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新規事業STORY:湯治の宿大黒屋 安波拓哉氏 昔ながらの湯治宿で顧客単価1.4倍を実現。鉄輪の日常を「事業」に変えた7か月

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。

【記事サマリー】
大分県別府市・鉄輪温泉で1938年頃から続く「湯治の宿 大黒屋」。4代目の安波拓哉さんは、築60年を迎えた建物の建て替えを前に、「これからどんな宿にしていけばいいのか」を一人で悩んでいました。協働日本のプロ人材との7か月間の伴走では、建物の設計を急ぐのではなく、まず大黒屋の価値を棚卸し。地獄蒸し、鉄輪の文化、人が自然と交わる空間、そして安波さん自身が培ってきた食と酒の経験など、すでにそこにあった強みを見つめ直しました。そこから生まれた新サービス「鉄輪 蒸しどころ大黒屋」の実証では、宿泊者一人あたりの客単価が従来比約1.4倍に。「建て替える」ための事業計画づくりから始まったプロジェクトは、「鉄輪を体験する湯治宿」という大黒屋の新たな未来を描く取り組みへと広がっています。

今回は、大分県別府市・鉄輪温泉で「湯治の宿 大黒屋」を営む4代目、安波拓哉さんにお話を伺いました。

大黒屋は1938年頃から鉄輪に根ざしてきた、昔ながらの湯治宿です。築60年を迎えた建物の老朽化をきっかけに、協働日本のプロ人材とともに、建て替え後の事業や宿の価値そのものを見直すプロジェクトを進めてきました。

伴走したのは、事業設計を担当する四元亮平さん、ブランディングを担当する岡直哉さん、デジタル・データ分析を担当する加藤奏さんの3名。異なる専門性を持つ協働プロがチームとなり、7か月にわたって大黒屋のこれからを安波さんとともに考えてきました。

その過程で何が見え、何が変わったのか。率直に語っていただきました。

(取材・文=郡司弘明)

「建て替えないといけない。でも、どうしたらいいのか分からなかった」

ーーまず、大黒屋について教えてください。

安波拓哉氏(以下、安波):
大黒屋は、昔ながらの湯治宿です。地獄蒸しの釜があって、基本的には素泊まりで滞在していただくスタイルの宿ですね。私で4代目になります。

昔は鉄輪にも、こうした素泊まり中心の湯治宿がもっとたくさんありました。ただ、今はかなり数も減ってきています。その中で、大黒屋は昔から変わらず続けてきた宿のひとつです。

いわゆる高級旅館とは違って、気取らずに泊まっていただけるというか、昔ながらの湯治宿らしい距離感を大切にしてきた宿だと思っています。

ーー大黒屋ならではの魅力は、どこにあると感じていますか。

安波:
先代の女将の頃から続いている、アットホームな雰囲気は大きいと思います。接客も含めて、お客様との距離が近い宿です。

もうひとつは、やはり地獄蒸しですね。

地獄蒸しの釜がある湯治宿はほかにもありますが、大黒屋は外に開かれたスペースが多く、比較的気軽に楽しんでいただけます。地獄蒸しを目当てに来てくださるお客様も多いですし、宿泊している方同士や地域の方との会話が自然に生まれる場所にもなっています。

自分たちにとっては当たり前の景色でしたが、改めて考えると、そういうところも大黒屋らしさなのだと思います。

ーー地獄蒸しは、普通に蒸すのとはどのような違いがありますか。

安波:
普通のお湯の蒸気ではなく、温泉の蒸気を使う点が大きな違いです。

100度近い蒸気で一気に蒸すので、野菜は甘みが引き立ちますし、彩りも良くなります。余計な味付けをしなくても、素材そのものがおいしく感じられるんです。

地獄蒸しというと「珍しい調理法」という印象が先に立つかもしれませんが、実際には素材の味をしっかり引き出してくれる、とても理にかなった調理法だと思っています。

ーー協働日本との取り組みを始めたきっかけは何だったのでしょうか。

安波:
一番大きかったのは、建物の老朽化と、それに伴うブランディングについて悩んでいたことです。

築年数もかなり経っていたので、「そろそろ本格的に建て替えを考えないといけない」と思っていました。ただ、建て替えなければならないことは分かっていても、その先にどんな宿をつくりたいのかまでは、自分の中で整理できていませんでした。

もうひとつのきっかけは、親しくしている米田食堂さんが私より先に協働日本の伴走支援を受けていたことです。今年度も別府市の事業として協働日本さんの伴走支援を受けられることを知り、米田さんからも「一度やってみたら」と勧めてもらって、それなら挑戦してみようかな、と思いました。

建て替えを考えていたタイミングと、周りからの後押しが重なったのがきっかけでした。

ーー当時は、どのようなことに悩んでいましたか。

安波:
最初は、本当に建て替えのことばかり考えていました。

建て替えるためには融資も必要ですから、そのための事業計画書をつくらないといけない。ただ、「では、どんな宿にして、どうやって売上をつくって、その投資を返していくのか」というところが見えていませんでした。

建物を新しくするだけでは、事業計画にはならないですよね。

でも当時は、そこまで頭が整理できていなくて。「建て替えないといけない。でも、どうしたらいいのか分からない」という状態だったと思います。

ーー7か月の伴走を経て、その考え方は変わりましたか。

安波:
かなり変わりましたね。マーケティングやブランディングの協働プロの皆さんと話す中で、新たな視点を得て、大黒屋を客観的に見ることができました。 最初は「どう建て替えるか」ということしか考えていなかったのですが、一緒に話をしていく中で、「こういう商売の仕方もあるのでは」「この場所をこう活かせるのでは」と、どんどん考える範囲が広がっていきました。

