へ届けていく。
会社としても、今は“第二創業”のような時期だと思っています。
ーー別府という場所だからこそ、どんな価値をつくっていきたいですか。
大倉:
東京や大阪とは違って、お客様にはわざわざ別府まで来ていただくことになります。
だからこそ、来てもらったら内容の濃い時間にしたいと思っています。
自社にはテストルームがありますから、実際にお客様の生地を持ってきてもらって、機械を試していただくこともできます。
「わざわざ別府まで来てよかった」と思ってもらえる場所にしていきたいですね。
専門性だけではない。会社の中に入り、ともに考えてくれた協働プロ
ーー今回、相川さんと加藤奏さんのお二人と一緒にプロジェクトを進めました。相川さんとの取り組みで、印象に残っていることを教えてください。
大倉:
相川さんは、人情味のある人ですね。
こちらの気持ちをすごく汲んでくれる方です。
会社に来てもらったときに、急きょ別の仕事が入ったことがあったんですが、その仕事まで一緒に手伝ってくれたんですよ。
外から来て「こうした方がいい」と言うだけではなくて、実際に会社の中に入って、うちの雰囲気を見ながらアドバイスしてくれる。
一緒にやっていて、とてもやりやすかったですね。
ーー加藤さんとの取り組みでは、どんなところが印象に残っていますか。
大倉:
加藤さんはSEとして、やはり専門性を持っている方ですね。
相川さんと一緒にプロジェクトを進めながら、それまでの話や議事録もしっかり整理してくれました。
何を話して、どこまで進んで、次に何をするのか。
そういうことを整理して、次につなげてくれたのはとても助かりました。
ーー外部のプロ人材と一緒に取り組んでみて、どのように感じましたか。
大倉:
もともと外部のプロ人材と一緒に仕事をすることには、薄々興味がありました。
ただ、実際にどう進めればいいのかまでは分かっていなくて、なかなか動き出せていなかったですね。
今回やってみて感じたのは、「やっぱりプロ集団だな」ということです。
専門的な知識があるだけではなくて、こちらの状況を見ながら一緒に進んでくれる。
身近な飲食店さんなどにも、「こういう取り組みがありますよ」と紹介したいと思うようになりました。

社長一人で回す会社から、みんなで考える会社へ
ーー7か月の取り組みを振り返って、一番大きな変化は何だったと思いますか。
大倉:
会社のみんなで、先のことを話せるようになったことですね。
以前も「これを改善しないと」「こうした方がいい」と自分の中では思っていました。
でも、日々の仕事がありますから、なかなか手をつけられない。
今回、自分がボトルネックになっているところも分かって、それを社員のみんなに共有できました。
そこから朝のミーティングが始まって、案件を共有するようになって、改善点もみんなで話せるようになった。
自分一人で会社を回すのではなく、会社のみんなで解決していこうという方向に少しずつ変わってきたと思います。
ーーこの先、どんな大倉菓機をつくっていきたいですか。
大倉:
まずは、自分たちの機械をもっと全国へ届けたいです。
そして、そのために会社の仕組みをもっと強くしていく。
これからはAIも使いながら、営業や受注から納品までの情報共有をさらに効率化していきたいと思っています。
自社製品が増えて、利益率も上がって、その利益を社員にもきちんと還元できる。
そういう会社にしていきたいですね。
「OKURA MADE」を、別府から全国へ、そしてその先へ。
メーカーとして、次の大倉菓機をみんなでつくっていきたいと思っています。
ーー最後に、協働日本へのメッセージをお願いします。
大倉:
これから、協働日本さんの取り組みはもっと各地域に広がっていくと思っています。
オンラインでつながるだけではなくて、実際に地域に入って、街のイベントやお祭りなども含めて、人と人が集まる場所をつくっていく。
地域のいろいろな人が集まって、新しいことが始まるようなプラットフォームになっていくんじゃないかなと思っています。
そういう存在になっていってほしいですね。
ーー大倉さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。
大倉:
ありがとうございました。

大倉 崇史/Takafumi Okura
有限会社大倉菓機 代表取締役
大分県別府市の有限会社大倉菓機 5代目代表取締役。横浜森永乳業の子会社や大阪のオーブンメーカーでの勤務を経て家業に入り、現在は技術営業やメンテナンスにも携わりながら、自社製品の拡大と組織づくりを進めている。
協働日本事業については こちら
VOICE:協働日本 相川 知輝氏 – 日本のユニークな「食」の魅力を後世に伝えていきたい – | KYODO NIPPON
https://kyodonippon.work/post-2726/


年に現在の場所に工場を新設した-1030x687.jpg)