建物の話だけではなくて、「これから大黒屋として何を提供していくのか」「どういう宿でありたいのか」を考えるようになった。 振り返ると、いろいろなアイデアが湧いてきた7か月だったと思います。

建物を考える前に、「大黒屋ってどんな宿ですか?」から始まった

ーー実際のプロジェクトは、どのように進めていったのでしょうか。

安波:
大きく4つくらいのフェーズに分けられると思います。

最初は、大黒屋の価値の棚卸しです。

「大黒屋はどんな宿ですか」「4代目の安波拓哉はこれまで何をしてきましたか」といったことを、かなり丁寧に聞いてもらいました。

最初は、建て替えの事業計画をつくる中で、なぜ自分のこれまでの経験まで掘り下げるのだろうと思う部分もありました。でも話していくうちに、大黒屋の歴史だけではなく、自分自身がこれまで何をしてきたのかも、これからの宿を考える材料になるのだと分かってきました。

その後は、お客様の層や客単価などを実際の数字にして、分析してもらいました。

ーーその後、協働プロの皆さんが現地を訪れたのですね。

安波:
はい。実際に大黒屋に泊まってもらって、地獄蒸しも体験してもらいました。鉄輪の周辺も歩いて、「この地域には何があるのか」を一緒に見てもらいました。

オンラインで話しているだけでは伝わりにくい空気感がありますから、現地に来てもらったことは非常に大きかったです。

そこで皆さん自身が鉄輪を体験したことで、「これ自体が価値なのではないか」と気づいてもらえた。

「地獄蒸しの野菜ビュッフェをやってみたらどうか」というアイデアが出てきたのも、その頃でした。

ーー現地に来てもらったことで、プロジェクトが加速した感覚はありましたか。

安波:
かなりありました。

現地訪問の前までは、まだ言葉で考えている部分が多かったと思います。

でも実際に見てもらってからは、「ここならこう使える」「この地獄蒸しをもっと前に出せる」と、イメージが一気に具体的になりました。

そこからは、アイデアを出すだけではなく、「では実際にどうやるか」というところまで、かなりスピード感を持って進んでいきましたね。

「何を新しくするか」ではなく、「何を残すか」

ーー建て替えについては、どのような議論をしたのでしょうか。

安波:
「全部を新しくしましょう」という話にはなりませんでした。

ブランディングを担当してくれた岡直哉さんとは、「こういう雰囲気は残したい」「ここはもう少し使いやすくしたい」と話しながら、それに近い建物や空間の写真をいろいろ出してもらいました。

自分の中には何となくイメージがあっても、それを言葉だけで説明するのは難しいんです。

写真を見ながら、「これは違う」「こっちは近い」と話していくことで、自分自身の考えも整理されていきました。

ーーその中で、「残したいもの」も明確になっていったのでしょうか。

安波:
そうですね。

大黒屋のアットホームな雰囲気や、気軽に地獄蒸しを楽しめるところは、これからも残していきたいと思いました。

建物をきれいにすることで、逆に今の良さがなくなってしまったら意味がありません。

その上で、水回りなど必要な部分はきちんと更新して、地獄蒸しの釜を中心に人が集まったり、会話が生まれたりする空間にできたらいいよね、という話をしました。

昔からあるものを大切にしながら、今の時代に合う形にしていくという考え方ですね。

ーー「何を建てるか」より先に、「大黒屋らしさとは何か」を整理した。

安波:
そうだと思います。

最初は、「新しい建物をどうするか」を考えていました。

でも話していくうちに、「そもそも大黒屋の良さは何なのか」「お客様は何を求めて来てくれているのか」を先に考える必要があると分かってきました。

建て替えること自体が目的ではなく、大黒屋の良さをどう残して、そこにどんな価値を加えていくのか。

そこが整理できたことで、建物についても考えやすくなったと思います。

バーテンダー、ソムリエとしての経験も、大黒屋の強みだった

ーー価値の棚卸しでは、安波さんご自身のキャリアにも目を向けました。

安波:
はい。

私は大学進学を機に福岡へ行って、その後も含めて15年ほど福岡で過ごしました。

ハイアットリージェンシー福岡やラ・ロシェル福岡などで働きながら、バーテンダーやソムリエとして、食や酒、接客について経験を積んできました。

ーーそれまで、ご自身のキャリアを大黒屋の強みとして捉えていましたか。

安波:
そこまで明確には考えていなかったと思います。

自分にとっては、以前やっていた仕事という感覚が強かったので。

ただ、皆さんと話していく中で、「それは大黒屋の体験づくりに活かせる強みですよ」と言ってもらいました。

地獄蒸しがあって、そこに食や酒の知識が加わる。自分がやってきたことと、大黒屋に昔からあるものを組み合わせれば、新しい価値になる。

そういう見方は、今回改めて気づかせてもらった部分だと思います。

ーーその意味では、伴走以前から行っていた「風呂本商店」にもヒントがありました。

安波:
そうですね。

風呂本商店は、旧鉄輪蒸し湯の跡地を使って、月に一度だけやっている立ち飲みのイベントです。

地元の方も来ますし、観光で来た方も来ます。そこで一緒にお酒を飲んでいると、自然に会話が生まれるんです。

自分としては好きでやっていたことですが、改めて振り返ると、食や酒を通して地域の人と観光客が混ざり合うというのは、大黒屋がこれから目指す姿にも近いんですよね。

ーー新しい答えを探していたけれど、すでに実践していた部分もあった。

安波:
そうですね。

自分の食や酒の経験と、鉄輪や大黒屋の良さを掛け合わせる。

今考えると、その考え方自体はすでに始まっていたのだと思います。

ただ、自分一人では、それを「大黒屋の強み」や「これからの事業」として捉えられていなかった。

外から見てもらったことで、そこに気づけたのは大きかったです。

700円の「釜貸し」を、「選ぶ・蒸す・味わう」体験へ

ーー新サービス「蒸しどころ大黒屋」は、どのように生まれたのでしょうか。

安波:
もともと大黒屋では、地獄蒸しの釜を90分700円で貸していました。

利用してくださる方はいるのですが、月に10件ほどで、基本的には「場所を貸す」というサービスでした。

お客様自身が食材を持ってきて、釜を使っていただく。それはそれで鉄輪らしい楽しみ方ではあるのですが、事業として考えると、700円の釜貸しだけではどうしても限界があります。

ーーそこで、釜を貸すのではなく、「地獄蒸しの体験そのもの」を商品にしようと。

安波:
はい。

現地訪問の後に、「地獄蒸しの野菜ビュッフェをやってみたら面白いのではないか」という話が出ました。

そこからは、かなり細かいところまで考えました。

野菜をどう並べるか、器をどうするか、お客様にどう選んでもらうか、どこを通って釜まで行くか。料金やオペレーションも含めて、一つひとつ詰めていきました。

アイデアだけで終わらせず、最後は「実際に一度やってみましょう」というところまで進められたのが良かったと思います。

ーー「蒸しどころ大黒屋」では、どんな体験を提供したのでしょうか。

安波:
大分県産の野菜などを用意して、その中からお客様自身に好きなものを選んでいただきます。

それを自分で地獄蒸しの釜に入れて、蒸して、できたてを食べてもらう。

単に料理を提供するだけではなく、食材を選ぶところから、自分で蒸すところまで含めて楽しんでもらう形です。

地獄蒸しは、蒸気が一気に上がる様子も含めて体験として面白いですし、そこに飲み物や味の変化を組み合わせることで、もっと楽しんでもらえるのではないかと考えました。

私自身の食や酒の経験も、ここで活かせると思っています。

小さく試して、数字で確かめる。客単価は約1.4倍に

ーー2026年5月にトライアルを行いました。結果はいかがでしたか。

安波:
一番分かりやすかったのは、やはり客単価です。

素泊まりが6,000円で、そこに地獄蒸し体験の平均2,425円が加わって、宿泊者一人あたり8,425円になりました。

従来の素泊まりと比較すると、約1.4倍です。

ーー実際に数字が出たことは大きかったですか。

安波:
大きかったですね。

これまでは、「地獄蒸しを活かしたら何かできるのでは」という感覚でした。

でも実際に試したことで、「このサービスを提供すると、このくらい客単価を上げられる可能性がある」という数字が出た。

今後、融資の話や事業計画を考えるときにも、感覚だけではなく、実際に試した結果として話すことができます。

それは非常に大きな違いだと思っています。

ーー参加したお客様の反応はいかがでしたか。

安波:
野菜がおいしかったという声はもちろんありましたし、「自分で選んで、自分で蒸すのが楽しかった」という反応もありました。

地獄蒸しは、私たちにとっては日常にあるものですが、お客様にとってはそれ自体が特別な体験になる。

そこを改めて確認できたのは良かったです。

申込率も想定より高く、一定のニーズがあることも分かりました。

ーートライアルをしてみて、「蒸しどころ大黒屋」の可能性をどう感じましたか。

安波:
このサービス単体で終わらせる必要はないと思っています。

例えば、宿泊プランの中に最初から組み込むこともできますし、夜の時間に地獄蒸しとお酒を楽しんでもらうような形も考えられます。

今回1.4倍という数字が出たことはもちろん成果ですが、それ以上に、「ここをベースにいろいろ展開できそうだ」と思えたことが大きいですね。

ひとつ、事業の土台になるものができた感覚があります。

「蒸しどころ大黒屋」だけではない。事業の到達点が見えてきた

ーー7か月の伴走を振り返ると、ほかにはどんな変化がありましたか。

安波:
成果というと、どうしても「蒸しどころ大黒屋」が一番分かりやすいと思います。

ただ、実際にはもっと細かいところでも変化がありました。

例えば、これまでは電話で直接予約をいただいたお客様の情報を、きちんとデータとして残せていませんでした。

加藤奏さんから、「こうした情報をきちんと残しておくことが、今後のお客様との関係づくりにつながる」と教えてもらって、少しずつデータを取るようになりました。

これまで当たり前にやっていた業務についても、「こういう情報を持っておくことが、今後につながるんだ」と考えるようになりましたね。

ーー最初の課題だった、融資や事業計画についてはいかがですか。

安波:
融資自体はまだこれからですが、事業計画についてはかなり言語化できるようになってきました。

最初は「建て替えたい」というところしかありませんでしたが、今は「どんな宿にしたいのか」「どんなサービスをつくるのか」「どうやって売上につなげるのか」まで、少しずつ一本につながってきています。

進むスピードも上がりましたし、「ここを目指して進めばいい」という到達点が見えてきた感覚があります。

ーー当初の「どんな宿にしたらいいか分からない」という状態からは、大きく変わりましたね。

安波:
そうですね。

以前は、建て替えと事業を別々に考えていた部分もあったと思います。

でも今は、「こういう体験を提供する宿にしたいから、こういう空間が必要だ」というように、建物と事業を一緒に考えられるようになりました。

それが今回の取り組みの中で、一番大きく変わったところのひとつかもしれません。

答えを押しつけず、まず鉄輪と大黒屋を理解しようとしてくれた

ーー今回の伴走には、事業設計を担当した四元亮平さん、ブランディングを担当した岡直哉さん、デジタル・データ分析を担当した加藤奏さんの3名の協働プロが参加しました。最初は、外部のプロ人材との取り組みに不安もありましたか。

安波:
ありましたね。

こうした形で伴走支援やコンサルティングをお願いするのは初めてでしたし、そもそも最初はリモートでの打ち合わせにもあまり慣れていませんでした。

それに、地方にいる側からすると、「東京や大阪で活躍しているプロの方」と聞くだけで、少し構えてしまうところがあります。「難しいことを言われるのではないか」「こちらのやり方を否定されるのではないか」という不安も、正直ありました。

でも、実際に始まってみると、その印象はまったく違いました。

皆さんとてもフランクですし、「自分たちはプロだから、こうした方がいい」と答えを押しつけてくることもありませんでした。

まず大黒屋がこれまでやってきたことや、私自身が考えていることを聞いて、その上で「こういう方法もあるのではないですか」と提案してくれる。こちらのやり方に寄り添いながら進めてもらえたので、とてもやりやすかったです。

ーー事業設計を担当した四元さんには、どのような印象を持っていますか。

安波:
四元さんは、最初からすごく話しやすかったです。

特に印象に残っているのは、いきなり「事業としてこうするべき」と話すのではなくて、まず鉄輪や大黒屋のことを理解しようとしてくれたことですね。

「この地域には何があるのか」「大黒屋の良さはどこにあるのか」というところから一緒に考えてくれました。

現地にも来てもらって、表面的な観光地としての鉄輪だけではなく、かなり深いところまで見てもらったと思います。

こちらとしても、「外から来た人に何かを教えてもらう」というより、一緒に地域を見ながら可能性を探している感覚がありました。だからこそ、自分の考えていることも素直に話せたのだと思います。

ーー岡さんは、ブランディングや建て替え後のイメージづくりを担当しました。どのような方でしたか。

安波:
岡さんは、オンラインで話していたときと、実際に会ったときの印象が少し違っていて、それも面白かったですね(笑)。

ロゴや建て替え後のイメージなど、出してくださるものはすごくセンスが良かったので、最初はクールな方なのかなと思っていました。

でも実際に鉄輪に来てもらうと、とても柔らかい方で、人間味のある方でした。

建て替えについても、「こういう建物にしましょう」と決めるのではなくて、私と話しながら、いろいろな写真やイメージを出してくれました。

自分では頭の中にぼんやりとしかなかったものを、「これは近いですか」「これは少し違いますか」と一緒に確認していく。そのやり取りを通じて、「自分が残したい大黒屋らしさは、こういうことなのか」と、こちらの考えも整理されていきました。

ーー「蒸しどころ大黒屋」のロゴも、岡さんが関わっていたのですね。

安波:
はい。建物のイメージだけではなくて、「蒸しどころ大黒屋」のロゴもつくってもらいました。

アイデアを出して終わりではなく、実際にお客様に見せるところまで一緒につくってもらえたのは大きかったです。

サービスの中身だけでなく、「大黒屋らしくどう見せるか」まで考えてもらったことで、ひとつの事業として形になっていった感覚があります。

ーー加藤さんは、デジタル・データ分析の面から伴走しました。印象に残っていることはありますか。

安波:
加藤さんも、非常に話しやすかったです。

データ分析というと、最初は少し難しいものを想像していました。でも、いきなり専門的な数字の話をするのではなく、まず大黒屋の状況を聞いた上で、「こういう情報を取っておくといいですよ」と、日々の業務に落とし込んで教えてくれました。

先ほどお話しした電話予約のお客様の情報もそうです。

今まで何となくやっていたことを、「これはデータとして残した方がいい」「後々こう活かせる」と整理してもらったことで、日々の業務の見方も少し変わりました。

「蒸しどころ大黒屋」のトライアルについても、感覚だけではなく客単価や申込率を数字として見る。そういう考え方は、今回の取り組みを通じてかなり意識するようになりました。

ーー3人それぞれ専門領域は違いますが、共通していたことはありますか。

安波:
やはり、「まず地域や大黒屋を理解しようとしてくれたこと」だと思います。

事業、ブランド、データと、それぞれ専門性は違いますが、自分の専門領域だけを見ている感じがなかったんです。

鉄輪という場所があって、大黒屋という宿があって、そこに自分たちがこれまでやってきたことがある。それを理解した上で、それぞれの専門性を持ち寄ってくれました。

外から新しい答えを持ってきてもらったというより、もともとここにあったものを、一緒に見つけて、つないで、形にしてもらったという感覚の方が近いですね。

今回の7か月で「蒸しどころ大黒屋」が生まれたことももちろん大きな成果ですが、自分たちだけでは気づかなかった大黒屋や鉄輪の可能性に気づけたことも、それと同じくらい大きかったと思っています。

「うちみたいな小さなところが」と思っていたからこそ、勧めたい

ーー今後、地域企業とプロ人材のこうした協働は広がっていくと思いますか。

安波:
広がっていくと思います。

私の周りにも、同世代で宿や家業を継いでいる人が多いので、「こういう支援もあるよ」と話すことがあります。

ただ、なかなか最初の一歩を踏み出せない気持ちもよく分かります。

私自身も最初は、「うちのような小さなところが、こういう支援を受けてもいいのだろうか」と思っていましたから。

ーー実際に取り組んでみて、その印象は変わりましたか。

安波:
変わりましたね。

外部の知識やスキルを持った人と話すことで、自分たちだけでは見えていなかったものが見えてきます。

地方には、同じように「何か変えたいけれど、何から始めればいいか分からない」と悩んでいる会社やお店がたくさんあると思います。

そういうところに、こうしたプロ人材との協働は合うのではないかと思います。

ただ、地域に入る側が、まずその地域を理解しようとしてくれることは大事ですね。

そこがあれば、地域側も安心して話ができると思います。

大黒屋を、「泊まる場所」から「鉄輪を体験する場所」へ

ーー今後、大黒屋ではどのようなことに取り組んでいきたいですか。

安波:
まずは、「蒸しどころ大黒屋」をきちんと定着させていきたいです。

今回トライアルとして形にできたので、今度は宿泊プランの中に組み込んだり、夜の時間帯に展開したり、実際の営業の中でどう使っていくかを考えていきたいと思っています。

まだ改善できるところもたくさんありますから、運営しながら少しずつ磨いていきたいですね。

ーー顧客との関係づくりも今後のテーマですね。

安波:
そうですね。

今回、顧客データをきちんと残すことの大切さも学びました。

LINEや予約リストなども活用しながら、一度来てくださったお客様と、その後もつながっていける仕組みをつくりたいと思っています。

昔ながらの湯治宿は、何度も来てくださるお客様との関係がとても大切なので、そこはデジタルも上手に使っていきたいですね。

ーーそして、最初のテーマだった建て替えにもつなげていく。

安波:
はい。

今回、新しい体験や飲食のモデルについて、一定の手応えを得ることができました。

「こういうサービスを提供すれば、このくらいの収益につながる可能性がある」ということが見えてきたので、それを建て替えや融資の計画にも反映していきたいと思っています。

最初は建物の話から始まりましたが、今はようやく「どんな事業をするために、どんな建物が必要なのか」という順番で考えられるようになってきました。

ーー伴走をきっかけに、ほかの地域との新しいつながりも生まれているそうですね。

安波:
そうですね。

四元さんが関わっている鹿児島の「GLOW UP」の皆さんと、「蒸しどころ大黒屋」で一緒に取り組む話も進んでいます。

今回の7か月が終わったから、そこで関係も終わりということではなくて、別の地域や別の取り組みにもつながっている。

最初は大黒屋の建て替えについて相談していたところから、新しいサービスが生まれ、さらに地域を越えたつながりまで生まれてきました。

そういう広がりが出てきているのも、今回の伴走の面白いところだと感じています。

ーー最後に、協働日本との7か月を振り返って、メッセージをお願いします。

安波:
今回一緒に取り組んでもらったことで、本当に大黒屋の可能性を広げてもらったと感じています。

大黒屋という宿だけを見るのではなく、鉄輪という地域のかなり深いところまで見て、その上で一緒に考えてもらえた。

そのおかげで、自分自身にも少し自信がつきましたし、「これから大黒屋をこうしていきたい」というイメージも、以前よりかなり具体的になりました。

最初は建て替えのことで悩んでいましたが、今はその先にある事業や、大黒屋のこれからについて考えられるようになっています。

本当に感謝しています。

これから大黒屋も頑張っていきますので、協働日本の皆さんとも、引き続き一緒に新しいことに取り組んでいけたら嬉しいです。

ーー本日は貴重なお話をありがとうございました。

安波:
ありがとうございました。


安波 拓哉/Takuya Yasunami

湯治の宿 大黒屋 4代目

1984年生まれ。18歳まで別府市で過ごし、福岡の大学へ進学。

大学卒業後、ホテル「ハイアットリージェンシー」に入社し、バー「ロトンダ」でバーテンダーとして勤務。勤務しながらJ.S.A.ソムリエ資格を取得する。

その後、「ラ・ロシェル福岡」に入社し、ソムリエとして勤務。福岡で計15年間を過ごしたのち、2018年に別府へUターン。

「湯治宿 大黒屋」に4代目として勤務し、現在は湯治宿を経営する傍ら、月1回開催の立ち飲みイベント「風呂本商店」などを開催。

これからの湯治文化の継承や、鉄輪温泉を盛り上げる活動に取り組んでいる。

協働日本事業については こちら

VOICE:四元 亮平 氏 -想いを持つ方を支える「名脇役」として。マーケティングを通じた地域企業の価値の再発掘と成長を目指す。
https://kyodonippon.work/post-4534/


マーケティングSTORY:米田食堂 米田正和氏 – 地獄蒸しから生まれる“次の名物”──別府・鉄輪で三代続く食堂が描く団子汁食堂の未来 –

協働日本で生まれた協働事例を紹介する記事コラム「STORY」。
本連載では、協働日本とプロジェクトに取り組むパートナー企業の方をお招きし、どのように意思決定し、プロジェクトを推進しているのかをインタビューを通じて伺っていきます。

今回は、別府・鉄輪で三代続く大衆食堂「米田食堂」の三代目・米田正和氏、そして協働プロとして伴走する相川知輝氏にお話を伺いました。

米田食堂は、1955年創業。別府の名所「地獄めぐり」の動線上に店を構え、大分の郷土料理・団子汁を看板に、長年地域と観光客に親しまれてきた食堂です。

同店では、米田氏が掲げた「店を目的地化する」という構想のもと、温泉の噴気を活かした“地獄蒸し”の新商品開発と、団子汁を“選ばれる名物”へ進化させる取り組みに協働日本が伴走しています。

プロジェクトを通じて、売上130%を生んだ新商品「極楽 鬼カステラ」が誕生。さらに、現場で継続的に回せるオペレーションを見据えた“次の挑戦”も動き出しています。
協働日本との取り組みで得られた変化、試行錯誤のプロセス、そして地域へ広がり始めた“協働”の輪について、率直に語っていただきました。

【本事例のまとめ】

大分県別府・鉄輪で1955年創業の三代続く大衆食堂・米田食堂は、団子汁と地獄蒸しを看板に、地域の観光客にとっても目的地となる店づくりを目指して協働プロチームの伴走を開始しました。

三代続いてきた自分たちの店の強みや独自性をうまく言葉にできていなかったところ、協働日本の伴走支援を通じて地獄蒸しの噴気を活かした新商品「極楽 鬼カステラ」が誕生し、繁忙期の売上を130%に押し上げました。

「まずやってみて、反応を見て、改善する」という姿勢が身につき、感覚でやってきた経営に自分なりの判断軸が生まれていきました。

(取材・文=郡司弘明)

地獄めぐりの途中にある、三代続く大衆食堂

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは、米田食堂さんの沿革と、現在の事業について教えてください。

米田正和氏(以下、米田):こちらこそ、よろしくお願いします。

1955年に別府市・鉄輪で初代の米田トリヱが大衆食堂「米田屋」を開店したのが始まりです。温泉地ならではの立地を活かし、だんご汁や地獄蒸し料理を中心に、長年、地元の方と観光客の方の両方に支えられて営業してきました。

祖母から父、そして自分が三代目になります。もともとはいろいろな食事を出す大衆食堂でしたが、今は大分県の名物である「団子汁」を一番の売りにしています。これまでの歴史を大切にしながらも、次の時代に向けた新しい挑戦にも取り組んでいます。

ーー団子汁が看板メニューになっているのですね。加えて、米田食堂さんならではの特徴として“地獄蒸し”もあると伺いました。

米田:店先に「地獄釜」があって、温泉の噴気(蒸気)を使って食材を蒸すことができます。

今は卵やお芋、とうもろこしを蒸して、それを店先で販売しています。

ーー立地も含めて、地域での位置づけはどのようなものなのでしょうか。

米田:うちは観光地のど真ん中で、「別府の地獄めぐり」のコース上にある食堂です。

昔は湯治に来た方や地元の方が多かったですが、今はどちらかというと観光客の方がメインになっています。

ただの郷土料理にしない。団子汁を“選ばれる名物”へ進化させる挑戦

ーー協働日本との取り組みを始められたきっかけを教えてください。

米田:別府市役所の産業政策課の方から案内があり、別府市の外郭団体「B-biz LINK」さんと、「協働日本」さんが共催していた事業支援説明会に参加したのがきっかけです。

気軽に参加した説明会だったのですが、協働日本代表の村松さんのお話を聞いて、とても関心が高まりそのままあれよあれよという間に、面談へと進みました。

そこから支援を受けさせてもらえることになり、今回のご縁に繋がりました。

ーー最初に協働日本の話を聞いた時の印象はいかがでしたか。

米田:まず、とても熱い人たちが集まっている会社なんだなあという印象でしたね。これまでこういったお話を聞いてきた、いわゆるコンサルタントの方々とは全然違って。自分の想いを正直に、やってみたいことを気軽に相談でき、ざっくばらんに話せそうな雰囲気がありました。

経営や商品開発を、自分たちだけで考えていると、どうしても視野が狭くなってしまうと感じていました。お店の強みはあるはずなのに、それをうまく言葉や形にできていない、そんなもどかしさがあったんです。

協働日本さんのお話を聞き、「一緒に考え、伴走してくれる」という姿勢に共感し、思い切って取り組むことを決めました。

ーープロジェクトの出発点として、米田さんが協働日本に伝えた“やりたいこと”は何だったのでしょうか。

米田:「店を目的地化したい」ということです。

今は“ただの団子汁”を売っている。それを“ただじゃない団子汁”にどう昇華させるか。

自分の店を別府、そして「地獄めぐり」に来る人たちの目的地にしたいというのが最初に伝えたことです。

ーー地域内にも団子汁を出すお店が複数ある中で、狙うポジションは明確だったのですね。

米田:そうですね。地域で一番を取って、そこから「大分県の団子汁といえば」というところまで行きたいと思っています。

決まった型がないから、前に進めた。“地獄蒸し”の新展開

ーー協働プロジェクトに参画している協働プロについて教えてください。

米田:相川さん、他数名の協働プロの方々を中心にご支援いただいています。

それぞれ違った視点を持っていて、毎回の打ち合わせで新しい気づきをいただいています。

ーー今回、協働プロ相川さんがインタビュー記事に同席していただいています。相川さんは現地の状況を踏まえて、どこから着手したのでしょうか。

相川知輝氏(以下、相川):鬼山地獄のすぐそばで、人通りはすでに多い場所です。だから最初は、そこで“買ってもらえる”“話題になる”ものをつくる。

SNSでシェアされる状態ができたら、「あれを食べに行こう」に変えていける、と考えました。

ーー人通りの多さを活かし、そこから目的地化へつなぐ設計ですね。

相川:そうです。しかも米田食堂さんは、店先に自販機があって、その後ろに地獄蒸しの設備がある。そこでも売れば、まず手に取ってもらえる確度が高い。卵やとうもろこしはすでに売れている。ただ、100円・200円の世界観に寄ってしまうのがもったいない。価値があるものにすれば、高くても買ってもらえるはずだと。

ーー具体的にはどんな取り組みを進めていますか。

米田:主に、新商品の開発と、観光客へのアプローチ方法の見直しに取り組んでいます。

具体的には、お客様目線の商品づくり、ネーミングやパッケージの検討、看板やPOPなどの販促改善などです。「鉄輪らしさ」「米田食堂らしさ」を改めて整理し、どうすれば伝わるのかを一緒に考えてきました。

ゴール実現に向けたアイデア出しと、“現実化”するための伴走支援の両輪

ーー協働日本の伴走の“進め方”は、米田さんにとってどのような体験でしたか。

米田:決まったフォームがあるわけじゃなくて、打ち合わせをしながらブレストして、どんどん意見が出てくる。会議も硬くならずに、普通の雑談から始まったりして、会議が毎回楽しみでした。

また、一番大きな変化は、「考え方」です。これまでは感覚的にやっていたことを、言語化し、整理しながら進めるようになりました。

「まずやってみて、反応を見て、改善する」という姿勢が身についたと感じていますし、スピード感をもってプロジェクトを進められています。

ーー相川さんから見て、このプロジェクトが前に進む速度が出た要因はどこにありますか。

相川:一つは、米田さんがすぐ試してくれるところです。本当にこれ実現できるっけ?というものが、1〜2週間後にはテストされていて、形をどんどん変えられた。だから比較的早く新商品ができました。

もう一つは役割分担です。協働側は「売れる・見た目・話題化」の設計を考える。ただ、味をどう担保するかは、僕らは触れない。そこは料理人である米田さんに任せられる。だから速い。

ーー根本の方向性は米田さんの想いベースで、それを“できる形”へ一緒に落としていくのが『協働』、という整理ですね。

相川:そうです。ゴールの方向性は米田さんが持っている。そこに向けて、アイデアを出して、現実化していく、という伴走です。

売上130%を生んだ「極楽 鬼カステラ」

ーー取り組みの成果の中で、象徴的なものを教えてください。

米田:創業以来初となる新商品の開発が実現したことです。名付けて、「極楽鬼カステラ」。鉄輪らしさやお店の個性を前面に出したもので、観光客の方に手に取っていただきやすい商品になりました。

相川:地獄蒸しの新商品としてつくったもので、鬼の髪型のような見た目にした「極楽 鬼カステラ」です。地獄蒸しの文脈と、写真を撮りたくなる見た目を掛け合わせました。

米田:中が地獄蒸しでつくったカステラです。

ーー実際の成果として、数字で語れる変化はありましたか。

米田:もともと地獄蒸しで売っていたのは卵や芋、とうもろこしで、“蒸して売る”だけでした。そこに新商品が加わったことで、販売していた期間は、平均で20%くらいは上がっています。

相川:繁忙期に絞れば売上130%増になっていますよね。

「売れる」だけでは終わらせない。老舗だからこそ直面した“続ける”という現実

ーー新商品がヒットした一方で、継続に向けた課題も見えてきたと伺いました。

米田:そうですね。正直に言うと、「売れたからすべて成功!」ではなかったな、というのが率直な感覚です。

極楽 鬼カステラは、見た目のインパクトもあって、観光客の方が写真を撮ってくれたり、SNSに上げてくれたりと、想像以上の反応がありました。実際、売上としても手応えはありましたし、「これはいける」と思った瞬間もありました。

ただ一方で、現場のオペレーションが・・想定以上に大変でした。

ーー具体的には、どのあたりが負担になっていたのでしょうか。

米田:仕込みから提供までに手間がかかるので、どうしても人手が必要になるんです。アルバイトが入れる休日なら回せるけれど、平日は難しい。忙しい時期ほど、現場が回らなくなるというジレンマがありました。

老舗の個人店なので、人員に余裕があるわけではありません。売上が上がっても、現場が疲弊してしまっては意味がない。続けられなければ、名物として根付かせることはできない。そこに、はっきりとした課題を感じました。

ーーその気づき自体が、次の挑戦につながっているのですね。

相川:まさにそうですね。今回のプロジェクトでは、「売れるかどうか」だけでなく、「続けられるか」「現場で回せるか」を、次のテーマとして明確にできたことが大きいと思っています。

最初のチャレンジで成功体験と同時に“反省点”が言語化できた。

これは、単発のヒットで終わらせず、次につなげるうえで非常に重要なプロセスだと考えています。

老舗×観光地だからこそ必要だった「視点の外注」

ーー協働日本が伴走することで、米田さんご自身の視点にも変化はありましたか。

米田:かなりありましたね。自分一人で考えていると、どうしても「料理人として」「店主として」の目線に偏ってしまう。味や品質をどうするか、という発想から抜け出しにくいんです。

でも、協働日本の皆さんと話していると、「お客さんからどう見えるか」「なぜそれを選ぶのか」といった、少し離れた視点で問いを投げてもらえる。自分の中にはなかった角度なので、毎回ハッとさせられました。

ーー相川さんから見て、外部人材が入る価値はどこにあると感じますか。

相川:地域に根付いて長く商売をされている方ほど、自分たちの強みを“当たり前”として捉えてしまいがちです。地獄蒸しも、団子汁も、別府では日常に近い存在。でも、外から見るとそれ自体が強いコンテンツになる。

だからこそ、「これは価値がある」「もっと伝えていい」と、第三者が言語化する意味があると思っています。視点を外注する、という感覚に近いかもしれません。

「目的地化」は、商品だけで完結しない

ーー改めて、「店を目的地化する」という構想について、今はどのように捉えていますか。

米田:商品をつくれば終わり、ではないなと感じています。極端な話、ヒット商品が一つあっても、それだけで“目的地”にはならない。

店に来たときの体験や、ここでしか味わえない空気感、別府・鉄輪という土地とのつながりも含めて、「また来たい」「誰かに勧めたい」と思ってもらえるかどうか。その積み重ねが大事なんだと思います。

だから今は、次の商品開発と並行して、「どう見せるか」「どう体験してもらうか」という部分も、改めて考えています。

ーー協働日本としても、今後はその領域まで踏み込んでいくのでしょうか。

相川:はい。商品開発はあくまで一つの入口です。そこからどう回遊させるか、どうファンになってもらうか。

最終的には、「米田食堂に行くこと」自体が目的になる状態を一緒につくっていきたいと思っています。

“持ち歩きできる郷土料理”という次の挑戦

ーーその学びを踏まえ、次の展開はどのように考えていますか。

相川:次は、オペレーションの負荷を下げた上で、地獄蒸しを使った第二弾を準備しています。ここでしか買えない“映える商品”は出したい。でも手軽に回せないと意味がない。そこで「郷土料理+持ち歩きできるフード」というコンセプトで進めています。見た目にもこだわり、手に取ってもらう仕組みまで考えています。

米田:注文を受けてからのオペレーションが少なくて済む形ですね。事前に作って温めておくだけ、のように無理なく店舗を回せる設計も重要だと感じています。

地域に広がり始めた“協働”の輪

ーー協働日本の支援は、別府の地域にも広がり始めていると伺いました。変化をどう感じていますか。

米田:心強いです。地域全体で盛り上がれば、もっとできることが増える気がしています。個人事業者が多い地域なので、支援を受けることでスキルが底上げされていくと、地域でできることがどんどん広がっていくと思います。

相川:地獄蒸しスタンプラリー、みたいな展開も面白いですよね。

「小回りが利く支援」が、地域の挑戦を前に進める

ーー都市人材や、複業人材との取り組み自体には以前から興味はありましたか?

米田:正直に言うと、興味はありましたが、どう関わればいいのか分からず不安もありました。

今回の取り組みを通じて、「遠い存在」だと思っていた都市人材の方々が、とても身近な存在だと感じるようになりました。

ーー取り組みを振り返ってみていかがでしょうか。

米田:協働日本さんは、専門的な知識や経験を持ちながらも、決して上から意見を押し付けるのではなく、「よね田としてどうしたいか」「無理なく続けられるか」を常に考えてくれました。単なる支援者ではなく、「同じチームの一員」として取り組むことができたと思っています。

また、ピンポイントで支援してくれる人が参画してくれるところがいいと思います。普通のアドバイザーやコンサルとは全然違う。規模が小さくても、やりたいことや夢がある会社には、こういう“小回りが利く支援”の方が合うと思います。そういう人が増えていけば、地域としてももっと前に進めるんじゃないかと感じています。

今後、ますます広がっていくと思いますし、特に、次の一手を考えている事業者さんや、現状を変えたいけれど一人では難しいと感じている方には、ぜひおすすめしたいです。

ーー最後に、協働日本へのメッセージをお願いします。

米田:協働日本さんは、地域と人をつなぐ、とても大切な存在だと思います。これからも多くの地域事業者に寄り添い、それぞれの強みを引き出していくのではないでしょうか。

私たちも、その一事例として、これからの歩みをしっかり形にしていきたいと思います。今後のご活躍を心から応援しています。

ーー本日は貴重なお話をありがとうございました!

米田:ありがとうございました!

相川:ありがとうございました!

米田 正和 / Masakazu Yoneda

米田食堂 三代目店主

相川 知輝 / Tomoki Aikawa

協働日本 協働プロ

(株)ひまじん 代表取締役・プランナー

大手広告代理店に勤務時代に、クルマメーカーの日本初Twitterキャンペーンを仕掛ける等、デジタル・イベントを軸としたマーケティング&プロモーションを多く手掛ける(受賞歴複数あり)。
独立後は、大手企業だけでなく、中堅印刷会社における新規事業創出、中堅建設会社の売上向上支援・PR支援(NHK等露出)、ミシュラン店のPR・新商品作り支援、組織コンサルティング会社のマーケティング支援(その後、マザーズ上場)等を行う。

食領域に関心が高く、日本全国の創業100年越えの老舗飲食店を4000店舗以上訪問(日本一の訪問数)。フードアナリスト協会認定アナリスト、東京カレンダー公認インフルエンサー、フジテレビ食番組企画・プロデュース、ラジオ大阪お取り寄せコーナー担当、朝日新聞社での老舗連載等を手掛ける。食関係のXフォロワーは4万人を超える。

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VOICE:協働日本 相川 知輝氏 – 日本のユニークな「食」の魅力を後世に伝えていきたい –